のじゃっ子牧場
「のじゃ! のじゃ!」
鳥の爽やかなさえずりの中に、のじゃっ子たちの可愛らしい鳴き声が聞こえる。
ここは北海道のとある牧場。
TSウイルスn型の感染者が日々世界中から送られてくる。
ちなみにTSウイルスとは、レトロウイルスによる遺伝子の書き換えにより起こる突発性性変異疾患と呼ばれる病気あり、感染者は基本的に専用の牧場に送られ、決められた基準に達すると出荷されていく。
その中でもn型(通称のじゃ型)は他にある5種のTSウイルスより発症例が少ない。その物珍しさもあってかどの店でも品薄状態が続いていた。そんなのじゃ型の飼育施設は世界でアメリカ、スイス、そしてこの、のじゃっ子牧場の3ヶ所しかない。
今回はのじゃっ子牧場に送られて来たばかりの元青年にフィーチャーしたいと思う。
この牧場に送られてきたのじゃロリたちはまず初めに、全面鏡張りの部屋に入れられ、今の自分の状態を確認させることから始まる。中には泣き出す子や現実を受け入れられずただボーっとしている子もいれば、発狂してしまう子もいる。
「なんでじゃ。俺が一体何をしたっていうんじゃ......」
今回送られてきた青年もとい少女は力なくそうつぶやき、只々床に拳を叩きつけていた。
そんな状態でも1日が過ぎれば牧場側は事務的に次の工程にうつる。
のじゃロリをよりのじゃロリたらしめるために彼女達の言葉遣いを矯正していくのだ。
最初の週は言葉遣いをより女性的に。
二週目からは、ただの女性的な喋り方をより古風なものに。それと同時進行で女性的な仕草などを文字通り飴と〝鞭〟を駆使して身に付けさせていくのだ。
「1345番足を開いて座るなと何度言えばわかる!」
空気を裂くようなビシッと言う音をとともに少女へと鞭が振るわれる。
牧場に来たばかりの者の中には、鞭を手で掴み反抗する猛者もいる。しかしそういった者は直ぐに拘束され真っ白な何もない部屋に監禁されるのだ。
距離感もいまいち掴めずもちろん時計なんて置いていない。その部屋では1時間が2時間、3時間果てには何年にも感じられるようになり次第に反抗する気力を失うそうだ。
先ほどの1345番と呼ばれた少女も初日に直ぐ反抗し、真っ白な部屋に閉じ込められ、気が狂いそうになったところでようやくそこから出してもらえたため、すっかりその部屋を恐れるようになり嫌々ながらも反抗せずに訓練を受けるようになっていた。
「まったく何故俺がこのような卑劣な罰を受けねばいけな...ならぬのじゃ。俺はただいつもどうりの生活をしておっただけなのにのう......」
その気だるげな口調からは、ささやかながらしかしはっきりと諦めが感じられた。
牧場全体で行われる矯正訓練が終わると、いくらかの自由時間を個々に与えられた個室で過ごし、17:00になると全体で食事となる。
一般的に食事の時間は私語厳禁だと思われがちだが、他人と会話することが口調の定着の訓練になるため、寧ろ牧場側から推奨されていた。
やはり長い間牧場にいる者ほど自然な口調で話せるため会話は弾むのである。また少女たちにはあまり知らされていないが、この食事中の会話から個々の口調の定着度合いを確認し、出荷への判断基準にもなっていた。
「も、もし......」
「そうじゃろう?俺はその時真に驚いたのじゃ」
「それにしてもそやつは真にそそっかしい奴じゃったんじゃろうな......」
逆に牧場に来て間もないのもほど中の良い知り合いもいない上に、流暢に話せるわけでもないので会話には入りづらく、飼育員たちからあまり良い評価はもらえないのである。
結局少女は食事時間中誰とも話すことは無かった。
月に一度牧場では定着度考査試問と呼ばれる試験が行われる。試験と言ってもガリガリと問題を解くのではなく、面接を行い、立ち居振舞いや話し方などからどの程度のことが身についているかを調べる物である。
この面接で重視されるのは主に3つの事柄である。
「1345番座りなさい。」
「では遠慮なく座らせて頂こう。」
