現在(6)
フィリップは怒りから一転、どこか傲慢な表情で、アディに歩み寄った。
「なんだ、いたのか。なぜすぐに出てこない?」
俺は冗談じゃないとアディの前に立ちはだかる。
「ええい、貴様、どけ!」
「嫌ですね。俺の婚約者に何をされるかわかったものじゃない」
俺たちが一歩も譲らずに睨み合っていると、アディが再び「フィリップ様」と元・王太子に声を掛けた。
「なぜこちらにいらしたのですか?」
アディの「なぜ」にフィリップは一瞬口ごもった。だが、すぐさま虚勢を張り直してふんぞり返る。
「お前はまだ私を好いているだろう? 諦めきれずにこんな男と婚約したんだろう? あれだけ私を追い回していたではないか。もう一度婚約してやるから私と来るんだ」
ありがたく思えと言わんばかりの態度に、俺ははらわたが煮えくり返るのを感じた。
一度振った女がずっと自分を思い続けているとか、どうやったらそんなに馬鹿げた確信を持てるんだ!?
アディは黙ってフィリップを見つめていたけれども、「フィリップ様はこうおっしゃっていたそうですね」、とこのうえない可愛い微笑みを浮かべた。
『アネットの前でいると、私はありのままの自分でいられる。いかにも貴族なアデライードでは得られなかった幸福だ。彼女は私の真実の愛なんだ』
黒歴史を元婚約者に暴露され、フィリップはにわかに慌て出した。
「そっ、それはっ……言葉のあやというもので……っ」
アディは「まああ」と大げさに驚いた顔を見せる。
「遠慮なさらないで! 王位を放棄してでも貫く愛だなんて、素晴らしいではございませんか! 私もアネット様と殿下の結婚を応援させていただきますわ!」
涎と眼球が零れ落ちるのでなないかと思うほど、フィリップは大きく目を見開いて口をぽかんと開けた。アディに突き放されるとは考えてもいなかったらしい。
「それにね」とアディは追い打ちをかける。
「私も真実の愛を見つけたんです。ジェラールのそばにいると、私はありのままでいられる。それでいて一緒に頑張ろうって思えるんです」
俺は驚いてアディを振り返る。アディは俺を見上げて微笑んだ。
「私ね、きっと、もうずっと前からあなたを好きになっていたのよ」