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店の中に入ると鐘の音が鳴る。そして、誰かすぐに店の人が出てくるかと思ったが現れる気配はなかった。

 私が店の中を見渡すと、そこには棚に様々なパンが並べられていた。そんなに広くない店の造りだが、質素で味わいのある雰囲気があった。店の奥には昼過ぎに婦人たちがお茶を楽しむことのできるように席が何席か設けられている。

 ここはどうやら街のパン屋さん兼、喫茶店のような場所なのだろう。どことなく落ち着けるようなこの場所に、人は何度も訪れたくなるに違いないと私は密かに思った。でも、ここが本当に私の家なら何か感じてもいいのではないかなと思っても見るが、全くと言っていいほど思い出せない。ただ、この店に入った瞬間懐かしいなとは思った。

「やっと着いたね」

 横にいた猫はそんなことをつぶやくとスラリとした身体を動かし、店の中の一つの席についた。

 私もそれに連れられて行き猫とは向かい側の席に座る。

「何度来ても、この店は落ち着くね……。君もそうは思わないかい?」

「うん。この店、私は好きかもしれない」

「そう?それなら良かった。それで君は何かここに来て思い出さないかい?」

「分かんない……」

「そうか……。それなら仕方がないかもね。じゃあこれから話すことは、僕が君のことについて知っていることだけを話すよ。そしたらなにか思い出すかもしれないから」

 そう言うと猫は私の顔をじっと見て話しを続ける。

「ここに来る途中も言ったけど、君はこの家に産まれたんだ。君は一人娘で兄弟はいなかった。でも、君は両親の愛情をいっぱいに注がれて育った。

 毎日店の手伝いを進んでして、当時の君の夢はこの店を国一番のパン屋さんにすることだった。

 そして君が初めて僕と出会ったのはそんな時だ。

 雨の日、君は店の目の前で捨てられていた黒い猫を見つけてくれたんだ。怯えていた僕を無邪気に覗く君に対してすごく警戒した。でも君はそんな僕にこう言ってくれたんだ。

『猫さんって』

 僕はとても嬉しかったな。どこに行っても煙たがれて、まるでその場にいないかのように扱われてきた僕を、君は見つけてくれたんだから。

 君は僕を、家まで抱きかかえて連れ帰ってくれて、汚いぼろぞうきんのような僕をきれいに洗ってくれた。それに、君の両親に僕をここに置いてくれるようにと、必死にお願いしてくれた。

 でも、だめだった。ここはパン屋さんだ。動物である僕の居場所はここにはなかった。もし、僕が白い猫なら両親も考え直してくれていたかもね。でも僕は、不吉を招く黒猫だ。それも飼うことを反対された要因の一つだったかもしれない。

 でもね、僕の飼い主が見つかるまでという条件付きで少しの間だけ、ここに置いてくれることになった。

 それから次の日、近所の仲間数人がこの店に集まった。そしてミルクを飲んでいた僕のことをとてもかわいがってくれたっけ。猫の飼い主を捜していると君が言うと、仲間はそれから僕の新しい飼い主を見つけるために、町中を捜してくれた。市街に行っては通りすがる人達に声をかけたり、家を手あたり次第訪問したこともあったね。