まず一つ。古風な喋りゆえに尊大な態度になりすぎないこと。
「この牧場にはもうなれましたか?」
「うむ。この口調や仕草を矯正される以外は特に不自由もなくなかなか住みやすいで......住みやすいのう。」
二つ。しっかりと口調が定着しているか。
「それはよかった。何か改善して欲しい点などは?」
「さっきも言った通り特に不自由もないのでのう。これと言ってはないのじゃ。」
三つ。のじゃ〝ロリ〟であるため子供のように気を使い過ぎないことである。
「それではこれで考査試問を終了します。」
「うむ。わざわざ苦労をかけたのう」
部屋から出ていった少女は、よっぽど自分の受け答えに自信があったのだろう。顔にはまるで、今までジョジョに興味の無かった友人がアニメ化したとたん「ジョジョってマジおもしれーよな」と言っているときのような圧倒的なドヤ顔が浮かべられていた。
もしかしたら明日にでも、ここから出られるんじゃないか、と期待していた少女の元に後日届いた面接の結果はもちろん最低評価だった。
結果を見たときは何でもないよとでも言うように振る舞っていたが、その実なかなかショックを受けていたのか、少女は今まで嫌々行っていた訓練を誰よりも真剣に取り組むようになっていた。
当たり前のことだが講義を受ければそれのメモを取り復習を行い、時間があれば女性飼育員と会話して、女性特有の抑揚や表現を学んだ。
多くの男性飼育員とも会話し、相手のツボの把握の仕方を学んだ。
思いつく方法を次々と試していった。
その成果は早くも翌月の考査試問で発揮され、今までの最短出荷決定日数をはるかに更新し、最終調整が終了次第出荷される事となった。
最終調整とは平たく言えば一人称の矯正である。
しかし矯正と言っても牧場側は何も言わずに毎日数時間づつ初日と同じ鏡張りの部屋に入らせて自発的に気づかせるのだ。
また副次的な効果として、牧場側でも気付かなかったのじゃロリとしての欠点を修整する者も少なからずいた。
「そういえば初日に通された部屋もこの鏡しかない部屋じゃったのう。あれから随分とそれらしくなったものじゃ。もう前の俺の姿も朧げにしか思い出せなくなってしもうた......おれ?」
数時間たった頃。「俺」ということに違和感を感じ始めたのだろう。
少女はまるで歯の間にポップコーンでも挟まったかのような顔をする。
しばらく俺、俺とつぶやくうちに「僕」になりやがて「私」になる。しかしまだ違和感が無くならず次は「私」は「妾」になった。
「妾......妾......さっきよりはいいんじゃが何か違うのじゃ。妾......妾......儂?儂......儂!」
ついに自分に合った一人称を見つけ喜び出す少女。
そして扉が開かれた。
「おめでとう1345号。これでお前もついに出荷だ。明日の朝10時に事務所の方にまできてくれ。」
そう声をかけられた少女は部屋に戻った。数時間に及び自分自身と向き合っていた事で疲労が溜まっていたのだろう。部屋に入るなりベッドに倒れ込むように眠っていた。
事務所の前には飼育員達とのじゃっ子たちが並んでいた。
もちろん1345号と呼ばれていた少女のためだ。中には自分より遅く牧場に来たのに、先に出荷されていくことに腹を立てる者もいたがほとんどの者は彼女の努力を称え祝福していた。
「1345号。本当によく頑張ったな。この牧場ができて15年ほど経つがお前ほどの努力家はいなかった。おめでとう。出荷されてからも色々大変な事はあるだろう。だがお前ならきっと頑張れる。頑張れよ」
「本当に今までお世話になったのじゃ。最初ここに来たときはなんで儂がこんな目に合わねばならぬのじゃ、なんて思ったりもしたがのう、今ではのじゃっ子牧場に来られたことに感謝しておる。本当にありがとうなのじゃ。」
飼育員と少女の挨拶が終わり少女はトラックに乗り込んだ。いよいよ出荷されていくのだ。
「1345号、いい主人に出会えよ!」
飼育員は走り出したトラックに向かって叫んだ。
7月27日 加筆、修正