朝から駅は騒がしい。
高校3年の6月
まだ進路も決まっておらずまだまだそんなことも考えたくない時期―――
しかし、梅雨に入るのももう間もなく
気分も天気も優れないが学校には行かなければならない。
それでも今日も勝手に事件が起きるのだ。
「春夏秋冬、どの季節がすき?」という問いはよく聞く問いだが、この問いに対して僕は一つ聞きたい。梅雨はどこに分類されるのだろうと。
火力調整用のつまみを最大火力にしたその上に、水を入れた底が深い鍋を置く。
目を覚ますといつもするルーチンというものが、人間大小差はあるだろうが、少なからず存在すると思う。僕にもそれが勿論ある。それは本当に些細なことだが、するとしないとでは僕の中で一日のバランス感覚というか一日が始まった感が大きく変わるのだ。
起きていつものようにお湯を沸かし紅茶を淹れ、それを持ってリビングで飲みながら朝のニュースをみる。珈琲と紅茶のどちらが好きかというと珈琲の方が好きだが、朝は決まって紅茶を飲んでいる。
高校生である僕がニュースを見て一番為になるのは株価でも昨今の政治事情でもなく天気予報である。今日は、全国的に雲が広がるらしいが雨は降らないだろう、という予報だった。しかし、この波多野市一帯は午後から雨が降るようだ。
僕が住んでいるこの波多野市はすぐ裏に雨降り山と信仰された程の山が連なっているため、この一帯は雲が広がりやすく天気が他のところと違うことが多々あるのだ。
高校と家で10Kmと少し離れた程度だが、それでもあちらとこちらでは天気が違うモノかと驚いたのが入学したての二年前の出来事だ。
6月になって湿度が上がり、それに伴い気温も高く感じる今日で、6月の第一週目の月曜日といえば衣替えと相場が決まっている。
衣替えをするために学校指定の青みかかたった半袖シャツを一年ぶりに押し入れから引っ張り出した。その空いた部分に先週まで着ていた長袖シャツを仕舞う。
別に流行とかそういったことに興味はないのだが一年ぶりに押し入れから出すのでは臭いが気になるので消臭スプレーをかけといた。こういった小さな心配りを忘れないようにしたい。
衣替えで服を変わるついでに気分も一新し真面目に学校生活に勤しもうかなと心の中で誓う。たぶん一週間も持たないだろう。持ったためしがない。
制服に着替えるとすぐに家をでなければ始業に間に合わない時間だった。
心一新したばかりだが一瞬、一限目をサボろうかと脳裏をよぎったが月曜日の一限目は面倒なことに担任の河原先生だったのを思い出した。
担任の授業をサボると帰りに否応なしに対面するのでサボれないのだ。早くも打ち砕かれた心を再びたぐり寄せるしかあるまい。
玄関を出ると爽やかさとは程遠い、身体にまとわりつくかのような熱気と湿気を感じる。「さて今日も学校に行くために最寄り駅へと向かうかね」とは一ミリも感じさせてくれない気候とこれから来るであろう猛暑に頭を痛めつつ最寄り駅へと歩を進めることにした。
雲によって太陽が隠されて直射日光はないものの、曇り空の元で空気が淀み、不快感を増させている気がする。
ほんの10分ほどの道のりだが駅に着く頃には額に汗が微塵でいた。尻ポケットからハンカチを取り出して額を拭う。それをしまうと、今度は胸ポケットからICカードを取り出し、改札にあてる。ピッと改札を抜け駅構内に入る。
温泉街があるにはあるが利用率が全駅中、下から数えたほうが早いこの駅は改札周辺に屋根があるだけで壁はなくほとんど外と気温が変わらない。
最近、再開発工事でやっとついた電光掲示板を見ると電車が来るまであと5分程だ。駅は対面式で上りと下り各一線ずつある。下から数えた方が早い利用率ではあるが、特急以外の電車が止まるので最長でも10分程待てば次の電車がくるのは便利だと思っている。
前に都会に住んでいる知人が来た時は「え、10分も待つのかよ」とぼやいていたが逆に都会ではそんなに電車の運転間隔が短いのかと驚いたのを覚える。
高校の最寄りである本厚井駅で降りることを考えると前側の車両に乗った方がスムーズに駅から出られる。電車の進行方向前側の乗車口に向かうためホームを少し歩く。
ホームの屋根がある部分が改札口周辺の極端に短い所しかなく、いつもそこに人が集まっている。が、前側の方にまで屋根がないせいで誰も人は並んでいなかった。にしても朝の通勤時間にしては人が少ないので前の電車が発車して間もないのだろうか。
人口16万人を誇るこの市には駅が4つある。この駅は市内で一番都心に近い駅ではあるが市内で唯一盆地の外側にあるせいか利用者が一番少ない。だが、決して僕はここが田舎だと認めたくない。屋根はない、駅構内に売店もない。さらに言うと夜9時から朝7時半まで無人駅であるが田舎ではない。それになんだか再開発の話も上がっているとかどうとか。
と意地をはっていてもどうにかなるはずもなく暇を持て余していると、雲の切れ目から太陽が顔を見せる。屋根がないせいで突然現れた太陽の直視を避けようと、ふと反対側のホーム部分へと視線を下げる。
そちらを見るか否や、野球部員なのか丸刈りで体格の良い男子高校生は火薬が発裂するかのように突然大声をあげた。
「皇海大附属高校 大谷賢治だ!!」
男子高校生は突如とその目の前に並んでいた男子高校生二人に右手を振り上げた。
ゴッ、と骨と骨がぶつかる鈍い音が二回反対側のホームの僕にまで聞こえてきた。
突然の出来事に誰も反応できずに見ていた人、誰しもが唖然としていた。
殴られてホームに倒れた僕ともその男子高校生とも違う制服を着た男子高校生達は目に涙を浮かべ、額をホームにつけたまま正座し土下座のような体制になった。
「ひぃいごめん、ごめんなさい!俺が悪かったです!」
彼の悲鳴が駅に響くのと同時に僕が待っていた電車が来てその音ですべて消し去って行った。




