10話 王の病?
ファーナさんの案内で、王城の一室にやってきた。煌びやかな広い部屋だ。
「今日はこちらのお部屋をお使い下さい」
「今日は?」
「はい、今日は」
「……いや、依頼料を頂けたら帰ります」
「今日はこちらにお泊まり下さい」
「……話聞いてます? 俺、帰るよ?」
侍女達が逃がさないと言わんばかりに、身を寄せて来る。……何か色々当たる。
「私達、誠心誠意お世話させて頂きますから。お泊まり下さい」
「そうです。何でしたら、お風呂や寝台の中でもお世話させて頂きますわ」
「いや、それはいらない」
「……チッ」
「舌打ちされた?!」
少し年上の侍女が飲み物を用意してくれて、落ち着いた声音で話しかけてきた。
「お泊まり頂けないと、私共が叱られてしまいます。助けると思って今日はお泊まり下さい」
「……わかりました、今日は泊まらせて貰います。しかし、もっと質素で狭い部屋とかは無いですかね? 何だか落ち着かないのですが……」
「そうでしたか、では、私の部屋で一緒に寝ますか?」
「あ! 私の部屋も有ります」
「私の所でもいいです」
「ち、ちょっと、待って! 何でそうなる?」
「ここどこだか覚えてますか?」
「? 王城です」
「王城の質素な部屋と言えば、私は自分達の部屋位しか知りません」
「………すみません。ここでお願いします」
よく分からないが、負けた。
「かしこまりました。今お食事をご用意します。しばらくお待ち下さい」
ファーナさんと少し年上の侍女さんが、部屋を出て行こうとする。
「あ、ちょっと待って下さい」
「何でしょう?」
「あの、もう逃げないので解放して下さい」
若い侍女は服や腕を掴んだままだった。このままでは、何かが立って俺が立って居られなくなる。
ようやく解放された。色々危なかった。ギリギリの戦いだった。
あの後ファーナさんと若い侍女達が出て行き、少し年上の侍女、シーラさんが残った。解放はされたが1人にはしてくれないらしい。
さほど待たずに食事が運ばれて来た。なかなか美味しく、お腹も空いていたので沢山食べてしまった。ファーナさんやシーラさんに座って一緒に食べませんか? と誘って見たがどうやら別室で交代で食べたらしい。彼女達に給仕してもらいながら、1人の食事となった。
依頼料は王女様が直々に持ってくる予定らしいが、今は来れなくて明日になりそうとの伝言が来た。まあ、状況を考えたら父親のお見舞い中なのだろう。大人しく待つしかない。
ファーナさんも忙しいのか、今は居ない。食事が終わった後に侍女達を連れてきて、今日の夜伽は誰が良いですか? と聞いてきた。……そのネタまだ引っ張るのか、と思ったが断ったら残念そうな顔はしたものの、あっさり引き上げて行った。
今は、食後のワインを飲んでいる。
「可愛い子達だと思うのですが、お気に召しませんか?」
シーラさんが、ワインを継ぎながら質問してきた。今は俺とシーラさんしか居ない。
「それは価値観の違いだね。俺が居たところは、自由恋愛が普通だった。それこそまだ若く可愛い彼女達は、未来がある。王子様や貴族と恋に落ちるかも知れない。俺はまだ、結婚する気は無いからね。責任が取れないよ」
「そういう事でしたか。確かに彼女達は私の様なおばさんと違いますね」
「は?」
「ど、どうされました?」
「おばさんって誰が?」
「私です。タカ様や他の侍女に比べると、おばさんになってしまいます」
「何言ってるんですか。シーラさんはまだ若く綺麗じゃないですか」
「綺麗でもないですし、年は倍近いです。それに私は出戻りのキズモノですから……」
「キズモノ?」
悲しげな笑顔が気になった。
「はい。実は二度ほど結婚したのですが、一度目は夫が戦で亡くなりました。未亡人となった私を求めて下さった方ともう一度結婚したのですが、旅の途中魔物に襲われて夫は亡くなり、私は重傷をおいながらも何とか生き残りましたが、身体に醜い傷痕が残ってしまい……」
