世界の秘密
「さて…」
食事を終えると、リアは傍にある鞄からある資料を取り出した。
表面はそのどれもが極秘・持ち出し禁止とたくさんの文字印が押されているのが見える。
ここでまず始めに説明しなければいけないことがある。
まず、スパイといってもそこでは様々な仕事の内容が存在しているということ。
その主となるのは、敵対する人間が持つ情報を盗み暴動が起きるのを防いだり、情報を隠蔽や改する、
中には対象者の暗殺なんてのもある。
俺の仕事はリアに価値のある情報を提供したり、指定された情報を盗み出すことが目的だ。
そしてランハンは様々な情報を集め、それをリアは歴史の一部にする。
つまりは都合のいいように常識を改ざんしてしまうというのだ。
それは生徒の常識として曖昧な偏見や考えから一方的な常識として書き換えられることにつながる。
生徒という立場から教育という名目で知識を与えていくことで、人々の意識を内側から変えいく計画の名、ノア・プロジェクト。
皮肉にもその計画は自分の名と同じ名で浸透し、学園長命名のプロジェクト名らしい。
なぜかは分からないが…。
「嫌悪感しかない、身震いがする」
「まぁそんなこと言わんでくれよ」
全体として見れば、洗脳めいた行為に思えるが、この計画の目的は互いの世界に影響を与えないこと。
干渉を避けることで一つの目的に結びつけることができる。
三年前から始動したこの計画は、少しずつ生活の水準を高める役を買っていた。
話を戻すと、俺はベルティナ学院を仕切るリアに情報を提供し、その見返りに金銭をもらう。
今回彼女に提供したのは、地上で出回るフリームの売人の情報。
フリームの流通というオーソドックスな社会問題は直接的な被害がでることはない。
しかしそれは、徐々に世界全体を蝕むいわば癌のようなものだ。
俺は彼女の麻薬の流通を取り締まる活動に協力している。
自分が麻薬を金銭稼ぎに利用しているにも関わらず、俺は彼女に貢献することにした。
出来る範囲で彼女に情報を提供すること。
それは自分の中で設けた仕来りであるからだ。
「早く麻薬なんてものが無くなればいいな」
「まったくだ。地下で起きる暴動の原因の二割が幻覚の見えた人間によるもの。そんな人間同士で殺し合いでもしていてくれれば、こちらも楽なのだが」
「さらりとすごいことを言うな」
「そうかい?確かにある程度の肝が据わっていないと学院長の仕事など勤まらんよ」
「俺はお前が時々何を考えているのか分からんがね」
「そういわれると、何だか嬉しくなるな。特別な存在…的な?ノアったら…」
……。
「しかし」
リアは憂いを含めた表情でふと窓の外を眺める。
外の雲はどこかどんよりと陰りを帯びている。
「あんな出来事のせいで、この国だけが生き残るなんてなぜだ?」
そんな漠然とした質問を唐突に投げかけれらる。
「そんなのは誰も分からん」
「不幸中の幸いか、それとも再び何かが始まろうとしているのか」
もう一度俺は彼女の方を見る。
焦りを覚えているようには見えないが、リアは逡巡しているようにも見えた。
俺たちが暮らしている世界はかつてイギリスのエディンバラという都市だった。
しかし、ある日を境にこの国は一つだけ、取り残されたのだ。
「俺はお前が恐ろしいよ、お前が作り出した逸話や伝統が学院の歴史になるなんて何度考えても理解不能でしかない。
次の日には周囲の住民がそれを当たり前のように口にしているのだから」
「こういった言葉がある。ある哲学者の言葉だ」
リアは続ける。
「かの人は言った。私の言語の限界は私の世界の限界を意味する。
私が今の立場からこの言葉を振り返ると、とても不思議な響きを感じてしまうんだ」
「ふむ…」
その言葉に思う節があり、俺は顔をしかめる。
「私の世界こそが、最初にして唯一の世界なのだ。
私は、私が世界をどのように見たかを報告したい…か」
ウィトゲンシュタイン、イギリスの哲学者。
様々な言語や哲学的な問いに大きな影響を及ぼした人物だ。
彼の放った言葉は、人々が口にする言語によって成される表現を指差し、それの限界を形として描いたもの。
