表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【ご自由にお持ち帰りください】  作者: 本宮愁
<愛憎、鬼畜バトン! 貴方(貴女)のこと世界で一番嫌いです>
3/26

捨て犬少年と私の通学薬

1.


 なんだか最近、ものすごい熱視線を感じる。親しい友人に相談してみても、まるで心あたりはないという。でも、これ、勘違いだとは思えないんだけどなあ。


 鬱々とした気もちを抱えて、通学路を歩く。家の方向が全然ちがうから、ひとりぼっちの帰り道。慣れっこだけど、私は、さみしがりだから、やっぱり誰かと一緒の方がいい。


「なんだかなあ……」


 はあ、とため息をついて、私は足を止めた。直後、バタついてから、止まる足音。どうせならもうちょっと、うまく尾行しようよ。


 もういちど、歩きはじめるフリをして、すぐに振りかえってみる。曲がり角から飛びだして、隠れそこなった少年が、たたらを踏んで急ブレーキ。


 あわてて逃げようとする首根っこを、ひょいと捕まえる。


「は、はな、放せ、て、くださ」

「おちついて話そうか。日本語で」


 手を放すと、観念したように少年は座りこんだ。路上にぺったりと尻をつけて、がっくりとうなだれる。


「なんですかもう。ほっといてくださいよ。いつものペースより十分も遅れてるのに。予定押してますよ、バイトのシフト大丈夫なんですか」

「うん、なんできみがそれを知ってるのかはとりあえず置いておこう」

「僕のことも捨ておいてください。草葉の陰から見守っている小市民です。今朝の寝ぐせは可愛らしかったです」

「それきみ死んでるよ。って、見てたんかい」

「死んでもいいです。むしろ今すぐ死にたい気分です。これなんのご褒美ですか。夢ですか。夢で構わないので幸せなまま逝かせてください」


 だめだこりゃ、話が通じない。ひたいに手をあてて、空をあおぐ。


「きみ、なんで私のこと……」

「好きですよ。あなたも僕のこと愛してますよね?」


 脈絡のない告白に、目を丸めて立ちつくす。


「なんでまた、そう思うの」

「べつに返してもらえなくてもいいです。それがどこにも向いてないのなら、あなたのなかにすべてある。あなたのすべてがそこにあるなら、僕はぜんぶ丸ごと手にするだけだ」


 一息に言いきってから、少年は、私の目をまっすぐに見つめてきた。


「あなたのすべては僕のもの。つまり、僕のこと、愛してますよね?」


 論理がよくわからない。


「えーっと、……うん?」

「愛してますよね?」


 真摯にみつめてくる捨て犬のようなまなざしに、私は、すこし考えこんだ。これは、化ける。一歩踏みまちがえたら、とんでもなく化けると、確信した。つまりバッドエンドフラグってやつ。


「だけど、きみは、言葉はいらないんでしょう?」


 虚をつかれたような顔をして、少年はコクリとうなずいた。あ、ちょっと可愛いかも。


「ちょうど退屈してたところなの。影からコソコソついてくるんじゃなくて、横にならんで自分で確かめたら?」


 バイトの時間まで、あまりない。立ちどまって、いつまでもこの子に構ってはいられないけど、私はひとりが嫌いなんだ。


 まあ、いまのところは無害そうだし……?


「さ、いこっか」


 きびすを返し、歩きだした私のあとから、ついてくる足音。ためらいがちに距離をつめて、となりにならぶ、ストーカー少年。


 無言でジーっと見つめられるのは微妙な気分だけど、影からつけられるよりずっとマシだ。


「あ、あの、僕のこと、愛してますよね?」

「さあ、どうだろうね」

「じゃあ、僕以外、愛してませんよね?」

「私に聞いてちゃ、意味ないでしょう」

「じゃあ、……」


 延々とくりかえされる中身のない問いに、中身のない返事をしながら、ちょうどいい道連れができたとほくそ笑んだ。



2.


 へんな子犬をひろってから、一週間が経っていた。


 どこからともなく現れて、気づいたらいなくなっている。でも、姿を見ない日は一度もない。あの子、学校いってるんだろうか。


 今日も今日とて、帰り道にふらりと現れた子犬少年は、ななめ後ろを黙々と歩く。


「あの、僕、考えたんですけど」

「うん? なに」


 首だけ、ちょっと横向けて、少年を見る。いつも服装は、私服。だぼついたパーカーに、痛んだジーンズ。履き古したスニーカーを引きずるように歩くのがクセ。


 背中に垂れたフードは、だいたい裏返ってる。朝はだいたい寝ぐせで髪が立っていて、夕方にはへたってる。


 それだけが、彼についてわかってること。

 年下だとは、思うんだけど。


「僕のこと愛してるんですよね。ならなんで僕以外を見るんですかおかしいですよね? ほら、僕だけを見ればいいんですよ」

「あいかわらず話が飛ぶねえ」


 脈絡のない質問は、少年の十八番のようだった。そんなところも面白いと感じるあたり、私、そうとう毒されてる。


「じゃあ、きみは、私以外をみてないの?」

「あなた以外のすべては背景です。僕の景色にあなたの姿がないなんてことはありえません。つまり、あなた以外はみてません」


 きっぱりと言いきる少年の眼には、あいかわらず迷いがない。あんまり純粋に見つめてくるものだから、私のほうもイタズラ心が湧いた。


「――そこまで言うんだから、浮気なんてしたら許さないよ?」


 うれしそうに笑ってうなずく少年は、やっぱりなんだか可愛かった。いい拾いものした。



3.


