過去(6)
「――あんた、いったい何者なのよ。あたしと同じ転生者!?」
アネットは人さし指を俺に突き付けた。ちょいブスのその顔は怒りに歪み、いよいよ本格的なブスになっている。
……色ボケトリオはこの女の何が良かったんだ?
きっと小説に出て来る悪役って、こんな感じだろうなと思いつつ、俺はなんのこっちゃと首を傾げた。
「テンセイシャ??」
十五年間見たことも聞いたこともない単語だった。アネットは「……違うの?」と驚いている。
「じゃあ、どうしてこんなにうまく行かないの。残る一人はちっとも出てこないし、皆よそよそしくなるし、なんだって言うのよ……!!」
アネットは怒りを湛えた目できっと俺を得睨み付けた。
「第一男にも女にも人気で慕われているって、それってあたしの立ち位置だったはずなのよ!」
「んなの、知るかよ……」
俺は頭をポリポリとかいた。
男女問わずに持ち掛けられる相談を、テキトーに解決しているうちに、いつの間にやらこうなっていただけだ。
「頼られたきゃ頼れるやつになれ……コホン、なるべきでしょう。世界が自動的にお膳立てしてくれるわけがありませんもの」
俺が呆れつつもそう言うと、アネットはますます激高した。
「うるさい、うるさい、うるさい! あたしはヒロインなのよ!? 何もかもあたしの思い通りにならなきゃダメなのよ!! あたしだけが幸せになるべきなんだからっ!!」
「……」
これ以上は付き合ってらんねーと俺は身を翻した。
「ちょっと、待ちなさいよ。話は終わっていないわよ!!」
「私はあなたにお話などございませんわ」
むしろ全力で遠ざかりたい。
俺はやっとわかったと一人で頷いた。この女もアホどもと同じく、頭の中身が残念なんだろう。おかしい者同士気が合って当然だよな。別のアホを見つけて仲良くやってくれ――などと考えていた。
ところが、そのアホがよりによって、学園にもう一人いたんだ。
――王太子フィリップだった。
王太子とは決して仲が悪かったわけではない。婚約者としてデートはよくしていたし、家同士での交流もちゃんとあった。燃える思いと言うわけにはいかないが、王太子も「アディ」を嫌ってはいなかった。
その関係に軋みが出始めたのは、学園での生活も四年目を迎え、高等部へ進級したばかりのころだろうか。王太子の成績が伸び悩み始めたのだ。
この学園ではどれだけ身分が高かろうと、テストでの不正や大会での八百長は許されない。生徒たちは身分を超えて努力しなければならない。
裕福な実家や強力な後ろ盾のあるやつほど、子どものころから家庭教師を付けられるので、とりあえずスタートの時点では多少は有利だ。けれども、高等部にもなると全員が基礎を身に着け、ここから先は本人の実力がものを言って来る。
そこで王太子が躓いてしまった。いや、他のやつらが上がって来たと言ったほうがいいか。いっぽうで、俺はなんとかトップを維持していた。
王太子が王家の誇りを背負っているのなら、俺にはアディの人生と公爵家の名誉がかかっている。共倒れになるわけにはいかなかった。
王太子は俺がいくらもう一度頑張ろう、一緒に勉強しようと言っても聞かなかった。「アデライードは頭がいいから」と拗ねてばかりだ。
俺は次第にこいつは王太子に、アディの婚約者にふさわしいのかと、疑問を覚えるようになってきた。
だって誰かに追い抜かされる、失敗する挫折するだなんて、これからもいくらでもあるだろう。アディだって一度病気で諦めかけている。けれども、今は諦めずに必死に着いて行こうとしている。
なのに、こいつは誰より恵まれた環境がありながら、こんなことで立ち止まっているのかと、情けなくて腹が立って仕方がなかった。
それでもアディの惚れた男だ。俺はどうにか立ち直らせたいと、王太子を説得しようとしたんだ。
そんな俺がうるさくなったのだろうか。王太子は俺から距離を取るようになり、代わって一人の女を侍らせるようになった。
――ちょいブスで頭のおかしいアネットだった。




