12話 俺の願い
「なんだと?」
確かに俺が振るった虎鉄は、邪神の使徒の胴体を斬り裂いた。しかし、依然としてそこに立って居る。
「斬られても死なないのか?」
「甘いですね」
何も入っていなかった杯から、水があふれ出し鞭の様に襲いかかって来た。
後ろに下がって水の鞭をよけて、ファイヤーボールを無詠唱で顔面に投げつけるが杯から新たに出てきた水に受け止められてしまった。
「意外とやるじゃないか。……周りの奴らは、巻き込まれたくなければ逃げろ」
俺の言葉に思い出したかのように、あたふたと走り出す。
「出来れば外でお願いします!」
必死の形相で走って逃げながら、ここまで案内してくれた文官が注文を付けて来た。……意外とちゃっかりしている。もしかすると、大物なのかも知れない。
「……聞こえたか? 表に出ろ」
「フッ、何故ゴミどもの言うことを聞かねばならない?」
鼻で笑われた。ちょっとカチンと来るなぁ。
「あいつの後ろの壁の向こう側は?」
「ここは地下の宝物庫です! 壁の向こう側は土です!」
遠くから叫ぶ様に返事が来た。自分の身を守りながら、与えられた仕事をこなす、見本の様な人だな。
水の鞭を避けると同時にファイヤーボールを数十個、多重起動して隙間なく連続的にぶつけて行く。
ドドドドドドドドッ!
杯から出た水の盾に防がれるが、構わずに次々無詠唱で放ち続けると、邪神の使徒はファイヤーボールの着弾の衝撃でジリジリと壁に押し付けられて行く。
「グッ! 馬鹿の一つ覚えの様に!」
何とかファイヤーボールの射線から抜け出そうとしているが、既に左右はストーンウォールでふさいで逃げ道は断っている。
反撃の余裕も無く、このまま潰れるかと思ったが、杯を前に突き出しファイヤーボールを多量の水で少しだけ押し返すと、上に飛び上がり天井を突き破って逃げ出した。
「あそこまで格好つけといて、逃げるのかよ」
呆れながら後を追って、俺も奴の開けた天井から飛び出した。
飛び出した先は王城の庭のようだった。奴は肩で息をしながらこちらを睨んでいる。
「化け物め!」
「真っ二つにしても死なない、お前に言われたくない」
「狭いところだと、不利なようだ。この広い場所なら負けはしない!」
「そう思うなら、表に出ろと言ったときに素直に出ろよ。面倒くさい奴だな」
「黙れ!」
俺の挑発に乗って、水の鞭を複数出して攻撃して来る。高速で繰り出された水の鞭をかわし、ファイヤーボールを複数放つが、相手も広い空間を利用し移動しながら攻撃しているために、先程の様に追い詰める事は出来なかった。
何とかもう一度虎鉄で斬りつけてやりたいのだが、うまく行かない。お互いの相手の攻撃をかわしながら、隙をうかがうジリジリとした攻防が続く。
その時、背後の王城を丸ごと水の膜が包み込んだ。邪神の使徒の仕業かと思ったら、奴も驚愕した顔で王城を見ている。
王城を包む水からは清浄な力を感じる。これは、もしや……。
「こらぁー! 遊んでないで、早くしとめなさい! 壊れた城や庭を直すのは、誰がやると思ってるの!」
……城から怒鳴り声が聞こえて来た。
「女神の神器! 第三王女の仕業か!」
「やれやれ、怒られてしまった。もう少し色々と、試したかったが仕方ない。消すか」
「消すだと?」
「ああ、この世から消えてもらう」
「ふざけるな! 私の神器は、あそのこ女神の神器にも負けない神器だ! 誰にも負けない聖杯だ!」
「まだ言ってるのか? では俺のとお前ので勝負と行くか」
「なに?」
「行こうか、カグツチ」
虎鉄をアイテムボックスにしまい、前に突き出した右手に炎が生まれ、スルスルと伸びて行く。その炎の中から現れたのは、古神刀と呼ばれる装飾等がほとんど無いシンプルな剣。恐らくこの形も俺のイメージを読み取った仮の姿なのだろう。
シンプルな剣でありながら、その剣の持つ存在感はこの場の誰よりも凄まじい。天変地異さえも容易くおこす力を内包した神器が、今ここに存在している。
「ば、バカな……そんな物が……」
「全て燃え尽きろ」
杯を構える邪神の使徒に対し、あえて真ん前に踏み込み、杯ごと頭から股間まで真っ二つに割った。
幾重にも重ねて張ってあった、結界や障壁は剣が近づいただけで燃やされ、虎鉄でも斬れなかった杯は一瞬の抵抗も出来ずに切り裂かれた。
杯も肉体も杯の中に隠した魂魄さえも斬られ、邪神の使徒は灰も残さず燃やし尽くされ、絶命の叫び声すら炎の中に消えた。神殺しの神剣に斬られた後には何も残らない。
「……これで終わりか? 後始末が面倒だなぁ」
その後、邪神の使徒の関係でバタバタするなか、王城の一室で2日ほど待たされた。国賓級の対応で不自由は無かったが、慣れない為落ち着かなかった。そしてようやく、謁見の間に案内された。
