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数日後
再び冬音は
"夏目恵介研究所"のプレートが貼られた部屋を訪れていた
ソファーに向かい合って座っている
「何か良い方法はあるんですか?」
「そうだな…まずは情報収集だ
お前の親友はどういう人間なんだ?」
夏目は質問こそするものの
相変わらず分厚い本に目を落としている
初めは人の話を聞いていないと思った冬音だったが
夏目は他の事と同時進行でも
話を聞けるとわかってきたため
続けて話す
「名前は小林由香
教育学部で教員になるために頑張ってる子です
結構しっかりしてて、あと、モテました
中学になって彼氏ができて
それから途切れたことがなかったですよ」
「途切れたことがなかったってことは
1人と続いたって訳じゃないんだな?」
「はい
1年続いた人はいなかったです
ほとんどが由香がフラれてます
重いっていう理由で
でも別れても1カ月しないうち
新しい彼氏ができてました
だから今、暫くいないのが珍しいんです」
「おそらくだが、小林由香はモテている訳ではない
彼氏が途切れないのは彼氏という
存在がいなければ安心できないから
つまり誰でも良い
追われるよりも好きな人を追いかけたい
一見恋愛の仕方が違うように見えるが
そうじゃない…
彼女は恋愛依存症の可能性がある」
「恋愛依存症って…あの?
まさか」
冬音も心理学部の学生だ
恋愛依存症がどういうものなのかは
聞いたことがある
しかし由香が当てはまるとは思ったことがなかった
チラッと冬音を見て
何を考えているのか感じ取った夏目は本をめくりながら言う
「客観的に見ろよ?
まさか親友が…
とか、そういう考えが混ざったら
真実は見えてこない」
「そ、それくらいわかってますよ」
頭の中を覗かれたような気がした冬音は若干強がった
「今までの小林由香を思い返してみろ
他に当てはまることはないか?」
夏目は同じ心理学を学者として
試すように言った
「えっと…
私が、あの人由香とは合わないんじゃない?
他の人の方が良いんじゃない?って言ったことがあったんですが
そんなことはない
ってバッサリいかれました
全否定でしたね」
その時は
それほどあの男のことが好きなんだと
思ってしまった冬音だが
夏目と話していくうちに
そうではなかったのだと気づき始めた
「あれ…ってことは
由香があの男と付き合ったとしても
長続きはしないのかな?」
「甘いな
都合の良い女になって長続きするかもしんないだろ
小林由香は別れを告げることを簡単にはしないだろうしな」
「あ…」
自分の単純すぎる考えに項垂れる冬音
「じゃあどうしたらいいんですか?」
座っているソファーをバシバシ叩きながら騒ぐ冬音
「うるせーよ…」
呆れる夏目は
早めに冬音を追い出そうと思った
「まずは小林由香に会って
その男についての事実を伝えろ
お前が口説かれたってことを言いたくないなら
それは伏せて
簡単に女を口説く男だとでも伝えろ」
「それで何とかなるんですか?」
疑ったような冬音の表情と口ぶりに
苛立つ夏目
「あぁ?
なるわけねぇだろ
お前の頭みたいに単純じゃねーんだよ
取り敢えず様子見だ
わかったならいつまでもここに居座るな」
「もー…
わかりましたよ」
夏目に聞こえるか聞こえないかの声で
そんな苛立たなくても
とか
これだから天才は…
とブーブー文句を良いながら出ていった
「冬音!
聞こえてるぞ!」
冬音の背中に向かってそう言うと
ビクッとして
慌てて逃げるように走り出した
そういえば
初めて名前を呼ばれたな
なんて思いながら
週末
冬音は親友の小林由香と会っていた
存分にショッピングを楽しみ
夕食にファミレスに入った
冬音にとっては
ここからが本題だ
「最近恋愛の方はどうなの?」
「あぁ、貴くん?
アタックしてるんだけど
なかなか振り向いてくれないんだよね」
由香は嬉しそうに貴くんの名前を出した
だが、冬音にとっては
由香が嬉しそうな程心が苦しくなるのだ
「その人のさ、あんまりこういうこと言いたくないけど
いい人ではないんじゃない?」
「ん?なんで?
すっごくいい人だよ
男女分け隔てなく仲良くしてて
大学に入学して初めて話しかけてくれたのも彼だったんだ」
その時を思い出したのか
顔をほころばせる
「そうやって誰とでもすぐ仲良くなれちゃうんならさ…」
言いにくい
言いたくない
でも言わなきゃいけないんだ
「簡単に女の子を口説いたりとかするんじゃないの?
そういう噂聞いたりしない?」
勇気を振り絞ってやっとの思いで口に出した
手を握りしめて由香の反応を待つ
以前のように全否定されたら
冬音にはどうしたら良いかわからない
その後の手などないのだから
「うん、あるよ」
「…ぅえ?」
由香の答えを聞いて
質問した張本人は何を言われているのかわからなかった
「貴くんが
色んな女の子口説いて
ホテルに連れ込んだりしてるってことを噂聞いたことあるし
多分本当のことだと思う」
「え…?