「身体に?」
「流石にこの体では結婚など出来ません。幸い若い頃に働いて居た、この王城で働かせて頂いております」
「辛かったですね。ですが、シーラさんはまだ若く綺麗だ。幸せになるお手伝いをしましょう」
「なにを?」
シーラさんの手を取り、エクストラヒールを発動した。眩しくは無いが、強い光がシーラさんの全身を包む。
「こ、これは?」
「そこに鏡で確認してみて下さい」
半信半疑で襟元を緩めて、自分の身体を確認している。
「え?! な、無くなって?!」
驚いたのか、慌てて服を脱ぎだした。傷一つ無い美しい裸身が現れる。鏡の前で身体をひねり、背中なども確認している。ハイヒールを超えるエクストラヒールは身体の欠損も治す。古傷だろうと、傷痕だろうと完璧に治っている。
「あ、ありがとうございます!」
しばらく自分の身体を触っていたが、治った事が理解出来たのか抱きついて来た。
「わ、わたし、わたし……」
抱きついたまま、泣き出してしまった。頭を撫でてあげて、落ち着くのを待つ。
程なく泣き止んだシーラさんは、恥ずかしそうに顔を上げた。
「ごめんなさい、取り乱して……あら?」
「……落ち着いたのでしたら、早く服を着て下さい」
「この当たっているのは?」
「いや、ここで聞くんですか? 服を着て下さい」
「こんなおばさんで?」
「あ~王女様からどこまで聞いて居るかわからないけど俺、元々は三十半ば過ぎ。シーラさんより年上だよ?」
「そうなんですか?! ……では、これは私のせいですね。責任を取らせて頂きます。大丈夫です、結婚してとは言いませんから」
「それは……」
「……私ではお気に召しませんか?」
「二度、三度では収まりませんよ?」
「頑張ります」
シーラさんは、なかなか頑張ってくれた。
翌朝、朝食を済まし食後のお茶を飲んでいると、王女様がやってきた。
「ごめんなさい、朝早くから」
「いえ、大丈夫です。食事も済んでますから」
シーラさんが、王女様の分のお茶も持って来た。
「……シーラよね?」
「そうです。マリア王女様、私の顔をお忘れですか?」
「そんな事無いけど、ずいぶん雰囲気が……お肌もツヤツヤだし」
「そうですか?」
「……あ! ……意外ね。年上が好みなのね?」
王女様が、何かに気がついた様に俺を見た。
「俺か? 俺はどちらかと言えば年下が好みだか?」
「え?」
「言わなかったか? 今はこんななりだが、元々は三十半ば過ぎだ」
「そう言えば……」
「それと日本を想像してくれ。三十過ぎの男が十代半ばの侍女を相手にとか」
「ああ、事案ね」
「確実に有罪だ。この世界では成人で問題無いのかも知れないが、俺はちょっと手が出ないな」
「なるほどね。少し納得したわ。でも、慣れれば大丈夫よ」
「そうか? まあ、今は難しいと思ってくれ………って、俺の恋愛事情はほっといてくれ!」
「まあまあ、色々気になるのよ。でも、そうね。話を進めましょう。まずは、ここまで送ってくれてありがとう。本当に助かったわ。これが報酬ね」
王女様が、白金貨を一枚置いた。俺はちょっと驚いたが、何も言わずにアイテムボックスにしまった。
「足りないかしら?」
「十分だ」
「ありがとう」
「気にするな、心配するのはわかる。聞き忘れて居たんだが、王様が倒れたのはどうやって知ったんだ? 伝書鳩か? 魔道具か?」
「魔道具よ。この世界、伝書鳩なんて飛ばしても魔物の餌になるだけよ」
「なるほど、それもそうか。……さて、もらう物ももらったし、そろそろ帰るよ。色々有ったが、元日本人に会えて楽しかった。もう会うことは無いだろうが、元気でな? 大丈夫、俺、王女様の事忘れないから」
「それで、話の続きなんだけど、お父様の事なの」
「おい! スルーかよ! せっかく少し良い別れをしようと思ったのに!」
「それどころじゃないのよ! お父様が大変なの!」
「は?」
「は?じゃないわよ。大変なの」
「いやいや、おかしいだろ? 国王陛下だろ? 王様だろ? 魔法や魔法薬で治療しろよ」
