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PARADOX  作者: クロハ
7/7

崩壊

「待ってくれ」


互いに道を別れようとしたところを、私はランハンに声を掛けられる。

「どうした?」


「分かっているくせに…ノアのことだよ」

そう口にして彼は少し呆れた顔を見せる。

彼は見かけによらず、仲間思いで心情の厚い男だ。


「分かっていると思うが…」

確かめるため…か。

「あまりあいつに無茶な仕事はさせるな…だろ?」

私も彼との付き合い自体は長い。

言いたいことは大体分かっていた。

「そうだ」

私の言葉に納得したのか深く頷くと。

「最近はやたらと物騒な事件が多い。あくまでこれは俺の感に過ぎないが…」

「何かが水面下で起きていることは明白だ。貴族絡みのな。

だからこそあいつを色んなことに首を突っ込ませるのはよくない」


「重々承知だよ。しかし、そうだな…」

ノアのことを頭に浮かべる。

少しノアに気を負わせてしまっていることは事実だ。

だが…。

「あいつにはルゥちゃんもいる。あまり無茶なお願いをするつもりはないよ、これからもね」


「あぁ、頼んだぞ」


流石、元々は同業者なだけあるな…。

元々仕事柄、裏で手を回すことに長けていたからか。

ふと柔らかい風が周囲に走る。

ここもいつまで平和でいられるか分からないな。

すべてはあの人次第か。


そんなことを考えつつ、私は自分の学院へ足を進めていった。


彼らと別れ、家の前にたどり着く。

そこは、見た目が教会にも関わらず小さな看板が掲げられていた。

喫茶店「ラザレア」


店内にはコーヒーや紅茶の匂いが混じりあった喫茶店独特の匂いが真っ先に出迎える。

最近は外観が教会や修道院であるに関わらず、商売を目的とした建物が多い。


喫茶店、家具を取り扱う通商の店。

中には表では流通することのない品物を扱うもの。

闇商売を目的とした教会も多く存在する。


人々の不安と比例するように設立された数え切れないほどの教会の建物。 

そのいくつかはすでにその機能を失っているものが多い。

そこは地下教会とも呼ばれ、不審な人物がいると噂に上がることもしばしば。

まだまだここも、治安の向上には時間が掛かりそうだ。



「お帰りなさい、ノアさん」

入り口に入り、照明の抑えられた落ち着いた雰囲気のカウンターへくる。

そこには背丈の低い少年の姿が見えた。


「起きていたのか」

ふわりとした黒の巻き髪に、優しさを感じさせる落ち着いた水色の瞳。

愛着すら抱かせる小さな容姿を持つ彼はルゥ。

この店で喫茶店を勤める少年だ。


「はい。ノアさんだけ寂しい思いをさせるわけにはいきませんから」


朝から夜まで勤めていたにも関わらず、その表情には疲労を感じさせない華やかさがあった。


「言うようになったじゃないか」

頭を撫でると、彼は嬉しそうな笑みを浮かべる。

「えへへ、そうですか?」

彼の横に置かれたカウンターの上。

照明の光を微かに受けて光を灯した一冊の本が置かれていた。


「これは?」

手にとってタイトルに目を通す。

それは過去自分が彼に貸していた本だった。


「以前お借りした本です。主人公が月を目指す…」


シラノ・ド・ベルジュラック。

呼んでいた本は月世界旅行記という宇宙の研究者である主人公。

シラノが月に思いを馳せ、そこへ飛び立つことを目指す話だ。


学院で仕事があった際、リアから渡された書物で暇潰しがてら読み始めてみると、時間を忘れ、読みふけることがよくあった。


「それにしても本当に月にはあんなものがあるのでしょうか?この本によると、月には四本足で歩く知的生命体や、地球人とは異なる考え、文化を持っている人類の存在、機会仕掛けでしゃべる本までいるみたいですが」


