娘の習い事
場面緘黙症を治すために、まずはパソコンに依存していた生活を変えてみた。次は、もっと娘を外に出すべきだと考えていた。
少しずつ、学校で友達も増え、一緒に運動場で遊んだりするようになっていたが、もう少し何かしてあげれることはないか・・・と考えて、娘に習い事をさせることにしたのだった。
実は、幼稚園の頃は自分から「エレクトーンを習いたい」と言い出したので、エレクトーン教室に通っていた。当時仲が良かった、あの『一緒に小学校行こうね』と約束していた女の子が通っていたからだろう。しかし、通いだすと、娘はまだ習い始めたばかり。仲がいい女の子は習いだして3年ぐらい経っていたので当然クラスが違うわけで・・・それでも、習っているだけでもその子と共通点が出来るからか、娘ははりきって通っていた。
エレクトーンの先生は、太った中年のおばさん先生で、とてもおおらかな人だった。一人ずつ前に出てリズムを打ったり、歌を歌ったり、メロディを弾いたり・・・娘は、この時には特に場面緘黙のような症状は見えず、6人いるクラスの中で一番行動するのは遅かったけど、大きな声で歌えていたし、和音を当てるクイズなどでもちゃんと答えて正解していた。
ところが・・・仲が良かった女の子が引っ越ししてしまい、その後もエレクトーンは続けていたのだが、少し慣れた頃から、先生がちょっと変わっていることに気が付いたのだ。レッスンは、母親も同席しているので、いつも隣に座って見ていたのだが、いつの頃からか、先生が『できる子』『できない子』でかなり対応が違うように思えてきたのだ。娘は、どちらかというと『できる子』の部類だった。音感はいいし、リズム感もいい。最初は先生に認められて娘も嬉しかったようだが、先生が『できる子』が演奏を終えると「すばらしいですね!」と褒めるのに、『できない子』に「どうしてそこを間違えるのかしらね・・・」と、ため息混じりにガッカリする様子などを度々見てきた娘は、いつのまにか『できなくてはならない』『できなかったら先生に怒られる』というようなイメージをしていたのかも知れない。楽しそうに通っていたのが、だんだんと「今日もエレクトーン行くの・・・?」と言い出すようになっていたのだ。
それでも、発表会もあるし、時々休みながらも続けて通っていた。頑張って練習して、無事に発表会も終えた。せっかく頑張っているんだから、と、その後も通い続けていたのだが・・・
あの、3月11日のニュースを見て、その翌週のレッスン日のことだった。レッスンの終わりには、毎回先生が何か一言言って、終わるのだが、その日のレッスンはそのニュースについてのことだった。
「みなさん、ニュース見られましたか」
と、話す先生の顔は何故か笑っていて
「あんなふうに何もかも流れて・・・見てたらおもしろいな~って思って・・・あはははは」
この人、何を言ってるんだろう。信じられない。この辺りに住んでいる人は阪神淡路大震災を経験している。震災や災害の怖さや悲しみを良く知っている。それなのに、よくそんな顔で笑って、正気で言っているの?この日を境に、この先生のことが大嫌いになってしまった。こんな先生に教えてもらいたくない。そんな気持ちがだんだんと募っていった。
その翌週も、クラスの他の子どもが
「先生ー、この曲まだ習ってないけど、本が変わっちゃうのー?」
と、聞いた時のことだった。
「ええ、いいんです。次のテキストに変わります」
「えー!この曲習いたいー!教えてくださいー」
「その曲はっ!先生が嫌いだから!!!しないの!!!!」
と、ピシャリ。お母さま方も目が点だった。なんか、だんだんと先生の本性が見えてきたなぁ・・・と思って、帰り道に娘に
「まだエレクトーン続ける?」
と聞いたら、
「やめようかな~」
と言うので、もう翌週に辞める手続きをしたのだった。
こうして、娘の初めての習い事は終わったのだった。
その後、約3年の月日が流れ、その間に場面緘黙と診断され、こんな娘に何が合っているのか、どんな習い事なら娘が楽しく続けられるだろう・・・いろいろ考えて、娘の幼稚園から知っている同級生が数人習っているヒップホップダンスを習うことに決めたのだ。
一度、体験でレッスンを受けてみて、合わなかったら無理強いしなくてもいい。そんな気持ちで体験レッスンを受けてみた。
体験レッスンの日、教えてくれる先生に、先に場面緘黙のことを伝えた。
「娘はおとなしいと言うか・・・人に見られていると意識すると極度の緊張感に襲われて言葉が発せなくなってしまう、場面緘黙という症状があるのですが・・・」
と、私が言うと、先生はニッコリ笑って
「大丈夫ですよ。ダンスは話せなくても踊れますから!」
と、言ってくれたのだ。確かに、そうだ。『無理して声を出さないと!』というストレスが、ダンスにはない。私は、このダンスを習うことで、体を動かすうちに娘の気持ちが大きくなり、自然に場面緘黙が治ればいいのになぁ、と期待しているのだ。