だったら、そんな人やめなよ!」
噂であれ
由香がこの事実を知っているとなれば
簡単に貴くんのことは好きではなくなるだろうと冬音は思った
しかし冬音はやはり単純だった
「あのね、冬音
確かに普通に考えたら最低な男だと思う
でも…
私なら彼を変えられると思うの
彼に本当の愛を教えてあげられるのは
きっと私だけなの」
「由香…」
夏目に相談する前までの冬音なら確実に心打たれていた
本気の恋なんだと
応援しようと思い直しただろう
しかし今は
目の前の親友が
恋愛依存症の女性にしか見えないのだ
「で、そこから何も言えずに終わったわけか」
ソファーでくつろぐ夏目は
軽く冬音をバカにしている
「はい
やっぱり見守るしかないんでしょうか」
「なんでだよ」
「だって…
由香は貴くんがどういう男か知った上で
好きだっていってるんですよ」
冬音の言っていることは間違っていない
事実を知らせるという作戦がダメになったのだどころか
それ以上のダメージを負う結果となったのだから
しかし
夏目はそう思っていない
数手先を読むのが当たり前なのだ
「小林由香が恋愛依存症という可能性が浮かんだ時点で
そういう返答が来ることは
想定できるだろ」
「え!?
夏目先輩にとっては想定内ってことですか?」
「当たり前だ」
冬音は目を大きく開いて驚いている
「小林由香は貴くんって男がどういう人間かわかっている
と言いながらも
必ず美化して判断している所があるはずだろうから
他にも良い男はいくらでもいるってことを意識させる」
「なるほど…
新しい恋に目を向けるってことですね」
「理想のカップルなんかが目に入れば
嫌でも自分の状況と比べてしまうだろ」
「確かに
あ!今度、由香がこの大学に遊びに来るんですよ
その時に良いカップルが現れれば…
完璧ですね!」
目を輝かせながら言う冬音を見て
表情がコロコロと変わるやつだと
夏目は感心さえ抱いていた
「そんなカップル
この大学にいるのか?
まぁ、それはともかく
小林由香が来るなら
一度見ておくか…」
「きっといますよ!
2組知ってますもん!飛びっきりのカップルを!
さっそく交渉してきますね」
静かになった研究室で
夏目はレポートの作成な取りかかるのだった
「菜胡ちゃん、桜ちゃん!
前に相談した恋愛に悩む親友が
この大学に遊びに来るんだけど
その時に、
2人がカップルでいる姿を見せてほしいの」
冬音は同級生の経済学部の友達の元へ駆け込んだ
「え!?
何急に、どういうこと?」
すべて話してしまいたいと思ったが
そうすると由香が恋愛依存症であることまで言わなければならなくなる
それはどうなのかと思い
なんとなくそれっぽいことを言い訳にすることにした
「ずっと恋愛で悩んでるから
2人のラブラブな姿を見たら
何か変わるかなと思って…」
「ふーん、由香ちゃん、だったっけ?
まだ悩んでるんだ…
私たちで良いなら協力するよ
ね、桜」
「もちろんよ
冬音の頼みだもん」
ボーイッシュな菜胡と
お姉さんな感じの桜
以前冬音から由香の相談を受けていた2人は
どちらも快諾してくれた
「ありがとー!」
嬉しさのあまり
冬音は勢いよく2人に抱きついた、が
「苦しい!」
菜胡に一喝され
突き飛ばされるのだった
作戦決行当日
「2人とも
今日はよろしく頼みます
では
幸せカップルのラブラブっぷりを見せつけちゃおう大作戦スタート!!」
作戦の最終確認のために
冬音のアパートに集合していた3人は
遊んでいるとしか思えないテンションで
作戦を開始した
「じゃあ、私は由香を駅まで迎えに行ってきます」
「了解
私たちも学校に行っとくね」
「了解」
お互いに行動を確認し合うと
解散してそれぞれの持ち場へ向かった
「由香ー!」
「あ、冬音ー」
冬音が駅に到着すると
すでに由香は待ち合わせ場所に立っていた
「さ、行こ行こ!」
「うん
他の大学に入るの初めてだから楽しみだなー」
おかしな名前の作戦が行われていることなど
知る由もない由香は
純粋に楽しみにしているようだ
「ここが私の通ってる大学だよ」
「わぁ!
全然違う!」
自分の通う大学との違いに驚きながら
キョロキョロとあちこちを見ている
「すごい広いね」
門をくぐってすぐに
広場が設けてあるため
天気の良い今日なんかは多くの学生が
体を動かしたり
座ってお喋りをしたりして楽しんでいる
計画によると
ここで1組目のカップルが登場する予定なのだ
「おぉ冬音!何やってんだ?」
計画通り声を掛けてきたのは
彼氏と仲良く
いや、割りとガチのキャッチボールをしている菜胡だ
「お、おー、菜胡じゃないか!」
なんともぎこちない冬音に
菜胡はやっぱりな
と思いながら助け船を出す
「心理学部の子?」
そうでないことは分かっていながら
由香を見てそう尋ねる
「あー、紹介するね
別の大学に通ってる由香」
「初めまして」
「おぅ!よろしくな」
緊張する由香に
にこやかに挨拶をする菜胡
「で、学部は別なんだけど
大学で仲良くなった菜胡ちゃん
と、菜胡ちゃんの彼氏さん」
「どうも」
ペコッとお辞儀をする
焼けた肌を覗かせる菜胡の彼氏
なんとも活発そうなカップルという印象を受ける
「じゃ、またな」
菜胡はそう言うと元の場所へ戻り
再びキャッチボールを始めた
「もっと本気だせよー!」
球速に不満なのか
菜胡が叫んでいる
「ちゃんと取れよ!」
その声を聞いた彼氏は
大きく振りかぶって投げる
パシン
菜胡のグローブに届いたボールは
快音を響かせる
「おぉ!
