愛、故に傲慢
愛してる。
そう言って優しくキスをしてやれば、彼女は美しく微笑む。その瞳は甘く熱を持っていて、チョコレートのように蕩けてしまいそうだった。
愛してるという言葉も、優しいキスも、甘い微笑みも、全て偽りのものである。その事には彼女も気が付いていた。
それでもその瞬間、私達は確かに恋人であった。
或いは、飼い主と犬。私はこの関係をそう例えた。
主人は私。犬は彼女。
彼女は実に良き忠犬であった。私の夢を叶えるために、財力も権力も情報も拾ってくる。
煩く吠えもしないし、容姿はビスクドールのように美しい。完璧な犬。
餌は、愛の言葉と優しいキスを。まるで本気で愛しているように、良き飼い主を演じた。
私には愛する人がいる。
彼女は、 私の可愛い犬 とは違う、花のような可愛らしさがあった。私はビクスドールのような犬よりも、花のような少女に恋をした。
少女は、財力も権力も情報も与えてくれない。
しかし、その鈴のような声が、無邪気な笑顔が、輝く瞳が、私の心に陽だまりのような暖かさを与えてくれた少女の言葉が、私を惹き付けて離さなかった。
本当の私を理解してくれる、優しく受け入れてくれるただ唯一の人なのだと思った。
愛してる。
そう言って優しくキスをしてやれば、やっぱり彼女は美しく笑った。抱き寄せれば鼻を擽る彼女の香り。
さて、よく働く可愛い犬には、たっぷりとご褒美を与えてやらねば。
微笑み離れたその瞬間。
鳴り響く銃声と、衝撃。
何故だろう。私は床に倒れていた。
彼女が喚いている。良く聞き取れない。手には拳銃。私は飼い犬に裏切られたのか。
断片的に聞こえた叫びにも似た嘆き。
どうして、ほんの少しでいいのに。愛してくれないの。飼い殺すつもりならどうして。どうして、どうして、どうして。
…愛してる。
彼女の愛を裏切ったのは私か。飼い犬に手を噛まれるなんて、思いもよらなかった。
彼女に裏切られたと思うのは傲慢だ。それでも少し、悲しいと思ったのは、
私が彼女を愛していたからかもしれない。
少女はこんな醜い私を知らない。
本当の私とは?本当に私を理解してくれたのは?受け入れてくれたのは?
醜い私を愛してくれたのは……?
意識が薄れていく。寒い。とても寒い。
私は、確かに君を、
あいしていた。
最後の言葉が彼女に届いたのかは分からない。
傲慢な私を愛してくれた彼女。
傲慢な私が愛した少女。
私は誰を愛していたのだろうか。
その答えが出る間もなく、
私は死んだ。
失礼いたしました。