子供達の楽園
目を覚ますと私はあの最初の寝室にいた。あれ?とそこで私は思う。さっきまで猫に連れられて、街の公園にいたのが嘘みたいだった。悪い夢でも見ているような気分だ。
ガラスの向こうの街の中に浮かぶ巨大な玉は、いたって動くような気配を見せてはいない。目が覚めてすぐなので、頭が思うようには働かない。
私は、ベットの上で体を小さくして座った。なんだか怖くなってきた。
猫から聞いた街の話を思い浮かべてみる。目の前で多くの人が死んだ話だ。
でもやっぱり私は思い出すことができない。だから全然実感がわかなかった。
そういえばあの黒い猫は、いったいどこに行ってしまったのだろうか。
私はそう思い、寝室のベットの上から辺りを見渡すが、この部屋には猫の影はない。
「全くどこに行ったんだろうか・・・」
そんなことを考えながら、独り言のように私はつぶやき、そっとベットから降りてリビングに入った。机の上にはさっき入れられたのだろうか、コーヒーが入ったカップが湯気を立たせながら置かれていた。
机の前に立ち、そのコーヒーカップを凝視する。これは飲んでも良いということなのだろうか。それとも、毒でも入っているのだろうか・・・。
私は恐る恐るコーヒーに手を伸ばし飲んでみた。最初は警戒してコーヒーに鼻を近づけて香りを嗅ぐ。私の鼻が正常ならいたってこれは普通のコーヒーだ。
私はカップを口につけてコーヒーを飲んでみる。
「熱っ!」
私は警戒のあまり、コーヒーの熱さのことなんか考えていなく、一気に飲んでしまい熱さのあまり少しだけ噴き出した。
すぐに腕で自分の口をぬぐい辺りを見渡す。こんな所、誰かに見られていたら恥ずかしいと思ったが、後ろから誰かの笑い声が聞こえてきた。
「君はいったい何をやってるの?」
それはもちろん人間の言葉を話し、私のことを小馬鹿にするあの黒猫だ。
さっきの私の行動を見ていたのか、猫は床の上に座ってさっきからにやにやと、笑っている。
「べ、別に・・・」
私は猫から目線をそらした。顔が少しだけ熱くなったけど、なるべく気にしないようにする。こんなの、誰かに見られることすら恥ずかしいのに、よりによってこの猫に見られたのだ。
「君はお茶目な一面もあったんだね、知らなかったよ」
猫が近づいてくる。私はなるべく目を合わせないようにした。
「だから、違うって言ってるでしょ」
顔を赤くして私が言葉を発したのが、自分でも分かった。そして私はため息をつき、気を取り戻したかのように猫に聞く。
「それにしても、あなたはいつも突然現れるのね。魔法でも使えるんじゃないの?」
「魔法か……。本当に魔女の下部にでもなれば使えたかもね。でも、僕はそんな存在じゃないさ」
それはさっきの街で教えてもらって分かり切ったことだ。この猫はもともとは捨て猫で、私達の家族だ。
「どうする?コーヒーの代わりに水でも飲むかい?」
「いや、いい。それより、私はあの後どうなったの?あの男たちに凌辱でもされたの?」
あの後とは、私が一人ぼっちになって男たち数人に連れていかれた後のことだ。男たちが言った言葉。悪いようにはしないとは、いったいどういう意味なのだろうか。
「安心していいよ。君はそんなことには決してならなかったから。でもある意味それよりひどい結末を迎えたのかもしれない」
「どういうこと?」
私が猫に問いかけると、猫は私の目の前の机の上にひょいっと乗る。そして、私の顔を見て何かをごまかしたような表情で言う。
「君はそんなに自分の過去を早く知りたいのかい?もう少しゆっくりすればいいのに。僕と無駄なお話をするとかさ」
「私、猫と話をするのが嫌いなの」
皮肉を言ってみると、猫ははいはいと気の抜けた返事を返した。
「分かったよ。そんなに君の過去が知りたいのなら、これから僕の言う通りにすればいい。まずは、僕が良いと言うまでは目を決して開けないで。分かった?」
私は猫に対してうなずくと、目を閉じた。
「ねぇ、まだ?」
「もう少し・・・。はい、いいよ」
猫に言われるまま私は目をそっと開くと、周りに広がったのは、あの部屋ではなく、いつの間に来てしまったのか分からない山の砂利道の上だった。道にはつい最近、トラックが数台通った後が、地面にびっしりとついている。
空は青々としていた。それが少しだけ私は奇妙にも思えた。なぜこんなとこに連れてこられたのか分からない。
「ここはどこ?」
私は目の前に立つ猫に聞くと尻尾を振りながら答える。
「そのうち分かるさ……さぁ、行くよ……」
ただそう言って猫は砂利道を歩きだしたので、私はそれに何も言わずについて行くことにした。