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散骨

「これがガンジス河かぁ~」

 歩いても歩いても続く、汚れきった猥雑さから抜け出ると、そこに巨大な水の流れが広がっていた。その雄大さは水の流れというよりも、水の地平と言った感じがした。

「聖なる河」

 私は少し感動してしまった。河の中では多くの人が沐浴をし、体を聖なる河の水で清めていた。

「やっぱり聖なる河なんだ」

 私はもっと近くで見ようと河畔まで近寄って行った。

「ん?なんだこれ」

 河面に無数に何かが浮いている。

「あっ」

 それはゴミだった。しかも生活ゴミ。

「ああっ」

 うんこまでぷかぷかと流れていく。

「・・・」

 というか、周囲をよく見ると、聖なる河で洗濯やら洗髪やら、食器まで洗っている人がいる。なんだか無茶苦茶だった。

「なんじゃこりゃ」

 私の思い描いていた聖なるガンジスは、生活臭丸出しの汚い河だった。私の理想はあっけなく崩壊した。

「インド人、すご過ぎだろ・・」

 ここに唯の大事な遺骨を流していいのだろうか。私は戸惑った。

「でも、唯はここに流してくれって言ってたしなぁ・・。約束しちゃったしなぁ・・」

 私は困ってしまった。

「おいっ、ねえちゃん」

「えっ」

 ふと先の方を見ると、そこに一艘の小舟がプカプカ浮いていた。そこに小柄なおっさんが乗っている。

「ねえちゃん、乗らないか。安くしとくよ。観光だろ」

 私はしばし考えた。もしかしたら中流辺りまで行けば少しはましかもしれない。

「よしっ、乗った」

 私はおっさんの誘いに乗った。そして、船に乗った。

 おっさんのカヌーのような木造の小舟は、あまりに細く小さく、頼りなく不安定だった。乗っててちょっと怖かった。というかかなり怖かった。おっさんも小柄で細く、滅茶苦茶頼りなさそうだった。唯の遺骨を散骨に来て、私が死んでいたのでは洒落にもならない。

 だが、意外と沈まないもので、船はすいすいと中流辺りまで器用に進んで行く。

「おっ」

 中流域は、やはり、私の目論見通り岸辺よりかなりきれいだった。

「ねえちゃんは何しに来たんだ?」

 おっさんが後ろに乗っている私を振り返った。

「友だちの遺灰を散骨しに来たの」

「おお、それはいい。聖なるガンジスに流せばすべてが救われる。体も魂もだ」

 おっさんは、力強く言った。

「うん」

 船頭さんにそう言われて、私はやはりインドに来てよかったと思った。私は間違っていなかった。

 私は唯の遺灰を取り出し、ガンジスの水面を眺めた。ちょうど傾き始めた太陽が斜めに当たり、水面が輝いた。

「おおっ~」

 母なる河、ガンジスのその意味が分かったような気がした。私はしばしその美しい光景に魅入った。

「ん?」 

 その時、何か大きな塊が上流からプカプカと流れてきた。

「なんだ?」

 私はそれを目で追う。ちょうど、船の真横辺りに来た時、その正体が分かった。それはうつぶせになった水死体だった。

「・・・」

 人間の生々しい死体が、目の前を普通にプカプカと流れていく。

「あの・・」

 私は死体を指さし、船頭のおっさんを振り返る。だが、おっさんは、そんなものがいったい何?といったように煙草をゆったりとふかしている。

「散骨しないのか?」

「えっ」

 逆におっさんは私を不審げな目で見つめてくる。

「・・・」

 私は少しためらったが、結局そうするしかないのだと、骨壺のふたを開け、唯の遺灰を骨壺から手に取り、少しずつガンジス河に流していった。

「唯・・」

 真っ白な灰になってしまった唯が流れていく。唯との本当の別れだった。私の胸に寂しさが込み上げた。

「死ぬことは寂しくも悲しくもないんだよ」

 唯はそんなことを言っていた。なぜか、今、その言葉を思い出す。

「お別れだね」

 唯の遺灰は、濁ったガンジス河に溶けるように消えていった。

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