プロレスラーと皇太子さま
「おぉっとーフレキシブル号刀! ポールの上からジンギスカン山内に飛びかかったーッ! ジンギスカン山内! 転がって避けるとすぐにフレキシブル号刀を羽交い締めにしたーッ! まるでメスゴリラの縄張り争いです! 同じ人間とは思えません!! このまま決まってしまうのかー!?――――
目が覚めるとそこは粗野なフレキシブル号刀とは正反対な、洗練された調度品でまとめられた一室であった。フレキシブル号刀が見慣れない部屋をキョロキョロと見回していると、コンコンコンとノックの音が飛び込んできた。ノックという人間らしい文化と長いこと触れ合っていなかったフレキシブル号刀は、当然のごとくノックを無視する。しばらくするとひっそりとドアが開いた。
「皇太子さま起きてらっしゃったのですね。皇太子さまが気を失ったと聞いてじいやは気が気ではありませんでしたぞ」
「あ? ジジイお前誰に話しかけてんだ? ここには俺以外いねえよ。お前の目は節穴か?」
じいやと名乗った老人はフレキシブル号刀――皇太子に話しかけたが帰ってきたその言葉に衝撃を受けていた
「こ、皇太子さまそ、そのような言葉遣いをどちらでお覚えになられたのですか!?」
「だから皇太子って誰なんだよ、どこで覚えたも何もこの言葉遣いしか知らねえよ」
「も、もしや皇太子さまは気を失ったショックで記憶が……いや、でも……まさかそんな」
じいやは皇太子の記憶が混濁しているのかと、当たらずとも遠からずな想像をし慌てふためく。その一方フレキシブル号刀はというと我関せずとでも言うように振舞っているうちに、あることに気づいていた。そう体が今までと違っていることだ。テクテクと鏡の前まで歩いて行くと自分の姿をじっくりと見てにったりと笑った。
今までのメスゴリラ、原始人、野生児などと罵られてきたコンプレックスの塊のような身体
が、誰が見ても可愛いと言うであろう美少女になっていたのだ。盆と正月どころか誕生日にクリスマス、おまけにバレンタインまでいっぺんに来たような気分だった。
「こ、皇太子さま取り急ぎ皇帝陛下に相談しますゆえもうしばらくだけお待ちください」
そう言って扉を閉めると転びかけては床に手を付きかけて行った。そこでようやく邪魔者がいなくなったとでも言うように、フレキシブル号刀は天蓋付きベッドの支柱に近づいていった。
「懐かしいな、小学校のときはよくこうしたもんだ」
そう言って支柱を手に取り股を上下にこすりつけ始めた。そうそのいかにも高級感あふれるその天蓋付きベッドの支柱を、性の目覚めランキング上位ののぼり棒様――一般的には圧倒的大正義鉄棒様なのだろうが、メスゴリラと言われてきたフレキシブル号刀には木に見立てる事のできるのぼり棒様のほうがピンと来る――に見立てていたのである。天蓋付きベッドの支柱に股を擦り付けているその光景は他者の口出ししようのないなんとも奇妙な空気を醸し出していた。
ところがその空間にはたった一つだけ間違いがあった。
「っふ、んぁ……思ったよりも気持ちよくねえな、というかこれってまさか――」
そう、美少女然としたその身体の下腹部には男の象徴にして弱点であるそれがついていた。
「ま、まさかこのなりで男だったなんて……大好物です」
大きなジュルリという音と共につばをなめとると再び鏡の前に駆け寄った。
「ま、まさかこの身体がリアル男の娘だったなんて……こんな美少女な身体が男の娘だったなんて! 最高じゃないか!!! ナニを気持ちよくするのっていいんだっけな……あぁ分かんねぇ。こんなことならもっとそういうことも勉強しとけばよかった。ちきしょう」
そういうとフレキシブル号刀は再びベッドの支柱の前に戻り、思案顔で股を擦り始めた。
「男ってどんなふうにすれば気持ちよくなるんだ? 分かんねぇ……でもこれも気持ちよくないわけでもねえな……」
そんなひとりごとを行っていると再びドアが開いた。