 次の日、子犬はやってきて、開口一番に、こう言った。


「監禁されたいんですか?」

「したいの?」

「したくないけどしたいです」


 反射的に問い返したら、少年もすぐさま言い返してきた。たぶん、なんにも考えずに飛びでた本音。なるほど、監禁したいのか。


「なんで?」

「だって、昨日の……」


 ごにょごにょと呟いて、それから頭の整理がついたのか、少年は叫ぶように声を張った。


「不平等じゃないですか!」


 私は耳を押さえて問い返す。


「なんで?」


 少年のほほが膨らんだ。


「僕はあなただけ見てて、あなたは僕だけじゃなくて、でもあなたは僕ので、だからつまり、ええっと……とにかく! 監禁したら、僕以外なくなるから」

「ふぅん。でも、私のすべてがきみのものなんでしょ?」


 間をあけずに少年がうなずく。


「なら、いいじゃんか。私が見たものもぜんぶきみのもの。私がなにを見ても、なにを感じても、きみの一部」

「うーん……」

「それと。――僕はあなたの、が抜けてるよ?」


 私がきみのものなら、きみが私のものになるのは、とうぜんの話でしょ?


 大口をあけて固まった子犬の頭を軽くなでて、私は上機嫌に口角を上げた。



4.


 子犬と過ごす奇妙な時間は、季節が変わってもつづいていた。


 登下校の道すがら。どこからともなくやってきて、どこへともなく去っていく。さびしがりな私には、肌寒くなりはじめたこの季節、意味もなくならんで歩くひとときがうれしい。


 まともな会話がなりたったためしはないけど、それもそれでいいかなと思うくらい。


 だから、ちょっと、いや、かなり――むかついていた。


「私、言ったのに」


 きょとんと立ちつくした子犬が、わけがわからない様子で首をかしげる。いつもの服装に、最近、マフラーが加わった。


「……僕、なにかしました?」


 なんだ、まともなことも言えるんじゃないか。って、そうじゃない。


「きみ、すぐとなりの中学の生徒だったんだ?」

「不登校ですけど一応」

「ずっと学校きてないの?」

「あなたをみるのに忙しくて」

「いつから?」

「さあ、覚えてないです。一年くらい?」

「うそつき。まだひと月だよ」


 子犬はいよいよ、途方にくれたように眉尻を下げた。


「ええっと、怒ってます?」

「そうだね、怒ってる」

「どうして?」


 今朝、学校の手前で。どこへともなく消えていくはずの彼は、セーラー服に身を包んだ女の子に呼びとめられた。


 私だけを一心にみつめていた素直な瞳が、ほんの一瞬、べつの女の子に向いた。――とたんにわきあがる、黒い感情。どす黒く渦まいて、あっという間にひろがった。


「浮気はダメだって言ったでしょ。なんで、私以外の女と話したの?」


 子犬は、ぱちくりと目をまたたかせる。


「なんのことですか?」

「朝。私と別れたあと」

「うーん、……わかりません」


 真剣に考えこんで、少年は言う。


「あなたがいない世界で僕は生きていないので、それはたぶん僕じゃないし僕であるはずがないです」

「私がいないときだってあるでしょ?」

「そのときはきっと、抜け殻がフラフラしてるんです。なんにも覚えてないから」

「屁理屈」

「そうですか?」

「……きみ、本気で覚えてないんだもんね」


 なんだか、段々、どうでもよくなってきた。大真面目に考えて、これなんだから、ろくな答えは出てこないだろう。


「もういいよ、きみの世界が私でできてるのはよーくわかったから」


 そんな答えで満足してる私も、たいがいおかしい。



5.


 誰でもよかったはずだった。ちょっと人恋しくてさみしいときに、目についた場所にいたから、たまたま拾いあげただけ。


 朝と夕方。一日二回。常用薬のような登下校。麻薬のような常習性はない、……はず、だったんだけどなあ。


「ねぇ、子犬くん」

「子犬……って、僕のことですか」

「私と一緒に逝こうか」


 真冬の季節。とうとうコートを着こむようになった少年が、白い息を吐きだして固まった。


「そうすれば、永久に一緒だよ」


 子犬は、ちょっと考えて、言った。


「とても魅力的なお誘いですけど、またにしませんか?」

「どうして?」

「だって、死んでも一緒にいられるかなんてわかりません。そりゃあ最期の瞬間は最高の刹那かもしれないけれど。いつか手にはいることがわかってるオシマイより、いま手にいれてるシアワセを選ぶのっておかしいですか?」

「……自信家だね」

「なにがですか?」


 だって、あなたは俺を愛してるんでしょう? ――最近、たまに出てくるようになった一人称で、きみが笑う。


 少年の殻をやぶりはじめた捨て犬が、どんどん成長していく。なんだか置いていかれるようで、それはさみしいなぁと、さみしがり屋の私は悩んでいたのだけれど。


「そっか。きみは、私のこと愛してるんだったね」


 ひとりで納得するようにつぶやいて、私は冬の空を見上げた。ちらほらと舞い落ちる雪の粒が、顔に当たって冷たい。


 ……そっか。


 拾いあげた子犬が首輪を外したがる様子はないので、それでいいことにする。人肌恋しい季節。手が冷たい、とつぶやいて、子ども体温の手をとった。


 これでいい、ことにしよう。

関連作品:なし

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