二人合わせてとらんすせくしゃる
「TSってさ、やっぱり百合あってこそだよな」
トモヤは目を欲望に染めてギラギラと輝かせながらつぶやく。
「お前、本気で言ってんのか? TSの醍醐味と言えば男に恋して揺れ動く漢女心だろ。そんな事もわかんなくなっちまったなんてな」
カズヤは思わずため息を吐く。二人の間には同じ嗜好を持つものとは思えない剣呑とした空気が張り詰めていた。
トモヤは大きく深呼吸し、言葉を綴り始めた。
「いや、どう考えてもそれはおかしい。男に恋するなんてただのホモじゃねえか。気色悪いったらありゃしねえ」
身震いしながらトモヤを熱っぽく睨みつける彼の目には今にも自分の尻が狙われるのではないか。そんな戸惑いが浮かんでいた。
「体は女だ。女が男に恋して何が悪い! 第一百合なんて生産性がないだろ。体の性別にあった恋愛をするべきだね」
自分がホモと間違われるなんてか侵害だ。そう言いたげに、カズヤのことを睨み返した。
お互いの主張は拮抗しあい、二人は憤りを顕にする。
些細な違いに見える二人の主張だが、そこには天よりも高く地獄をすら分かつ強大な壁が存在していた。そこには、まるで、きのこの里のたけのこの山のように。緑のきつねと、赤いたぬきのようにお互いの決して譲れない、譲ってはいけない主張同士の対立であった。
「なら実際に試してみるか?」
そう言いながらトモヤは挑発的な目でカズヤを睨みつけた。
「別にいいけど、どうやって試すってんだよ」
カズヤの疑問も最もである。この21世紀、いくら科学が発展していようとそんな便利な物は存在しない。
「おいおい、俺のファミリーネームも忘れちまったのか? トモヤ・マジュツシ。魔術師トモヤだよ」
代々途切れることなく受け継がれてきた彼の血には古代の大魔術師、マーリンのそれが流れていた。マーリンのひげ!
「なるほどその手があったか」
突然会話が魔女狩り時代のヨーロッパに飛んだことについていけず、カズヤは思わず適当に返事をする。
「ちょっと待ってろいま魔法陣を書き上げる」
そう言いながらトモヤは大きめの紙に、円を描きその内側に更に円。そして六芒星を書いた。空いたスペースに規則がのか、はたまた不規則に書いているのかは分からないが、ルーン文字らしきものを刻んでいく。
なんとも言えない魔法陣のようなものが完成すると、トモヤは言った。
「おい、カズヤこの魔法陣の中は入れ」
カズヤは相変わらず話についていくことができず、言われるがままにトモヤの立つ魔法陣の中に入った。
彼はカズヤを自分の身体に密着させると、息を荒げながら何語かも分からぬ不思議な言葉を唱え始めた。少し長いが五分ほとんど唱えたところで魔法陣が輝き始めた。
そして次の瞬間にはあたりを白い光が覆い尽くした。
「うわっ眩しい、まともに前も見えねえ」
カズヤがつぶやいた声は第二次性徴を迎えた男性とは思えない、ソプラノで発せられていた。
カズヤは異変を感じ、少しでも早くぼやける視界を治そうと目を擦る。その手は今までの彼の手とは思えないほど柔らかく、スベスベとしていた。
ようやくまともになった視界で自分の手を見ると大きくてゴツゴツした骨バッタ手は小さく、柔らかな赤ん坊のような肌になっていた。
自分の様子を確認しようと鏡を探すが身だしなどたいして気にしたことのない男が持っているはずもなく、スマートフォンのインカメラを鏡代わりにする。
そこには今までの見慣れたカズヤの顔は無く、美少女と呼ばれるたぐいの顔があった。今までの焦りは消え、長年の願いが、内なる欲望が叶ったことに対する歓喜が溢れ出した。
「お、おいトモヤ俺女の子になってる! それも美少女だ!」
そう言って喜びながら隣を見るとカズヤのことをとろけた顔で熱っぽく見つめる美少女がいた。
