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まるで迷路のような路地を猫のすぐ後を付いて歩いていると、ようやく私は街の大通りに出ることができた。
少し何かを燃やす煙の臭いがするその街は、ほとんどが茶色い煉瓦でできており、煙突まで経っている古風な感じだとそう思った。
目の前の道路には何台も車が通り過ぎる。時間帯は昼過ぎなのか、近くの喫茶店のテラスでは、婦人達が楽しそうにお茶をしていたり、パイプ煙草をくわえた老人が、新聞をその細い目で字を追っていたりする。
この街ではどうやら、時間が動いているのは私だけではないようだった。車の動きや、人の行きかいに時間の流れを感じた。
だが、私はここに来て、不思議に感じたことが一つだけあった。私達の前や、横を通りすぎて行く人たちは、まるで私ともう一匹の猫のこのなんか見えていないかのように、目も合わせずに過ぎていく。
そして、さらに不気味に思ったのは、ここに居る人達はまるで死人のような、青ざめた表情で生活を送っていることだった。そこに喜怒哀楽の感情は一切感じることはできない。
「ここにいる人って、なんだか変な感じがするね……」
私は戸惑いながら猫に言うと、そんなことかと言わんばかりの顔で私を見上げた。
「もちろん、ここにいる皆は、生きているものじゃないからね」
「どういうこと?ここは、あなたが私に対して見せている幻想とか?」
「確かにとある国には、化け猫に騙されたという表現をした、言葉遊びもあるみたいだね。でも。残念ながら、僕は君を騙してもなんのメリットもない。せいぜい困っている君を見て、笑っていることかな?」
「今のあなたなら、十分やりそうなことだと思うけど?」
そう猫に言うと、「冗談だよ」と言われて話を流された。
「ここはね、記憶を失う前の君が、ずっと見てきた風景なんだ。僕たちは、今その中にいるってこと」
「私が見ていた風景?」
「そう。人には見たものや、感じたものを記憶する機能を持っているんだ。一度見たものを忘れたというのは、記憶の抹消なんかじゃない。ただ思いだすことのできないだけ。カナン、ここはね、君の生れ育った街なんだ」
猫はそう言って、再び街の中を歩きだした。