現在(5)
週末の快晴の午後のことだった。シャルトル邸の玄関の広間に、「どういうことだ!」と、貴族らしからぬ怒声が響き渡った。
俺とアディはその時部屋でのんびりしていたので、突然の邪魔者に思わず顔を見合わせた。
「今の声……王太子だよな?」
「ええ、そうね。フィリップ様だわ」
怒鳴り声はなおも続く。「どうぞお鎮まりを!」と、執事が叫んでいるのから察するに、暴れてもいるらしかった。
いったい何があったのだろうか。
「アデライードを出せ! ええい、放せ! 私を誰だと思っている!」
アディがびくりと肩を竦めたのに気付き、俺は「ここにいて」とアディを座らせ、玄関の広間を目指した。
父は今日宮廷に出仕しているために、俺がシャルトル公代理になっている。できるだけ波風を立てずに、王太子を追い返さなければならない。
それにしてもいったい何の用だろうか。アディと婚約を破棄して、あのちょいブスに挿げ替えて、頭がお花畑真っ盛りなはずだろ?
俺が玄関の広間に姿を見せると、王太子は一瞬目をしばたかせた。
「お、前は誰だ」
俺は臣下の礼を取ったのちに、腕を組んでニコニコ笑う。
「アデライードの婚約者、ジェラール・ドゥ・バールと申します」
「なっ……」
王太子の顔色がさっと変わった。
「馬鹿な。アデライードに私以外の婚約者だと!? あの浮気女め、許さないぞ!!」
俺はついにこいつもあのちょいブスにつられ、頭がおかしくなったのかと呆れてしまった。婚約破棄からもう一年が過ぎているのに、いまだに俺の女扱いってどんだけ自惚れてんだよ。
王太子は俺のしらっとした目に激高し、「貴様、アデライードを出せ」と詰め寄った。
「あれは私の婚約者だったんだぞ。アデライードともう一度婚約しさえすれば、私にも王位がもう一度っ……」
その台詞で俺は悟った。
どうやらフィリップはついに廃太子にされたようだ。昨日、今日あたりに正式に決定したんだろう。それをアディと婚約を破棄したからだと思い込んでいる。
俺は馬鹿だなと憐れみを込めた目で王太子を見下ろした。
婚約破棄だけなら廃嫡にまではならなかっただろう。アネットの「ありのままでいい」を信じて、義務と努力を怠った結果だと……こいつは認めないんだろうなあ。
というか、フィリップって意外に身長低かったんだな。一七〇㎝あるかないかじゃないか?
俺はそんなことを考えつつ、フィリップの手首を掴んだ。
「ぶ、無礼者! 何をする!!」
ぎりりと宙に捻じり上げ、その青い目を覗き込む。
「殿下、どうも勘違いされているようですが、人の心をキープなんてできないんですよ。さんざんないがしろにしておいて、よくシャルトル家に来ようなどと思えますね?」
「なっ……」
フィリップが再び怒鳴り声を上げようとしたその時だった。
「フィリップ様――」
可愛い声が俺とフィリップとの間に割って入ったんだ。
――アディだった。