かなり良いボール!!」
菜胡のテンションも上がる
「あの2人いっつもあんな感じで
よく遊んでるんだー
趣味が合うのって良いよね」
由香と貴くんは
趣味が合いそうにないよね
という意味を込めて
でも笑顔で冬音はそう言った
「へぇー
お互いに活発なのも良いけど
運動できない彼女に彼氏が教えるってのも私は好きだなぁ
趣味はいくらでも合わせられるでしょ?」
「う…
そうなのかな…」
由香の最もらしい言葉に
簡単にはいかないと挫けそうになるが
まだまだ時間はあるんだ、と
気をとりなおす
校舎に入った2人は
心理学部の教室を見て回る
「実験室とかあるんだねー
冬音も実験してるの?」
「時々ね
すっごく難しくてついていけないよ」
「頑張りなよー!」
隣の大人数が入る講義室をこっそり覗いてみる
「わぁ、心理学って感じの講義だね」
ホワイトボードに書いてある
専門用語を見て
由香は小声でそんなことを言う
冬音も室内を見ていると
見覚えのある姿が目に入る
「夏目先輩だ」
いつも研究室でしか会わないため
講義を受けている夏目がなんだか新鮮に感じられた
「夏目先輩?誰?」
「あの人
心理学部の天才なんだ」
一番後ろの席に座っている夏目を指差す
「かっこいい感じじゃない?
それで天才って凄いね」
「まぁ、確かに」
ただ個人に興味がないとか言っちゃう人なのだと
言いたくなったが
グッと堪えた
時間は15時を過ぎていて
何か食べようと食堂に入る
「シュークリームが美味しいよ
私のおすすめは売店のプリンだけど」
「冬音は相変わらずだねー
プリンは私の大学でも買えるから
シュークリームにするよ」
結局2人もシュークリームを食べることにした
「うん!おいしい!」
「でしょ?」
自分が作ったかのように
自慢気にしている
「冬音は
いつ見ても何か食べてるんだから」
シュークリームにかぶりついたまま
声のした方を見ると
彼氏と一緒に冬音達のいる席の隣に座ろうとしている桜がいた
シュークリームに気をとられ
ここで桜が来ることを
すっかり忘れていた冬音は
慌てて心の準備をする
そして菜胡の時と同じように
互いの紹介をする
「そのシュークリーム美味しいでしょ?
でもね、私的にはショートケーキもおすすめなんだぁ」
そう言うと
桜は自分のショートケーキを一口すくうと
彼氏の口元へ運ぶ
「はい、あーん」
彼氏も戸惑うことなく受け入れる
「やっぱ旨いよなぁ」
「だよねぇ」
冬音は
大袈裟にイチャついて欲しいなんて
一言も頼んでいない
桜と桜の彼氏の間では
これくらい普通のことなのだ
食べ終わると
次の講義があるからと
手を繋いで歩いて行った
「すごいねあの2人
いつもあんな感じなの?」
「うん
どっちも相手のことが大好きなんだろうね
彼氏さんはすっごく優しいんだぁ」
"優しい"の所を強めて言ってみる冬音
「桜ちゃんにはああいう優しい彼氏が合ってそうだもんね」
「誰だって優しい人が良いんじゃない?」
どういう人がタイプ?
という質問がよく飛び交うが
大抵の人が優しさという条件を入れてくる
「優しすぎると退屈よ?
私は優しさにすぐ甘えちゃうと思うから…
きっと貴くんが丁度良いと思うんだぁ」
「そっ…か」
冬音の心は打ち砕かれた
これだけやっても
結局由香は貴くん以外見えていないのだ
近くに座った女子学生数人が
何やらウキウキした声で喋っているのが
どんよりとした冬音の耳に届く
「いいなぁ
夏目君と同じグループなんて羨ましすぎるよー」
「いいでしょ?
一緒にアンケート作って
統計とって…
考えただけでニヤケが止まらないよー」
「あの天才だよ?
ついていけるの?」
「何がなんでも
ついていってみせる!」
夏目と同じ3年生だろう
キャーとはしゃいでいて
興奮が治まらないといった様子だ
その声は由香にも聞こえていた
「夏目って
さっき見た人だよね?」
「うん」
「もう1回見てみたいなぁ」
そう言っている由香を見て
思い出した
夏目が由香を見ておこうて言っていたのを
「もしかしたら会えるかも」