第一話 真稀と昌太
4月。桜の花はまだポツポツとしか咲いておらず、満開のときを今か今かと待ち望んでいる。学生にとっては、新しい学校生活の始まりの月でもある。そんななか、とある中学校でも今まさに新しい学校生活が始まろうとしていた・・・
登校時間が過ぎ、誰もいなくなった校門。校門の横には、仙京学園というプレートが取り付けられている。そこに、1人の少女が向かっていく。グレーのブレザーに、濃紺のスカートを履いているのを見ると、彼女もまた学生なのだろう。そして少女は校門をくぐり、校舎内へと入って行った。
辺りを見回すと、春休み明けの生徒たちがぞろぞろと体育館へ入っていく。
「・・・あっ」
少女は体育館に入っていく一人の男子生徒を見つけると、声を上げた。それに気づいたのか、その男子生徒はチラッと少女の方を見て、また向き直って体育館へ入っていった。
体育館の中では、始業式が行われている最中だった。長々と校長の話が続き、終わったかと思えば次は今年度の抱負やらで生徒の大半はグッタリしている。最後の校歌も、真面目に歌っているのは全体の1割未満だ。そして始業式が終わり、各クラスごと教室に戻るようにとマイクで連絡が入る。すると生徒たちはさっきまでとは真逆に元気を取り戻し、またぞろぞろと教室に戻っていった。
少女は始業式には参加せず、職員室を訪れていた。どうやら少女は転校生らしい。軽く説明を受けた後、3階にある3年1組の教室へそこの担任と向かっていった。
ガララ・・・と教室前方の窓が開けられ、担任と少女が入ってくる。
「静かにしろ〜。ほら座れ座れ〜」
担任の声に、ひとまず生徒たちはそれぞれの席につき、会話もやめる。
「じゃあ今日からみんなと一緒に勉強する転校生を紹介するぞ」
言うと担任は白のチョークを手に取り、ゴンゴンと音を立てて黒板に字を書き始める。
担任が書くのを終えたとき、黒板には歌津真稀と書かれていた。
「はい、この子が今日からみんなと一緒に勉強する歌津真稀さんだ。じゃ、とりあえずそこに座って」
そういわれ少女、つまり真稀は空いている席、窓際から2番目の列の前から3番目の席に座る。ひと段落して担任が再び口を開く。
「よ〜しじゃあ初日だから一人ずつ自己紹介してもらおうかな・・・廊下側から」
突然のことではじめはクラス中ざわめくが、一応始まった。真稀の番も無事終わり、最後の列へとさしかかった。その3番目の生徒だった・・・
立ち上がった生徒は、朝真稀が見た男子だった。
「名前は片桐昌太だ・・・よろしく」
あっさりとした自己紹介をし、そそくさと座る。
へぇ〜・・・片桐昌太っていうんだ。
真稀は心の中で呟いた。昌太は座った後、頬杖をついて窓の外の景色を見ていた。見た感じの印象で、あまり友達とキャーキャー騒ぐタイプではなさそうな雰囲気だ。
そして休み時間。ホッと一息ついた真稀の前に、突然現れた男子生徒。やや長髪気味の髪型、身長は180センチほどあるだろうか。スラッとした体系に爽やかで甘いマスク。いかにもモテそうなルックスをした生徒だ。
「オレ神原優だ。ヨロシクな♪」
神原はそういうと持前の爽やかフェイスで爽やかスマイルを送る。
「あ・・・うん・・・ヨロシク」
若干戸惑った表情で真稀が返したとき、神原の耳が誰かの手におもいきりつねられた。
「あんたねぇ・・・」
つねりながらそう言ったのは、女子だった。
「ごめんね。コイツナンパ野郎だから・・・気にしなくていいよ。あ、あたしは貝瀬皐月。ヨロシクね♪」
「うん。ヨロシク」
皐月は栗色のロングヘアーをした、中肉中背の女子だ。
これから、そんなメンツとの学校生活が始まることになる。
「あ〜〜疲れた」
そう言うのは真稀だ。ときはすでに夕方、長かった初登校も終わった。
仙京学園は私立のため、学生寮が存在する。地方からきた生徒も多いので、部屋にはほとんど生徒が入居しており、空き部屋は少なく、そして男子寮と女子寮で分かれている。真稀も女子寮に入居することになった。304号室、皐月と同室である。部屋の中で、2人は話していた。
「今日は疲れたでしょ? 神原とか意味分かんないヤツ多いからね、うちのクラス」
「たしかに・・・ちょっと変わった人多いかもね」
「そうそう、でも特に神原には気を付けなよ。ホントに女好きだから・・・あと」
そこで皐月は一旦言葉を切る。
「・・・なに?」
真稀は興味深そうに顔を近づける。
「・・・いきなりだけど、真稀、片桐のこと好きでしょ?」
「えっ!? どうして?」
驚いた表情で真稀は聞く。
「だって自己紹介のときも授業中もずっと片桐のこと見てたでしょ?」
「そっ、そんなことないよっ! 全然見てないからっ!!」
真稀は必死にそれを否定した。確かに気になっているのは図星だった。だが、その理由まで見透かされているようで怖かったのだ。
「そっ? ま、いっか・・・今日はもう寝よ♪」
「・・・う、うん」
2人は眠りについた。
次の日・・・
すでに授業は終わり、みんな帰っていた。真稀は用意が少し遅れたので、今は教室に一人だ。カバンを閉め、教室を出ようとしたときだった。息を切らしながら、誰かが入ってきた。
「あっ」
真稀は声をあげた。入ってきたのは昌太だった。すでに一旦自室に戻っていたのか、部屋着のジャージを着たままだった。昌太はそのまま自分の席までいき、机の中に手を突っ込む。そして取り出したのは、一冊のメモ帳だった。
「・・・・ん?」
そこで、真稀と昌太の目がガッチリあった。
「なんだよ? なんか変か?」
「えっ? いや・・・なにも」
「ふぅ〜ん・・・変なやつ」
そう一言いうと、昌太はまたそそくさと教室を出て行った。
「変なやつって・・・でも、話せた」
再び誰もいなくなった教室で真稀は一人微笑むと、カバンを持って教室を出た。