「言葉によって表現することに対しての限界。
制約に近い生き方が推奨され、余計な口出しや行動を起こすことは好ましくないとされる
そんな今の時代。
自分達の知らぬ間に目に見えぬ境界が敷かれているのはたしか」
「今のお前にぴったりの独我論じゃないか?まぁ、あの場所が誰の世界なんて誰にも分からないが」
そう口にしてランハンは酒を片手に天井を仰ぐ。
「学院を仕切る学院長は様々な権限を所持している。が、最終的にそれすら支配してしまうのは結局のところ、上の貴族たちさ」
「王族に限ってはどこに住んでいるか把握できず、彼らとは電報でやりとりをするというのだから全てが謎だ」
「それじゃあ、まるで…」
自分たちが一方的に支配されているだけじゃないのか。
首元まで出かかった言葉を何とか抑える。
それはなぜだか口にしてはならないような気がしてならなかったからだ。
「自分達を邪険にする扱いだな。奴らはきっと何か悪いことを考えているに違いない」
「まぁ待て、あまり詮索はするもんじゃないぞ。俺達は人々を守るために大切な仕事をしているわけなんだからな。だが…」
一瞬の沈黙。
すると、ランハンは後ろめたさを残したように口を開いた。
「少し不穏な噂を耳に挟んだ。今日お前達を呼んだのもそれが理由さ。お前たちに話しておきたいことがある」
なに…?
「噂…?」
彼は少し声を落として続ける。
「怪しい噂が市民の間で話題になっている。最近やたらと崇拝する人間が増えて俺が忙しくなった理由もそれが原因だ。
何でも、怪しい礼装をした集団が人々を襲っているらしい」
「怪しい連中?そんな奴ら、ここから裏路地に進めばいくらでもいるじゃないの」
リアが当然とばかりに顔をしかめる。
しかしそこが問題なのだと彼は付け加えた。
「怪しい儀式や宗教をしている連中もいるが、どうも違うらしい。噂になっているのは人を殺しては周っている殺人鬼と呼ばれている連中だ」
「地上の世界にもその噂は人々の好奇心を餌に蔓延し始めた。
主に見つかっているのは裏道で無残な殺され方をした住民。
先週もここに遊びにきた貴族が一人、無残な殺され方をしていたよ」
「暗殺か…昔を思い出すな」
かつての憧憬が思い浮かぶ。
以前は自分以外にも暗殺を仕事に持つ輩と出会うことが幾度かあったが、彼らは自分の頭の中にエデンを築いていた。
今や簡単に手にすることのできるフリームの過剰な使用で。
大方、自分を雇っている人間が依頼から逃げられぬよう仕組んだものだろう。
薬物への依存は人との結びつきをより強固にするのだ。
「物騒にも最近では殺人の事件が多くなってきている。
裏で誰かが糸を引いているのかと考えてみたが…」
「それはありえん。ここは小さな箱船みたいなものだもの。
無理に騒ぎを大きくすれば、、世界そのものが崩壊するわ。
そんな自殺じみた行為、誰も得をしないはずだもの」
「ごもっとも。だがこれに乗じて変な暴動を起きないとは限らない。
何か不審な出来事があったときは連絡をくれ」
「リアの言った通り、せっかく十年もかけて築いた小さな箱船だ。
そう簡単に壊されるわけにもいかない」
そう言って、彼は自分がいる教会の場所を口頭で伝える。
神官長を勤めているランハンは仕事上、日々様々な教会に移動しているようだと今更知った。
「さて、そろそろ仕事がある。先に行くぞ」
「私も行くわ。ノア、たまには学院に遊びに来てね」
「あぁ、それ関連の仕事が回ればな」
「愛想のないやつめ」
呆れた顔を浮かべられる。
「俺もそう思うよ、まったく」
「……」
他愛のない会話をしながら、俺たちは酒場をあとにした。
アトモスフィア
ノアの務める平和維持活動と称される監視官の集う組織の名
人々の間における憶測や曖昧な情報が蔓延しないよう様々な活動を取り仕切っている。
聖ベルティナ学院
生徒会長リアが取り仕切る世界に唯一存在している学院
通っている生徒の数は三百人ほど
様々な教養を学ぶとともにエルノスで生きていくための道を模索している