「発達し過ぎた世界はどうなっているのか。あまり考えたくはないな」

ふとリアの顔が浮かぶ。

もしかしたら、彼女も知りたかった答えを求めて愛読していたのかもしれない。



「ところで、少しお聞きしたことが」

彼が一瞬だけこちらを伺うような視線を送る。

「また何かあったのか?」


ルゥは見た目が少女でこそあるものの、中身は少年だ。

その容姿のせいで様々な問題に絡まれることも多い。

まぁ、原因の半分が外見の容姿による問題なのだが…。


「あ、いえ。客に絡まれたとかではないです。ただ…」

慌てたように焦ったような表情を浮かべるルゥ。


「実は今日お客さんからあるものを譲り受けたのです」

そう口にすると、彼はある物を近くにある引き出しから取り出す。


「ノアさん、魔法使いっていると思いますか?」

突然魔法使いという言葉を口にするルゥ。

アトモスフィアに務める都合上、魔法に対する知識を人に話すことは禁止されている。


「全然。単なる都市伝説だ」

俺は仕事柄、リアと関わっている以上に人々が口にする噂や情報には詳しい。

なんたってスパイだからな。


しかし、魔法だなんて、言葉こそ知っているがそれを使う人間など一度も見たことなどない。


「そんなものは迷信だ。魔法だなんて…急にどうした?」


「……」

少しの沈黙の後に口を開く。


「いえ、営業をしていたらいつも来てくれるお客さんがいたのですが、その方がとても上機嫌だったんです。

様子を聞いたら、魔法が使えた!だなんて言われてこんなものを」


手渡された包みを開く。

それは赤い色をした宝石、フリームだった。


「これは…」

違いない。

一目見ただけで瞬時に理解する。

エルノアでよく見るタイプだ。


しかもこいつはかなり高価な部類に入る。

どうしてそんな客がルゥに…。


「まったく、人の店先でこんなものを持ち出す輩がいるとは。そんな頭の飛んでいる奴が持ち歩いているものなんてすぐに分かる」


自分もこいつを何度も手にする機会はあるので、他人に口出しなどできる権利はないが。

分かっていながらも、この国が腐敗しているという事実を前に落胆を覚える。


「分かっていると思うが、手を出すなよ」


「もちろんです。ちゃんとダグさんにも連絡はつけておきました」


「意外と対応が早いんだな」


幼いながらてきぱきした対応が出来る限り、彼もまた地下の世界で生きるため処世術を積んだ人種だと改めて思わせられる。


「その人も恐れているのでしょうね、あのときのことを」

そう口にする彼の明るい瞳にまどろみが見えた気がした。


「もう十年も前か…」


世界そのものが消え去ろうとした災厄。

それは虚無の侵食と呼ばれている。


イギリスはかつて農作もまともに行えない、荒地のみが広がる貧しい環境が広がっていた。しかし毎日を生き抜くのに必死だったある時、救世主が現れる。

超上的な能力を扱うことのできる人々。

魔法使いと呼ばれる異能者たちだった。


彼らの登場を境に、人々の生活は見違えるようにして潤っていく。

貧しかったことさえ人々が忘れてしまうほどに。


世界はこれからも前進していくと信じられていたのかもしれない。

ある事件が起きるまでは。


世界はそう簡単に人々の文化が前進することを許さなかった。

魔法使いが自分らを支配してしまうのではないか。


一部の貴族によって魔法使いの悪名を高める噂が蔓延。

人々が密かに抱いていた恐怖は浮き彫りになっていく。


そして事件は起きた。


「一方的な虐殺事件、魔女狩り」

国王の命令によって人々は魔法使いたちを束ねていた存在。

強力な力を持つ象徴とされる魔法の杖を持つ魔法使いたちを中心に虐殺を開始、

彼らは命だけはと助けを請うも全員殺されたという。


彼らから魔法の技術を奪い、我が物とした国王はその後世界を一つにまとめ上げ統治することに成功した。


心のどこかで怯えていた人々は安心を覚えると同時に罪悪感を持ち始めるようになる。


その対価に世界の治安は徐々に悪化の一途を辿る。

世界そのものを滅ぼす大災害へと。


周囲を囲むようにしていたる箇所に穴が空き、すべてを黒い渦が飲みこみはじめたのだ。

人々、町、生活や文化。

あらゆるものを飲み込んでいく。


それは、まるで人々が築いてきたすべてを否定するように。


しかし、世界の崩壊は思いもよらぬ形で終わりを迎えた。

人々を先導した首謀者である国王がある一人の魔法使いに身を差し出すことで、

黒渦の発生が食い止められたのだ。


魔法によって成り立っていた人々の文化はすべてが失われた白紙の状態へと化す。


人々は自分達の行為を深く反省することを覚え、唯一崩壊を免れた都市。

エディンバラを中心に少しずつかつての生活を取り戻そうとした。


それが今自分たちが生活を送るこの世界。


魔法使い。

彼らに関する資料や技術は不明で、どこにも置かれていない。

まるで存在そのものが、初めからなかったかのように。


俺はルゥを見る。

やはり、彼のことは見ているといつも心配な気持ちを抱く。


「やはりお前だけ店を任せていると心配になることがある。

最近怪しい噂や事件が立て続けにおきているからな。分かっていると思うが…」

「もちろんです!ノアさんの言うことなら何でも従います」

「おいおい…まだ何も言っていないぞ。それに何でもはまずいだろ…」


「そうですか?」

従順さを貫くその言葉に、不安を抱いてしまうのはそれが原因か。

自分が消えてしまっても彼は…。


「俺を頼るのは構わん。だがな、大事だと思うことは自分で決めろ。いいな」

「僕は助けていただいた命を無駄にするつもりはないですよ、安心してください」

そう口にして、彼は手に握った包みを捨てた。

その素振りに、かつてフリームに依存していた過去は感じられない。


彼もまた十年前の事件の犠牲者。

心の傷はまだ癒えていないはず。


けれどもう一人でも立派に生きていける。

きっと、そうあってほしい。

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