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施設にたどりつくと、そこは遠目では分からなった広い場所だった。施設一帯は高く厚い壁で囲まれており、その上には鉄鎖までしてある。初めは外見からして、どこかの学校なのかとも思ったが、よく見る限りでは、ここは囚人収容所みたいだった。なぜこんな施設が山奥にあるのか不思議に感じる。門には『楽園へようこそ』と書かれた札がぶら下がっていた。どう見てもこの施設は『楽園』と呼ぶにはふさわしくはない。
そんな中、猫は施設の門の前で止まると私の顔を見上げて言った。
「さぁ、入ろうか・・・」
私は動揺を抑えきれずに首を縦に振った。できればこの施設内に入りたくないという気持ちの方が強かった。なんだかこの施設は、一見清潔感のある外見をしているが、なんだかとても怪しく不気味だった。よくこんなとこ猫は平気で入れるものだと思う。
「待ってよ!」
私は呼びかけるが、猫は振り返りもしない。仕方なく猫の後を追って恐る恐る中に入ると、門の受付所の前には、戦闘服を着た警備兵が二人ともライフルを両手に持ち立っていた。だがこの人達も、街の時のように表情は青ざめたまるで死人のような顔をしている。
その兵隊は私達のことなど見えていないのか、前を横切っても無視する。誰でも驚くような、この状況に平然としている猫はどうかしているだろう。
猫は大きな施設の入り口まで来て足を止める。私はそんな猫の隣まで来て腕を組んで聞いてみた。
「で、ここはどこなの?刑務所とか?」
猫はふふんと笑う。
「良いとこまでいってるね。ほかに思いつくことは?」
「学校とか?」
これは最初に見て思ったことだ。この施設全体は、完全に封鎖されているとはいえ、学校の校舎のようなものも、ちらほらと見える。
「うん。ほとんど君の言う通りだよ。ここは君があの男たちに連れてこられた場所。この施設にいるのはほとんどが戦争で親を失ったり、捨てられたりした子供達なんだ」
「つまりここは孤児施設ってこと?」
「いや。ある意味ではそうかもしれないけど、ここはそんな生易しいとこでは決してない。だいたい見て分かるけど、ただの孤児施設なら物流の不便なこんな山奥にあって、こんな封鎖環境なんてありえないからね」
「どういうこと?」
「人間っていう生き物はね、場所や行動に少しでも変だと思ったら、何か必ず意図があるもんなんだ。ここは見ての通り山奥に位置してる。世間から何か重要なものを隠したいっていう魂胆が見え見えじゃないか」
猫は一呼吸を置いて話を続けだす。
「ここには月にだいたい、十人程度の子供たちが連れてこられた。子供たちはここに着くとすぐ服を着替えさせられて、知能検査や身体検査、それに適正検査なんかをここにいる研究者たちによって念入りにされる。そして、その後いくつかの組に分けられるんだ」
「いくつかの組?」
「うん、一つは身体能力に優れた子供たちを国の軍隊の暗殺者にさせる組。ここに入れば虫も殺したことのない臆病な子でも、施設を出るころには何の躊躇もなく人を殺すようになる。施設内でやっていることと言えば、銃器の扱い方や、死体相手にナイフを突き立てることかな。子供たちにさせていることはもう正気の沙汰じゃないと思うね」
私は猫の言っていることを想像してしまい、唾をごくりと飲んだ。
「二つ目は、適正検査で引っかかった子供達には、ありとあらゆる精神苦痛を与えて脳を洗脳してしまう組。子供達に生きる苦痛を与え、生への未練を完全に失くす。そこから排出された子供達は、敵陣に爆弾を巻いて飛び込んで自爆する兵器になるわけだ。この施設の中では一番残酷だとさえ思うよ。施設から出てきた子供たちの目を見ればわかるけど、もうほとんどの子供が狂気にかられて狂った表情をしているんだもの」
猫はいったん話を止めて私の表情を窺うように見上げる。
「どうだい?気分は・・・」
「聞いているだけで吐き気がしそうな内容ね・・・」
素直に答えると、猫はふふんっと笑って答える。
「まぁね。こんな施設作る奴の気が知れない。でも、君はこの施設の中では命のやり取りをしない、ある意味では良い場所に編成されたかもしれないね。それに、この出来事によって皮肉にも生れ育った街では決して開花されなかったであろう、才能にも気が付くことができた。
君が編成された組は子供達に、英才教育を施す場所だった。英才教育といっても将来国のために新兵器を開発するためにありとあらゆる知識を子供たちには強制的に植え付けるものだった。
毎日のように高度な授業を受けさせられて、子供達は知らず知らずの間に兵器作りの仕組みについて学ぶことになった。
この組には月に一度発、表会みたいなものもあってね。兵器についての実案なんかを発表するものだったけど、実際に採用されて使われたものもあったみたい。つまりそこに入った子供たちは自分たちが知らないだけで、数えきれないだけの人を殺している」
猫はどこか憐れむ目で言った。猫の話が終わると少しだけ、頭に痛みが走ったがそれはすぐに治まった。
「君に覚悟があるのなら、この施設を案内しようかい?」
なんと答えていいのか分からなかった。足が突然震えだす。この先には行くなと、私に警告しているように。
「やめるかい?僕はそれでもかまわないけどね」
表情の固まる私を察したのか猫が顔を覗かして言う。
「いや・・・行くよ。私に何があったのか知りたいからね」
私は声を振り絞るように言うと猫は、そうかとうなずいた。
「分かったよ。君の覚悟は確かなものだね。それに初めに言ったように、これが僕にとって君にしてあげれることだから。じゃあ、行くよ、僕に付いて来て」
そう言って猫は建物施設全体をぐるっと回ると、施設の校舎のような建物の中に入っていった。私はその後をただ追う。