「今回は親子共々世話になった。お礼をせねばならないな。何か欲しい物はあるかな?」
「要望は二つあります」
「ほう? 何かな?」
「まずは現金ですね。お金には困って居ませんが、タダでやってくれると変なん連中に集られるのは困りますので」
「それはその通りだな。相応の金を用意しよう。して、もう一つは?」
「もう一つは、俺に極力構わないで頂きたい」
「かまうなと?」
「はい。俺は静かにのんびりと暮らしたい。国の王族や貴族に俺の周りをちょろちょろとして欲しくない」
「なる程な……しかし……」
王様は困った様に言い淀んだ。俺の様な戦力を手放したくは無いのだろう。ここはこれからこの国に住むものとして、少し譲歩しておこう。
「しかし国の危機、特に魔物に関する危機の時は連絡して下さい。その時は手を貸しましょう。国が無くなれば、俺も安心して暮らせませんから」
「おお! そうか! それはありがたい!」
「いざという時は剣となり戦いましょう。ですので、それ以外の時はのんびりと静かに暮らさせて下さい」
「うむ、わかった」
「確かですね?」
「二言はない」
「では、勝手にちょっかいを出してくる者は、貴族だろうと俺の方で消し去っても?」
「許す」
「ありがとうございます」
ようやく、俺の望みが叶いそうだ。
「………と思ったんだけど、何やってるの?」
戻ってきたトト村の俺の家で、王女様が勝手にコーヒーを飲んでる。
「コーヒーを飲んでるのよ?」
「いや、それは見れば分かる。なんで俺の家に居るのかを聞いてるんだけど?」
「あら、婚約者が家に居るのが不思議かしら?」
「ファーナさん、王女様は寝ぼけて夢を見ている様ですよ」
「すみません、私も婚約者候補の1人です」
「私もです」
「私も」
「ごめんなさい、私もなんです」
侍女達が続いて手を挙げ、しまいにはシーラさんまで申し訳無さそうに手を上げた。
「どういう事ですか?」
「あなた、シーラに手を出したわよね?」
「それは……」
「別にそれが悪いとは言わないわよ。やはり若い男だから、そう言う事も有るでしょう? でも、変な女に引っかかってもらっては困るのよね」
「何でだよ。俺が誰と付き合おうと勝手じゃないのか?」
「変な女って言ったでしょう? 犯罪者や闇組織の女に引っかからないって言える?」
「……大丈夫だと思うが?」
「ほとんど初対面のシーラの古傷を治して、手を着けたのに?」
「それは……」
「あなたは優しいわ。それ自体は悪くない。でも、その優しさにつけ込まれるかも知れない。これはあなたの持つ武力とは関係ない所よ。本当に大丈夫?」
「…………」
「まあ英雄色を好むと言うし、若い男だから仕方ないけど、王が色々と不安に思うのよ」
「自業自得か?」
「そうとも言うわね。あと……」
「まだあるのか?」
その時、家のドアをドンドンと叩く音が聞こえた。
「なんだ?」
「あ、来たわね」
「王女様は知って居るのか?」
「予想していただけよ。出れば分かるわ」
不思議に思いつつも、ドアを開けると、見覚えのない数人の男達が立っていた。
「誰だ?」
「私は冒険者ギルドの者です。森の西にオーガの群れが現れました。至急討伐依頼を受けて下さい」
「私は辺境伯家の者です。南の海に大型のクラーケンがでて、被害が出ています。退治願えませんか?」
「私は王宮の使いです。王都の北の山に飛竜の群れが集まってます。退治願います」
「私は迷宮都市から来ました。迷宮内に突如アンデットがあふれています。まだ迷宮から出て来て居ませんが、時間の問題です。至急調査及び原因の排除を依頼に来ました」
「え? え? なに?」
「私は……」
「まだいるのかよ?!」
「何にも負けない最高戦力。助けて欲しい人は多いわよね。しかも、魔物に関する危機には手を貸すみたいなこと言ってたし」
「クッ! 異世界甘く見てたか!」
「どうする? 見捨てる事も出来るけど?」
「チクショウ! やればいいんだろ! だけど正当な報酬はもらう! 冒険者ギルドを通しておけ!」
「「「「「ありがとうございます!」」」」」
のんびり暮らすのはなかなか難しい。
お読みいただき、ありがとうございます。自分で書くのは難しいですね。この後の展開も一応有ったのですが、キリが良かったので終わらせて頂きました。構想だけは色々有りますので、また沢山書きためてから違う作品を乗せたいと思います。筆が遅いので、何時になるか分かりませんが、もしよろしければ気長にお待ち下さい。最後にもう一度、拙い文書をお読みいただき、本当にありがとうございました。