「流石です兄様。もう目が覚めるなんて……あ、兄様何をなさっているのですか?」
黒髪の姫カットをし、皇族に相応しい所作をしたどこから見ても完璧な美少女がドアの前に佇んでいた。
「あ? 俺のことか? 兄様か……言い響だな」
「兄様以外に誰がいると言うのですか。皇位継承権第一位ブレイデン兄様以外に私の兄様がいるはずないではないですか! ところで本当に何をなさっているのですか?」
フレキシブル号刀は突然自分のことを皇位継承権第一位と言われたり、こんな美少女に兄様と言われたことに面食らいながらも会話を続ける。
「何をしてるって股をベッドの支柱にこすりつけてるだけだ。気持ちいからお前もやってみろよ」
「そ、そんな恥ずかしいこと出来る訳ないじゃないですか! あ、兄様。今日は一体どうなさったのですか……まさか気絶したせいでまだ混乱しているのでしょうか」
美少女はその行動を恥ずかしがりつつも実の兄が気持ちいいというその行動に興味を惹かれていた。そんなことを考えながらも兄のことを心配する彼女は、よっぽど兄のことを好いているのだろう。
「いいからお前もやってみろよ」
そう言ってフレキシブル号刀は彼女の手を引いてベッドの前まで連れて行った。
「え、え? わ、私もやるのですか!? 恥ずかしいですが兄様がここまで進めてくれているのです無碍に出来るはずもありません!」
少し迷いながらも敬愛する兄がここまで進めているのだそれを断ることなどできるはずもなく、恥ずかしながらもベッドの支柱に手と股をくっつけて上下に動き始めた。
「ん、っふぁ……ほ、本当に兄様の言うとおりと、とても気持ちいいです!」
「だろ? ……やっぱり女の子のほうが気持ちいのか」
フレキシブル号刀は彼女の艶声を聞いて興奮を覚えるとともに、男女の違いを再確認していた。しかし心は女――原始人と揶揄されるような粗野な性格ではあるが――とはいえ、身体は男。本人は気づいていないが知らず知らずのうちに美少女のようなその顔に下心を浮かばせながら、身体は彼女の方へとにじり寄っていた。
「っふぁ、んっ……あ、兄様どうしてそんな顔して私の方ににじり寄ってくるんですか。んっ!」
彼女は必死に抵抗するが、身体を動かすのを止められずにいた。フレキシブル号刀はなんとか意識を保ちながらも、彼女の方へにじり寄っていくのを止めることに意識を割く余裕なんてなかった。
「お、おい。もう我慢できねぇ! すまん!」
「や、やめてください。んふぅ! あ、兄様。お願いだからいつもの兄様に戻ってください!」
彼女を押し倒すと同時に、フレキシブル号刀の意識は薄れ始め彼女の懇願はぼんやりとした意識の中に木霊していた――――
「おぉーっと、フレキシブル号刀! このまま意識を戻すことなく負けてしまうのかァー!?」
プロレス会場にはレフェリーのカウントがジンギスカン山内の勝利へと向かい数えられていった。あと3秒で勝負が決まるというその瞬間。突然フレキシブル号刀は目を覚まし、ジンギスカン山内の顎へと頭突きをきめゆっくりだが立ち上がり、カウントを止めた。
「おぉーと、フレキシブル号刀! 今にも勝負の決まってしまうという危機的状況を寸前で意識を取り戻しそれどころか、ジンギスカン山内に強烈な反撃を決めたァー!」
フレキシブル号刀は人間の一番の弱点とも言える顎へと頭突きをくらい、フラフラとしているジンギスカン山内に一番の得意技クロック・ヘッド・シザースをきめ見事勝利を収めた。
「フレキシブル号刀選手! ぎりぎりのタイミングで目を覚まし劇的な勝利を収めましたが、今どんなお気持ちでしょうか」
プロレス史上に残るような劇的な逆転勝利劇は実況者と観客たちを大いに沸かせた。そんな勝利を上げたフレキシブル号刀はどんな答えをするのかに期待し、心を踊らせていた。
「どうしてあそこで目が覚めちまったんだよォー! もう少し……もう少しだったのにィ!」