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PARADOX  作者: クロハ
3/7

幼馴染

関所を後に、ある場所に向かう。

結果としてだが、俺はあの二人を救い出すことができた。

一見嘘のようにも思える。

だがこれは紛れもない事実。

しかも、彼らを貴族たちから守る唯一の方法であるというのだから驚きだ。


「……下らない」

ため息をつく。

たしかにこれは金がもらえる仕事だ。

とはいえ、馬鹿らしい商売でしかない。

そんなことを考えながら足を早める。


しばらくすると、学生服を着た生徒の姿が目に入った。

「……」

楽しそうに会話なんてしながら、ゆったりと歩いてやがる。

のん気なもんだ。

お前らがそうしていられるのは、誰のおかげだと思っている。

自然と眉がつり上がる。

彼らは酷く能天気で、毎日が楽しければそれでいいと考えている。

そんな連中は見ているだけで簡単に苛立ちを覚える。


エルノアは見た目こそ平和に見えるがその裏では凶悪な事件が日々飽きることなく起きている。

見た目では隠しきることのできない禍々しい血の匂い。

それがこの地ではへばりつくようにして臭気を放ち続けている。


「仕方ないことないことだが」

もっとも、自分はそんな奴らが安心して暮らすために仕事をしているわけだ。

自分がこんな感情を抱くことは、矛盾そのものだ。


「矛盾…か。今更何物思いにふけているんだか」

嫌気がさす。


俺は気持ちを振りきるようにして薄暗くなる街の裏道へ入っていく。


通いなれた通路を何回か曲がる。

すると見慣れた建物が姿を現し始めた。

そこで、周囲の雰囲気に似つかぬ古ぼけた廃屋が見えた。


「相変わらず汚いな」

扉を開いた先に現したのは、地下深くに繋がる階段。

奥に進むほどそこは暗さを増し、独特のひんやりとした空気が張り詰める。

まるで、その先に行くことを拒んでいるかのようだ。


相変わらず、この場所に入るときは緊張を覚える。

慣れないものだな…。

俺は手元に置いてあったランタンを掲げ、一歩、また一歩と足を踏み入れていった。




「涼しいな…」

ここに来て最初に抱いたのは独特の雰囲気から搾り出されたようなある種の開放感だった。

追放された人々の楽園と称された地下の世界、エルノス。

アルペウスで感じられた暑苦しさはなくむしろ寒々しささえ感じられる。


かつて、生活する場を失った人々が逃げ込んだ先に見つけ出した新天地。

まるで始めからあったかのようにこの世界は存在していた。

そう俺たちは学んでいる。


地下深くにあるに関わらず、その周囲を占める空間はどこまでも続く。

初めてこの世界を見つけ出した人々は驚愕を覚えたに違いないはずだ。


最初は人が快適に暮らせるような場所ではなかった。

全体を国として機能できるようになったのはつい二年ほど前。

ちょうどそのときだろう。


人々の安全を取り仕切る平和維持活動を行う団体。 

アトモスフィアが誕生したのは。


見た目の清潔感とは裏腹に政治や金融。

あらゆるものが汚いやりとりによって成り立ったエルノスとは異なる。

清潔とは言いがたく様々な課題を残すも、人々の懸命に生きようという意識がアルペウスを覆っていた。


両者は交わってはならない。


異なる世界に住む人間が入り混じるのは、争いを引き起こす火種にしかならない。

そのために作り出されたのがアトモスフィア。

俺はその機関における監視官の立場に身を置いている。

その内容は互いの世界の情報を調整し、裏で工作するいわばスパイだ。




上には、地下であるにも関わらずそこには空が見えた。


外で見るのと変わりない空。

しかしその色はどこか薄汚れている。


人々がこの場所を見つけてから十年もの月日が経とうとしているが未だに分からないことは多い。


先ほどのガキもそうだ。

外れはただ荒地が広がるだけだが、稀に地上へ通じてしまう扉が見つかることがある。


なぜ扉など置かれているのかは分からない。

けれどその噂を耳にした子供は自由をもとめそれを探しだそうとする。

その先に何が待ち構えているかも知らずに…。


しばらく歩くと、それに比例するようにして喧騒が聞こえてきた。


人々の争う声、商売を行う男の呼び声。

俺が先ほどまでいた場所とは圧倒的に何かが異なっている。


真昼時のこの場所は匂いの掃き溜めだ。


欲望の匂い・羨望の匂い・嫉妬の匂い・争いの匂い。


様々な感情や声が匂う街の風景。

お世辞にも清潔のイメージとはほど遠い古ぼけた建物や商店街がそこには並ぶ。

