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「カナリアの街……」
猫が再び口を開いてそう言ったのは、まるでおとぎ話に出てきそうなこの街を歩き始めてから随分と時間が経った時のことだった。私たちは街の鉄橋に差し掛かり、その下をふと覗くと、線路が四本も続いていた。そこを通るのは貨物車。しかもどれもが、こぼれ落ちそうなくらい黒い炭鉱を積んで走っていた。
「カナリアの街?」
私は猫にそう聞き返すと、猫はふふんっと私に向かって笑い返す。
「この街はカナリアの街と呼ばれていたんだ。近くの炭坑から石炭が大量に取れることによって栄えた町。誰が最初に言いだしたかは分からないけど、君が産まれた時にはもうすでにそう呼ばれていた。毎日毎日、近くの炭坑からとれた石炭は、いったんこの街に通され、各国へと排出される。この国の、一つの産業だね。そのために、この街はいろんな人がやってきて、そしてここまでにぎわったんだ」
炭鉱の街……。ここに来て感じた何か物を焼く匂いは、この煙の臭いか、と私は思った。
「そして君はね、この街にあったパン屋の一人娘として産まれたんだ。家は決して平凡だったけど、決して貧しくはなかった。君は、家族にとても愛されて育ったんだよ」
猫はそう言って、再び歩を進めだした。
何も言わずに、私は猫の後を付いて行き、数分後のことだった。猫はある店の前で立ち止まり、私の顔を見上げて
「ここが、君の暮らしていた店だよ」
と尻尾を振りながら涼しい表情で言った。
その店は、赤い屋根が特徴的な小さな建物だった。店の前にはパン屋と書かれた看板に、openという表札が、扉の前にぶら下がっている。
「ねぇ、そんなところにいつまでも突っ立っていないで、中に入ってみなよ」
猫にそう言われて、私は言われるがままに店のドアノブにそっと手をかけた。