束の間の休息
放たれた一言。
動揺を隠し切れず一気に胸の鼓動が早くなるのを感じた。
「見られていたのか…」
「やれやれだよ、まったく…」
ランハンが改まったようにしてため息をつく。
「あのそっけない態度は一体何なんだ?もう少し仲良くしてやればよいものを…」
横に首を振る。
「なになに?」
そんな呆れた声に釣られてのかリアはなぜか嬉々とした笑みを浮かべる。
その表情からは何か楽しげな様子だ。
「セレナちゃんとあってたの?その話、詳しく聞かせてくれるよね?」
「盗み聞きとは趣味が悪いな、神官長殿」
「なに、たまたま目にしただけさ。何を話したかはしらんが、あの娘の表情で察しはつく」
「会ったから簡単に挨拶しただけ、やましいことはしていない」
「やましいことねぇ…」
「お前は黙ってろ」
「そんなことは分かりきっているよ、お前は臆病者だからな」
「ランハン…」
「口が滑ったな、すまんすまん。だが邪険し過ぎるとはないんじゃないか?」
「あいつはやるべきことがある。俺が声を掛けられたのも待ち伏せしていたわけじゃない。
自分の店に客が入るよう、看板娘としての役を買っていただけだ。
無理に俺が優しくすることじゃない」
「ガキみたいな発想で涙が出るよ、元々は幼馴染だっつーのに優しさの欠片もない」
「……」
的を得た発言。
しかし、そんな言葉に俺が感じているのはただのおっくうしさだけだ。
「勘弁してくれ、もうそういう仲じゃない」
「もう?女心をまるで理解してないね。そんな調子だから童貞なのよ」
「お前ら…」
「まぁ待て。確かにお前の気持ちはわかる。
俺たちが何か言える立場でないのもたしか。だがお前らはお互いに生きるために支えあっていた仲、いわば家族みたいなものだ。
もう少し…親切にしてやってもいいんじゃないか」
心の底を見透かされた言葉に。
「……」
何も言い返せない。
いや、まるで言葉を発するのを遮られるようにして彼はじっとこちらを見据えている。
セレナは娼婦だ。
俺はある日自分を引き取っていた祖父母を強盗に殺され、彼女は貴族の名家の娘だったが没落したと同時、僅かな金銭と引き換えに親に売られた。
互いにすべてを失った後で、偶然出会った俺たちは追いやられた世界で毎日を食いつなぐのに必死だった。
その頃からだろうか。
生きる。
それが自分にとってどういうことなのか。
それを考えるようになったのは。
少年兵、強盗、殺人。
一般的に悪いことだと人が口にすることは全部やってきた。
自分を理不尽な死から守るため。
怯えるようにして泣いていたセレナを守るため。
生きるためだけにやっていた行為なのだから自分の行為はすべて正しい。
そんなことを気付いた時には当たり前のこととして受け入れていた。
たくさんの人を商人から盗み出した短い刃のナイフで殺した。
彼等から溢れる鮮血はいつからだろう。
自分を幸せにしてくれる。
そんなふうに見えてしまっていた。
人を殺せばたくさんのお金が手に入るのだから当然の流れなのかもしれない。
もちろん、俺がやってきたことは生きるための賢い方法ではなかった。
ある時自分がヘマをやって殺されそうになったことがある。
もうダメだと思った矢先、自分を救ったのはたまたまそこを通りかかった人物。
生徒会長が務めるベルティナ学院でかつて学院長を務めていた女性。
リアの母親だ。
彼女にどういった意図があったのか分からない。
しかし俺は生きていくため二つの選択を与えられた。
自分は何も見なかったことにして一介の学生として生きるか。
培った技術を生かし学院長の手下としてスパイになるか。
極端な選択の前で、自分が選んだのは彼女の手下となる。
スパイとなることだ。
二つの世界を繋ぐつり橋となる。
それが自身の選択したこと
互いににらみを利かせる世界で暴動が起きないための平和作り。
しかし…。
言い換えれば、それは互いの世界で設けられた規則に囚われる人々を増やすことに繋がる。
自分のやっていることは正しいのか…。
そんな仕事を抱え始めた俺を見てセレナは何を思ったのだろう。
彼女は自分一人でも生きていくために色を売る仕事を始めた。
俺が彼女を変えてしまったのかもしれない。
彼女に対する気持ち。
そんな不安や懸念から気持ちの整理がつかず、自己嫌悪に囚われるも、彼女はいつも俺に優しく接してくれる。
「お待ちどうさまです」
ちょうど料理が運ばれてくる。
「急に混み入った話をして悪かったな」
「いや、別にかまわない。それよりも」
もう暗い話はいいだろうとランハンに視線を送る。
「さて、この手の話はとりあえず置いておくか」
コホンと、気を取り直すようにしてリアが飲み物を右手に大きく掲げ始めた。
「乾杯!」
手にしたグラスを合わせ、料理を口に運ぶ。
三人で集まれる機会はスケジュールをあわせる都合上難しいものがある。
仕事といえど、久しぶりにせっかく皆で集まることができた一日。
学院で起きた面白い出来事や自分に交際を迫ったランハンの女の話。
三人で飯に集まるときは、いつも間の抜けた話が周囲を包む。
こういった雰囲気に身を任せるのは心地がよい。
そんな当たり前のことをしみじみと感じていた。