おまけに奥の路地まで進めば、乞食たちがうろついているのだから、お世辞にも衛生的とは言えないのが正直な感想といったところか。


人間同士とのトラブルの種類も多種多様で大きな暴動が起きるのも日常茶飯事。


「しかし、不思議と落ち着くんだよな」

決して治安が良いわけではない。

が、自分がここで生活していたこともあるのか。


無法地帯であるのは自由に生きることが許されていること。

絶望的な状況で、自分が今日まで生き伸びるてことができた理由の一つでもある。


「それはそうと…」

いたな。

見慣れた青い服を身に着けた商人が目に入り、ダグから受け取った包みをさっと渡す。

フリースのことだ。


「…毎度」

男は黙ったままそれを受け取ると、数枚の銀貨を差し出す。

ダグの言う通り、こいつは持ち運びもしやすい。

「ノアさん」


静けさに満ちた女性の声がした。

後ろを振り返る。




「お久しぶりです、お会いできて嬉しい限りです」

セレナだ。


美しく整った容姿。

長い黒髪。

人の視線を吸い込んでしまうようながらんどうの空白な瞳。

儚げな雰囲気を感じさせた彼女は、周囲から孤立しているようにも見える。


「仕事なのか…相変わらず精が出るな」

そう言うと、セレナはそっと口元に手を添え。

「ふふ、ノアさんもお仕事ですよね?お勤めの方ご苦労様です」 

こちらを労うようにしてか静かに言葉を発する。


「まぁな、何とか一区切り終えたとこだ。外に出ているってことは呼び込みか」

セレナは頷く。

「ええ、最近お店が繁盛しているので嬉しい限りです。

ノアさんも少し、遊んでいかれませんか?」


適度に露出がなされたその服装は彼女の美しい容姿も合わさり男を誘っているようにも見える。

 

「ノアさん…」

ねぎらうように目線を下げ、スカートを持ち上げる。

そんな彼女を見て俺の心に浮かんだのはただ焦りだった。


「まだ仕事を残している。すまん」

彼女の匂いから逃げるようにして言葉を発する。


「あらあら、そんなお謝りにならなくても。けれど、ちょっぴり残念です」

少し舌を突き出していじらしそうにしてからパタリとスカートを静かに落とし名残惜しそうに溜息を浮かべた。


「セレナ…」

なぜいつもこうなのか。

非があるのは俺にあるのに…。                        


「時間が出来たら必ずいく」

「あら」

そんな彼女の行動に揺さぶられてか咄嗟に口から出たのは雑な言葉だった。

にも関わらず、その言葉が嬉しかったのだろう。

花のようにパッと彼女は笑顔を咲かせた。


「ではまた近い日に」



約束を済ませ別れを告げる。

仕方がないと自分に言い聞かせるも心が痛む。


場を後にし、しばらく歩いたあと、もう一度振り返る。

すでに彼女はいなかった。

「?まだ呼び込みのはずじゃ…」

「…まぁいいか」


すぐに店に戻ったのだろう。

俺はもう一度気を引き締めてから、歩みを始めた。

自分のやるべきことを果たすために。





エルノスの女性

 エルノスで生活を送る女性の仕事の大半は家の手伝い。

いわばヘルパー。しかし、その賃金は非常に安いため一部の女性は身体を売る仕事を兼ねていることも多い。


手を振り続けるとやがて彼の姿が消えた。


どうしてだろう。

彼が自分と距離を置いていることに落胆を覚えていた。

そのはずなのに…。


「ふふっ」

無邪気にも、私の顔からは笑みが溢れていた。

とくに何かがあるわけでもないのに。


「……」

右手に目をやる。

白く、か細い腕を見てまっさきに思い浮かべたのは死者のイメージだった。


「死者…」

私にぴったりの言葉だ。


ノア…。

十年前、私と彼は互いにただの少年と少女でしかなかった。

しかし、あの日以降、彼と私は出会うことになる。

彼の瞳にはただ殺意が満ちていた。

誰に向けてとか、恨みをもっているとか…そういう類ではない。


まるで、自分を取り囲む人々や場所。

そのすべてを憎んでいるように見えた気がしたてしまった。


私はそんな彼に惹かれたのか、それとも親近感を抱いたのか。

私は彼と毎日を生きていくために懸命に生きることに意味を見つけようとした。

けれど…。


もう一度自分の身体を見る。

色素の薄いのだろう。

白く細い自分の身体。


どうやら…。


私はまだ何も見つけ出していないんだな。

そう実感せざるを得なかった。


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