 結局、僕の飼い主は見つからなかった。

 途方に暮れる皆だったけど、僕は本当に嬉しかったんだ。こんな僕にここまでしてくれて皆には感謝していたんだ。

 その皆の必死さがあって、最初は反対していた君の両親も、心が折れて結局のところ店で僕を飼うことを許可してくれた。

 両親にいいよと言われた時、君はまるで自分のことのように喜んでくれたね。

 そしてここでの僕の生活が始まったんだ。朝起きてご飯をもらってここで穏やかに暮らす日々。時々、笑い声が響き渡るこの家族。僕がこの家族の中に入れてとても嬉しかった。

 そういえば、たまに近所の友達が君を遊びに誘いに来てくれて、僕も一緒に遊んでもらったっけ。今思ったらこの日々が、僕にとって一番幸せだったのかもしれない。

 でもそんな幸せな生活は長くは続かなった……」

 猫の話を聞いていると、頭が急にずきずきと痛み出す。それは過去の出来事を思い出そうとしていた時と同じ痛み。

 私は、頭を手で押さえつける。頭の痛さは次第に増していくのを感じた。それはまるで私の中に直接何かが入ってきているような痛みだった。

「大丈夫かい?」

 猫はそんな私を見上げながら言う。

「え、えぇ・・・大丈夫。そんなことよりその後どうなったの?」

 私は、猫に対して平然を装って返事を返した。

「うん、実はこの街は昔から国同士のある深刻な問題を抱える国でもあったんだ。

もともと国同士の国境に位置していたこの街では重要な資源がとれることもあって、この土地自体を巡ってずっと前から争いが絶えなかった。そして事件は唐突に訪れることになってしまった。

 夜中、急に空襲警報が街全体に鳴り響き、爆発に続く爆発。街は、敵国の爆撃機の空襲を突然受けることになった。国の軍も突然のこと過ぎて対応に遅れた。ここに住む住民なんて、他国に攻撃されるなんて夢にも思っもなかった訳で、街は一夜のうちに大混乱に陥った。

 街にはすぐに火の手が上がり初め、カナリアの街はまるで夕焼けのように赤く、それはきれいに燃え上がったんだ。でも、その中には何人ものまだ生きている人達がいたんだ。

 ある者は火にまかれ、火だるまのように転がり暴れ、生きたまま焼かれていった。またある者は建物の下敷きになり、助けも来ないまま爆撃に巻き込まれ身体を瓦礫と一緒にまき散らしていった。

 早々に建物から逃げた人なんかは、戦闘機の機関銃の餌食になったっけ。それは見るからにもおぞましい光景だった」

 猫がそう言い終わったとたん、街の外を私は見た。そこには空襲警報が鳴り響き、火の中に包まれた街の様子が映し出されていた。どこかで爆弾が破裂したかと思えば、突然この店全体が揺れ、棚の上に並べられてあったパンのほとんどが、衝撃で床に落ちる。

 その光景に私の身体は、自然に強張ってしまった。

 だが、そんな光景を見ている私なんかお構いなしに猫は私の顔をじっと見つめながら話を続けだした。

「だけどね、君の家は運がいいことに爆弾は一つも落ちてこなかった。空襲警報が止み、敵の攻撃が一通り終わった頃に、君の家族はすぐに家を出た。この街から逃げるために。

 僕は君の腕に抱きかかえられて外に出ると、街の外は人でうずめかえっていた。

 皆、考えることは一緒だった。再度、街が空爆に遭うのを恐れた人々は一斉に人の波を作って街の出口に向かって逃げていたんだ。

 そういえば、ほとんどの人は荷物を持っている様子はなかったけど、街の商人たちは荷車に商品を詰めていて道を歩く邪魔をしていたね。自分勝手なのもいい加減にしてほしいと思ったよ。周りを見渡せばすぐそこに、助けを求めて泣きわめている人がいるっていうのにね。皆もう他人のことなんか考える余裕がなくなってしまっている人だらけだった。

 だけど、君のお父さんやお母さんもその中の一人だったんだ。自分たちだけが助かればいいと、助けを求める人たちを見て見ぬふりをしながら、大衆の中に紛れ込んで避難しようとしてた。

 そんな両親に腕を引っ張られて君はいったい何を感じていたんだろうね。それは僕にはさすがに分からなかった」

 猫はそう言い切ると、ちょこんと乗っていた椅子から降りて、パン屋の出口へと歩き出した。

「ちょっと、どこに行くの?」

 私が慌てながら言うと、猫は振り返って言った。

「何って?外に出るに決まってるじゃん」

「外に出たら危ないんじゃないの?」

 私はとっさに言うが猫は微動だにもしない。

「大丈夫だから、僕に付いて来て」

 そう言って扉のドアノブに飛び乗り器用に開けて外に出てしまった。

「もう勝手なんだから・・・」

 私は溜息をついてドアの向こうへと歩いて扉を開いた。


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