「魔法や魔法薬も万能ではなかった、と言うことなのよ」
「何を言ってる? 死んだ訳じゃ無いんだろ?」
「縁起でも無いこと言わないで! 生きてるわよ」
「じゃあ、高齢で老化か?」
「違うわよ。何言ってるの?」
「それこそ、何言ってる? 老化と死以外の全ての状態異常を治す、薬や魔法が有るだろう?」
「え?」
「え? まさか知らないとは言わないだろ?」
「どんな薬?」
「例えばエリクサーとか」
「伝説の神薬じゃない。国宝よ。使えないわよ」
「使えない? 国王陛下なのにか?」
「そうよ? 国の存亡の危機とかでない限り、使用してはならない。そう決められているわ」
「道具なんて使ってこそ、だろう?」
「そうだけど、次手に入る保証はないわ。例えお父様が亡くなっても、国としては兄上が居るから、国の危機とはならないの」
「では、他の方法は? オールキュアの魔法の使い手やオールキュアポーションはないのか?」
「無いわよ。そんな魔法は伝説よ? オールキュアポーションも、めったに出回らない準エリクサー級の霊薬よ? 有るわけ無いでしょう?」
「エリクサーは有るのに、準エリクサー級は無いのか?」
「エリクサーは初代国王の勇者が手に入れた国宝よ? その後誰も発見した者は居ないわ。準エリクサー級も極々稀にダンジョンなどで見つかるらしいけど、簡単に手に入る物では無いのよ」
「そうか……」
ギルドマスターに渡したのは本当にヤバい薬だった。大丈夫かな?
「それで、ここからが本題何だけど……」
「いや、言わなくて良い」
「そう言わずに聞いて欲しいの!」
ここまでくれば、言いたいことは分かる。アイテムボックスから、オールキュアポーションを出してテーブルに置いた。
「聞かなくても分かる、これが欲しいんだろ? 大丈夫だ。売ったげるよ」
「こ、これは………」
「オールキュアポーションだ」
「ありがとう!」
少し震える手でポーションの瓶を取ろうとしていた。
「まて」
「え? あ! 代金ね? 今すぐ用意するわ」
「ああ、それもそうだが、きちんと鑑定してから使用してくれ。後から苦情は受け付けない」
「分かったわ」
「それから、その薬は全ての状態異常を回復する。しかし、それでも治らなければ原因は他に有ると言う事だからな?」
「……どう言うこと?」
「ああ、すまない。念の為言っただけだ。この薬で治れば何も問題ない話だ。今も苦しんで居るんだろう? 早く飲ませてあげるといい」
「……そうね。でも、あなたも来てくれないかしら?」
「え~」
「なによ?」
「王様の寝所とか、厄介事の気配しかしない。だいたい、そんな所には見ず知らずの冒険者とか、入れたら駄目だろう」
「そこは娘のフィアンセとか言えば大丈夫よ」
「娘?」
「そう娘」
王女様が自分を指差す。
「フィアンセ?」
「そうフィアンセ」
王女様が俺を指差す。
「そんな一瞬でバレる嘘をつくのは感心しない。今は冗談が通じる状況では無いだろう?」
「嘘では無いわよ?」
「無いな」
「何でよ! 否定するのが早すぎるわよ! おかしいでしょう? こんな美少女と結婚出来るのよ? あんな事やこんな事も出来るのよ?」
「いや、何言ってる?」
「愛人や妾も三桁位は認めるわ」
「人じゃなくて桁かよ!」
「これなら良いでしょう?」
「いや、無いな」
「だから、早すぎるわよ! ここまで譲歩しても即答で駄目ってどうなってるのよ!」
「人の話聞いてたか? 王女様、今十五才位だろう? 中学生位とか、犯罪臭が凄い」
「あ」
「あ、じゃないよ、まったく」
「で、でも、あなたも今は十六才でしょう? 私も前世を合わせたら、三十才は越えるしギリギリセーフな感じしない?」
「ん? そうか?」
「そうよ! 大丈夫! 細かいことは後から考えましょう! それより今は早くお父様の所へ行きましょう!」
「仕方ないな……」
王女様の勢いに負け、渋々ついて行く事にした。