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「君は国の団体に身柄を保護された。そして世間の話題が落ち着いてからこの街の孤児施設に預けられた。世間では悲劇の少女なんてあおりも入れられて、街の人から常に憐れむ目を向けられたものさ。でもそれは国の隠蔽もあって、本当に一時的なものだった。
話題はすぐに過ぎていき、違うまた新たな話題へと人々は興味を引くものさ。
警察の調査班から君に知らされたことは、施設の子供が全員殺されたことだけだった。目の前での友人の死に、なぜ自分だけが一人、ここで生きているのかという懸念からの不安や恐怖が君を毎日のように蝕んだ。
眠るといつも出てくる仲間達が死んだ姿。大したセラピーも受けてない君の精神はずたぼろになっていた。孤児施設に入ってからも当然のことながら、友達はおろか、人と話をすることはなかった。
君は自分の部屋にこもり、まるで悪魔にでも取りつかれたように、ごめんなさいと叫ぶ日々。そんな君を孤児施設の子供たちはとても怖がった。
人間の心理はね、理解できない相手を前にすると、とてつもない嫌悪感を抱くものだ。今まで地獄の淵を歩いてきたような君は、子供達にとって理解の領域をとっくに越していた存在だったんだろうね」
猫が急に足を止める。私も猫と同じように足を止めると、猫は道路の反対側の雑貨屋さんを見るように言った。
「いったい何があるの?」
私が言ったその先には、店の展示ケースを眺める一人の少女がいた。少女のその顔には私は見覚えがあった。
「あれって・・・私・・?」
展示ケースを眺めているのは私だった。いや、施設から少しだけ成長した少女のがそこにあった。
「そう、あれは君だ。あの頃は本当にいつも、生きることに絶望している感じだった。でも、そんな君が唯一、興味を抱く物が一つだけあった」
「興味を抱く物?」
「うん、それはいつもこの道を通りすがる時に、店の展示ケースに飾ってあった黒い猫のぬいぐるみだった。それはあまりにも、あの幸せだったころに、皆と一緒に遊んでいた子猫に似ていたんだろうね。でも、その時の君には猫のぬいぐるみを買えるお金なんてどこにもなかった」
頭が痛くなり手で押さえる。
「大丈夫かい?」
猫の声で我に返る。
「……うん、大丈夫」
私は息を荒げながらうなずいた。そして、落ち着いてから道路の反対側の店を見ると、少女は顔をうつ向き、店から離れてどこかへ消えて行ってしまう。
だけど、それとすぐ代わりに、遠くで少女の様子を見ていた黒いコートを着て全身スーツを着た老人が、杖を地面に突きながら展示ケースに近づいてきた。老人は長いひげを手で触り、さっき少女が見ていた黒い猫のぬいぐるみを数分眺めると、向きを変えてどこかへ消えて行ってしまう。
「あの人は?」
「君の救世主かな?」
「ふざけてる?」
疑いの眼差しを猫に向ける。
「べ、別にふざけてなんかいないよ。本当のことなんだから仕方がないだろ?」
猫が慌ててそういう姿が、少しだけ面白かったので、私はさらに追い打ちをかけるように聞いてみた。
「本当に?」
「本当さ、あれは唯一、君に優しくしてくれた人だよ」
猫が慌てるのを見て、私は顔に出して笑ってしまいそうになった。
「そうか、君に少しだけやられたって感じだね・・・」
隠したつもりだったが表情に出ていたのだろうか、私の思いを悟ったの猫は何気なくどこかへ歩き出してしまった。それに私はついて行った。