現在(3)
可愛い口元にふと笑みが浮かぶ。アディは「でもね」と、人差し指を口に当てた。
「でも、あなたがこう言ってくれたのよ」
『そんなことを言うんじゃない!! 元気になることだけを考えろ!!』
不意に四年前のセリフを思い出して、俺は顔が赤くなるのと感じた。
「俺、そんなこと言ったのか?」
夢中だったからかちっとも覚えていない。アディは「ええ、言ったわ」と目を細めた。
「そのあと、こう続けたのよ」
『神様なんているもんか。未来なんて決まっていないんだ。もしそんなやつがいたら、俺が引き摺り出してぶん殴ってやるから!!』
「ふふっ、神様をぶん殴るなんて言った人、初めてだった」
「……」
俺はいたたまれない気持ちになってきた。そんな過激なこと言っていたっけ? まあ、アディが楽しそうならいいんだけど。
アディはくすくす笑いを収めると、「それで、思い出したの」と膝の腕に手を置いた。
「生きるってことがどんなことかを思い出したの。生きるって明日に怯えて逃げることじゃない。どうせだめなんだって諦めることじゃない。私は前世でも現世でもあなたみたいに、何かに立ち向かおうとしたことはあった? ……そう思うようになった」
「私ってバカだなあ」とアディはぽろりと涙を流した。
「三十年も生きてそんなこともわからなかったなんて……」
アディの話はやっぱりさっぱりわからなかった。けれども、アディにとってとても大切な、かけがえのないことなんだとはわかった。だから、きっとアディのいうことはみんなほんとうなんだろうと思った。
俺はアディを励ましたくて「だったらさ」と、伏せられた紫の目を覗き込む。
「だったらさ、今からそうすればいいじゃないか」
そう、簡単なことだ。今から一生懸命生きればいい。それだけの話だろ? できれば俺といっしょにと、そう言いたいけれども、失恋に付け込むマネはしたくない。
アディは目をまん丸にして、俺の言葉を聞いていた。やがてまたくすっと笑って「そうね」と頷く。
「今から頑張ればいいのよね」
アディは「それとね」と、俺の目をまっすぐに見つめた。
「もうひとつ気が付いたことがあるの」
その眼差しはどこまでも真剣で、俺だけを瞳に映していた。
「ほんとうに私を助けて支えてくれたのは、ずっとそばにいてくれたのは、憧れの王子様なんかじゃなかった」
アディはそこで一呼吸おくと、頬を真っ赤に染めたのだった。
「あのね、ジェラール、私ね……」