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それはもう、私の中の涙がすべて出尽くしてしまったのか、それとも単純に自然に止まってしまったのか分からない頃に、ようやく最初に居た部屋を出ることができた。

 自分の身長より倍背の高い扉を開けて、短い廊下を渡り、私はダイニングルームの扉を開ける。

 部屋は木製のフロアに机と、一席の椅子がそこには寂しそうに置かれてある。キッチンをひょっこりと覗いてみると、今まで全く使われていたような形跡は見当たらなかった。厚かましく覗いてみたが、ここに住む人は毎日何を食べているのかと思うくらいにそこには何もなかった。

 この部屋の壁はさっきの寝室と同じガラスでできている。そこからは、一向に動こうとしない光を放つ球体がまだ宙を浮いていた。

 こんな所に住めるのは、きっとどこかの企業の社長くらいなだろうか、とも考えてみる。ということは、私はその人にここに無理やり連れてこられて監禁され、凌辱でもされたのだろうか。そしてあまりのショックで嫌な記憶を自分自身で切り取ってしまったのだろうか。

 そんなことを考えると、全身に鳥肌が立つ。再度自分の身に着けている服装を確認してみるが、着ているといっても上は無地のTシャツだけに、下は丈の短い短パンだけだった。どこからどう見ても貧相な胸はともかく、男に乱暴されたというような感じではない。むしろ、見栄えに全く興味のないといった、どうしようもない女の子の部屋着というところだった。

 それに、もし本当に監禁され、凌辱を受けていたとしても、そんなことは今の私にとってどうでもいいことだった。知りたいのはカナンという名前と、思い出すことのできないもやもやとした記憶、それにガラスの向こうに見える球体だ。

 知りたいことはたくさんあるというのに、一向にこの部屋からは誰かが現れるという人の気配はない。幽霊でもでそうなその静けは、嫌いではないのだがいい加減退屈になってきた。

 私は一脚の椅子に腰を落ち着かせて、ガラスの向こうを見ながら「はぁ~」と気の抜けた溜息をついた。

 やはり、私はこの部屋に監禁でもされていたのだろうかと、最初の考えに戻ってしまうのだから、自分の回転の鈍い頭が嫌になってきてしまう。

「夢なら早く覚めてほしいな……」

 そんなことをつぶやきながら上半身全体を、うなだれるように机にもたれかからせた。これがもし本当に夢なら、何より退屈で仕方がない。

 だが、さっきからじんじんと痛む頭痛だけは本物だという事だけは分かっている。

 私は手で押さえてあのベットの上で寝る前の記憶を遡ろうと試してみた。だが、それをしようとした瞬間に、突如激しい嘔吐と痛みに覆われた。

 椅子を倒し急いでダイニングを出て廊下の突き当りにあったシャワールームの洗面台に顔をつけて吐き出した。吐き出したのは胃に収まっていた食べ物ではなく、ほとんどが胃液だった。

 すぐに体は落ち着いたのだが、まだむかむかと気持ちが悪い。 

私は落ち着きを取り戻した頃、洗面台の蛇口を捻った。出てきた水を両手に溜めて、それを顔に浴びせかける。

 吐き出した後だからなのだろうか、冷たい水がすごく気持ちよく感じた。

 ふとその時、私は気が付いた。洗面の鏡に反射し映し出された少女の姿を。

 その少女はひどくやつれたような表情をしている。まあ、ついさっきまで吐き気に覆われたのだ。そんなこと、当たり前のようにも思えるのが、鏡の奥に映し出された少女には、決してそれだけではないというような気がした。

映し出された少女の髪は、肩までの長さで跳ね上がったきれいなアッシュ色。一目見るだけなら、かわいらしい雰囲気を纏った女の子だ。ただ、少女の目の奥には、不思議と何かを訴えられているような気分にさせられる。

それは私がこの少女の過去にいったい何があったのか知りたいと思う瞬間でもあった。

「私はあなたに何があったのか知りたいの……。だから、もう少しだけ待ってね……」

 こんな悲しそうな表情をしている少女の姿を、私は一生忘れることができないだろう。



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