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PARADOX  作者: クロハ
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酒場での出会い

オレンジ色の洒落た看板と酒屋。

見慣れた光景が目の前にあった。

周りの雰囲気とは異なる、様々な装飾をこらえた場所。

それは全体に煌びやかな印象を与え、違和感さえ感じられる。

「さてと…」

大きな扉の取手を握り、重そうな音を立てながら中へ入ってみる。

そこには一人の男性がいた。


「旦那でしたか」


「かなり繁盛しているな、元気だったか?」


「お陰様で」


皺の刻まれた初老の男性、エリック。

彼の表情からは常に苦労の色を感じさせることのない笑みが零れている。

この店がいつも繁盛しているのは彼の人柄の良さもあるみたいだ。


「最近は何かとお忙しいみたいで。」


「どうも最近のガキたちはやんちゃ好きでな」


「魔法使いの負の遺産…。」

エリックが視線がその言葉に動かされるようにして宙へと浮かぶ。

「困ったものですね。まだ、あんなものが転がってると…」

「少しは楽でやりがいのある仕事がしたいな。ここ数日は子守で働き詰めさ」

おどけてみせる。

彼は苦笑混じりにほくそ笑んだ。


「私も似たようなものです、そちらと比べてやりがいのある仕事ではありますが」

周囲に目を移す。

どこのテーブルにも人が集まり、喧騒に身を預けて酒を呷っていた。

ここはいつも賑やかな声で包まれている。

そんな光景をずっと目にしていると、まるでこの場所だけが異なる世界であるように見えてしまう。


「仕事があるのは羨ましいです。仕事をもてない方は生きてはいけないのですから」


「ごもっとも」


「贅沢な悩みなのはわかっている。仕事持てない人間は生きていけないのも確かだからな」


「ですが何事もやりすぎはよくない。生き抜きは必要です。いつもの酒をお持ちしましょう」


「悪いな…ところで」

軽く耳打ちする。


「あの人は?」

「ああ、あの方ですか」

思い出したように頷くエリック。

「結構前の時間からいらっしゃっております。すぐにご案内しましょう」

エリックが手を招く。

すぐに給仕の女が現れた。


「こちらへ」

給仕の女の後につき裏の厨房の奥にある通路に入ると、頑丈そうな扉が姿を現す。

普段では使われない広々とした特別室の入り口というわけだ。


部屋を開ける。

「ふぅ…」


燻る煙のなかにタバコを吹かす女が一人。

涼しそうな顔をして視線を宙に浮かせていた。


ミステリアスな雰囲気を感じさせる銀髪のショートテイル。

何かを見据えているようなコバルトの青い瞳。


彼女はリア。

地上の世界に唯一存在する学院長を務めている。

幼い見た目に反してかなりのキレ者だと周囲から恐れられている。




「やっぱりここで吸うのが一番だ。だろ?ノア」

彼女は満足げな表情で口から煙を吐き出す。

「さすが、世界でただ一人の生徒会長様。やることが違う」


身元がばれないよう、外套を纏い、広々とした個室席のソファであぐらをかいている。

すっかりリラックスしきっているというわけか。


「……」

毎度のことながらも、目の前の彼女に落胆を覚える。


「まったく、生徒さんが今のあんたを見たら何というか」

すると彼女は意外そうな顔をして。

「彼らが…私を?それは何だか少し…興奮するかも」


ダメだこの女。

皮肉を言ったつもりだが、俺の反応と裏腹にうれしそうな表情を見せやがった。

頭がキレる反面、こいつは変態なのだ。


「逆にその反応を見てもらった方が見ものになりそうだ。」

ほらみろ。

とんでもないことを口にし始めた。



「最近はどうもつまらない仕事が多い。どうも調子が悪くてな」

ため息混じりに呟く声とともに、彼女を巻く煙が乱れる。



「暇つぶしにはちょうどいいかもしれん」

そういってリアはニヤリと笑みを浮かべた。


「それなら試しに誰か連れてきてみるか?」

挑発に乗るようにして彼女に言葉をぶつける。

「うむ」

すると彼女は何かを考え込むような仕草を見せた後で、残念そうな表情を見せた。


「やっぱやめておく。これでもな」


「分かっている、表では真面目さんだろ?」

「あんまり意地悪しないでくれ。確かに表は真面目さんだ。容姿端麗、純真潔白、さらにはぴちぴちの美少女。完璧だ」