「ま、まさかお前トモヤか?」
「ほかに誰がいるんだよ。自分も美少女になったんだから俺がなってても不思議じゃないだろ?」
トモヤはカズヤのことを見つめながらニコニコと笑っている。
「じゃあ試してみるって言ってたけど俺は男の相手、お前は女の相手を探しに行くのか?」
カズヤはその美少女然としたその顔に困惑の表情を浮かべる。TSしたら男に恋するべきとは言っていたが、美少女になって突然男と恋をするというのはどこかキツイものがあるのだろう。そんな表情をする彼にトモヤは安心させるように笑顔――決して穏やかとは言い難いが――を浮かべ彼に告げた。
「男に告白したりすんのが嫌なんだろ? 大丈夫だ、俺は男にお前は女に。その方がお互いの意見がよく分かるし、自分の意見の素晴らしさがより分かるだろ?」
そう言ってトモヤは相変わらずニヤニヤとした不敵な笑みを浮かべながらカズヤを見つめる。
「それなら、まあいいか……」
そう言ってカズヤは頷く。それを見るとトモヤは今までのニヤニヤした顔から下品とまで言えるほど、恍惚とした表情を浮べた。
「納得してくれたようで、何よりだ。事前に俺の方でお互いの相手を見繕っておいたんだけどそれでいいか?」
「ああ、それでいいよ」
美少女になった興奮が未だに冷めないカズヤは、自分の相手を決められたことに気づいておらず、簡単に二つ返事で答えてしまった。
「よしじゃあ俺の相手はお前。お前の相手は俺な」
トモヤはそう言うとカズヤの身体の自由を奪うように抱きついた。
「お、おい何言ってんだよ俺もお前も男だろ! なんでお前の相手が俺なんだよ!」
「そうだ。俺もお前も男だ。そしてお前の主張はTSして男と恋をすることだろ? 何も間違ってない。」
そう言ってトモヤは抜け出そうとするカズヤを、さらに力を込めて拘束する。
「な、なんで俺なんだよ! 外出れば男も女もいっぱいいるだろ!」
「だから嫌なんだよ! お前を誰にも取られたくないんだよ!」
「ど、どういう事だよ」
突然幼なじみからの告白まがいのセリフ。戸惑わないものがいるだろうか? もちろんカズヤも戸惑い抵抗していた力が一気に抜ける。
「昔から俺は百合が大好きだったんだ。毎日毎日、来る日も来る日も百合小説を読んでいた。次第に俺の恋愛も百合じゃなきゃいけないと思った。いや、もともとそう思ってたのを必死に隠していた。それを隠しきれなくなったんだ。」
トモヤは相変わらずカズヤのことを抱きしめながら耳元で、ポツリポツリと今にも消えてしまいそうな、途切れてしまいそうな声で話し始めた。
「そのことに気づいた時から俺はTSに心を奪われた。男の俺がTSして女の子と愛し合う。そんなif話の妄想にのめり込んでいった。だけど俺はまた自分の嗜好と、恋愛観と違う事実に気づいてしまった。」
最初はなんとか聞き取れるようなか細い声が話していくうちにヒートアップし、だんだん大きくなって今では興奮した子供のように熱く大きな声で語っていた。
そしてトモヤは、何かを決心するかのように大きく深呼吸して言った。
「お前のことが好きだったんだよ! 大好きだったんだよ! お前を誰にも取られたくない、お前と愛し合いたい。でも俺の恋愛観がそれを許さない。なら俺もお前も女になれば何も問題ないそう思った。お前のことが大好きなんだ!」
トモヤの告げたさっきとは違い直接的な告白はやはりカズヤに大きな同様を与えた。
「そんなこと突然言われても、俺にどうしろってんだよ……」
「絶対に、絶対にお前のことを幸せにするから。例えお前が俺のことを愛せなかったとしても、愛し続けるから! もし何だったらお前が俺の事を好きになるように魔法をかけたっていい。だから……だから俺と付き合ってくれ!」
その言葉の勢いに気圧されカズヤは思わず頷いた。