「自分で言うのか」


「まぁ、こんな私でも?部下を大勢抱えている身でね。

それはまた次の機会にさせてもらうよ」


「秘密を貫くのは大変だな。信頼する部下もたくさんいるんだろ?」

彼女は頷く。

「その通り。まだ彼らには純粋でいて欲しい。まだ、な…」

遠い眼差しをして呟く。

その言葉には別の意味が込められているようにも見えたが、ただ深く頷くことにする。

こいつの考えていることなど、俺には何もわからないからだ。


「リア」

ふとある疑問が浮かぶ。

「うん?」

「もしも…もしもの話だ」

「仮に俺たちがここにいること、もし地上に知られたらどうするつもりだ?俺たちがこの場にいることは本来あってはならないこと。そもそもここに来るには二つしか方法がない」


「一つは俺たちのように地上に設けられた場から来る方法。

しかしその使用にはダグの発行する通行証を手にする必要がある」


「地下で行う仕事に必要なもの、いわばライセンスだな?」


「そう、廃屋の周囲には常に衛兵が人一人入れぬよう目を光らせている。

住人が目撃するなどありえない。しかし…」

俺は一拍置いた。

「そう、この世の中に絶対というのは存在しない。

もし、お前を知る生徒が目撃したら…どうするつもりだ?」


俺の唐突で脈絡のない質問に彼女はどんな言葉を吐くのか。

リアをじっと見つめる。


「そうだな…」

しかしリアは割り切った表情でに呟いた。

「粛清だよ」

「粛清?」

「そう、殺してしまうしかない。私が実行できうるあらゆる権限でな。

今はそれが最善の策でしかないからだ」

そう口にして彼女は腰にある鞘を小突く。


「分かっていると思うが、私たちの仕事は失敗が許されない過酷なもの。

それを理解した上で私たちは毎日を生きている。違うか?」


「……」

その一言で俺は改めて考えさせられる。

一人で仕事を貫く。

それはこの世界では想像する以上に精神的な負担が大きい。

リアから聞きたかったのは、そんな自分に対しての率直な答えだったのかもしれない。


「そうならぬよう、これからも気を払うしかない…か」


「うむ、せいぜい気をつけろとしか言えんな」

そんな俺の気持ちを見抜いたのか、リアはそうゆっくりと口にした。


「お待たせしました」

雇われた給仕の女性が持ってきた高そうな酒が前にある丸机の上に置かれる。


「しかしだな…」

目の前に置かれたボトルを前にジト目で睨まれる。


「お前も全然人のことは言えないよ。

私と同じ歳なのに、目の前で酒なんぞ口にしようとしているのだから」


「俺にはこれがないとやっていけない、止めようと無駄だぞ」

「勝手にやってろ」

すぐさま、酒を手にとり口に呷る。

これだこれだ…。

馴染みの深い味が口内に広がっていく。


こういった高い酒が飲めるのはこの店だけで、地上には酒やタバコなんぞの嗜好品はどこにも置かれていない。

皮肉にもフリームならすんなり手に入るんだが。


「さて、そろそろか」

そう口にしたとき、ちょうど一人の男が現れた。


「ふぅ…」

神官服を着た長身の男性、ランハン。


理性を感じさせる臙脂色の瞳に厳格な顔つき。

その姿は神官のイメージそのものだ。

が…。


「いやぁ~待たせてすまん」

結びの固そうな口から放たれたのはひょうきんさが入り混じってた言葉だった。


「どうも最近はお悩み相談が多くてね」

ランハンは顔をしかめる。

「みんな同じってわけだ」

「お前らもか、互いに苦労が絶えんな。ともかく、遅れてすまなかった」

そう口にしながら、申し訳なさそうに言葉を述べる。


「なに、俺たちも今きた所さ」


「私はずっと前からいたけど」


彼がやってきたのに合わせ、リアは給仕に注文を頼み始める。



「さて…」

三人で向かい合う。

久しぶりの再会。

神官服を着た男ランハンと生徒会長のリア、そしてスパイの自分。

「周りから見たら今の俺達が集まっているのは異常な光景だな」


「言われてみれば確かに。普段全く考えていなかったから感覚が麻痺してるのかもな」


「分かっているとは思うが、尾行には気をつけてくれ」


「もちろんだ、それよりも…」

思い立ったようにランハンが口を開く。


「お前、さっきセレナと会っていただろ」


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