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【ご自由にお持ち帰りください】  作者: 本宮愁
<目指せ!精神崩壊←激甘バトン>
1/26

看板女優♂の悪戯(★)

op.


「どうしたもんかなあ、これ……」


 目の前に、山と積まれた冊子を見下ろして、俺はぐったりと肩を落とした。


 そのとき、ふと持ちあげた視線の先に、廊下にたたずむ友人の姿をみつける。窓を開けて、肘をかけ、どこか見下ろしているようだ。――はて、あそこから見える風景に、奴の気を引くようなものがあったろうか。


 まあ、なんにしろ、時間があるにちがいない。


「――ジン!」


 俺は迷わず、部室を飛びだして、友人の肩をたたいた。ふりむいたジンの顔は、凶悪な無表情。どうやら機嫌は、絶賛急降下中らしい。


「ちょっとつきあってくれ」


 かまわず言いはなって、ジンの腕を引いた。その手を振り払ったジンの眉が、ぐっと中央に寄る。


「……なに」

「頼むよ、俺じゃどうにもなんねーんだ」

「はあ? なんで、俺」

「ジンにも関係することだから!」


 そのままの勢いで拝みたおして、なんとかジンを部室に連れこんだ。最後まで、ぐちぐち文句言ってたけど。


 まあ、そこは、十年来の旧友というもの。スルースキルは、日々成長中。聞こえないフリをつらぬいて、件の山を押しつけた。


「これなんだけどさー」

「……台本?」


 一冊を取りあげたジンが、パラパラとめくって中身をたしかめる。嫌そうにゆがんでいく顔を、俺は、ハラハラしながら見守った。


「ふぅん……で、俺に、なにをしろって?」

「いいの!? さすがジン! ありがとう」

「話聞いて」


 ジンに睨まれる。そこで、俺は、泣き落としに作戦を切り替えた。


「頼むよー。一応、部外秘だから、他に頼れる奴いねーんだよー」

「内容を言え」


 ジンは、手に持っていた冊子を、山の上に叩きつけた。


「……次回作、です」

「演劇? オリジナルやるの?」

「そう。昔の脚本かき集めて、使えそうなの探してんだけどさあ」


 俺は、活字に弱い。たとえセリフばかりであろうと、ものの数秒で眠りに落ちる。演劇部に所属してはいるけど、もっぱら担当は演出小物だし。


 ああ、と見下した声を発して、ジンは嗤った。無駄に整った美顔が、無駄に演技力を発揮して、『残念なものを見る』というワンシーンを完璧に形づくる。


 くそぅ、惜しいなあ、この才能。ジンが正規部員になってくれりゃあ、定期公演は満席確定なのに。いまでも半分は、部員みたいなもんだけど。


「俺に選べと」

「そういうこと! やっぱ、主演の意見は聞いときたいし」

「は……?」

「文化祭、期待してるから」


 ジンは、ぽかん、と口をあけて固まった。それから、音をたてそうなほどに、歯を食いしばる。


「……そういう、……こと」


 歯列の合間から漏れだす低い声は、同一人物とは思えないほどに凶悪。ファンが泣くよ、ジン。


 完全な幽霊部員で、まったく活動に参加しなくても許されるジンも、文化祭だけは演目に参加する。


 部長との約束やら、他の部との兼ねあいやら、……うん、そんなかんじ。むずかしいことはよくわからん。


 とにかく、ジンは、ちょっと特殊な立場の、うちの部員なのだ。しかも、固定ファンがめっちゃついてる。これを利用しない手はない。


 ジンは、クッとのどを鳴らした。


「いいだろう。この俺に演じさせるんだ、生半可なシナリオは許さねーぞ」

「ジンさん、キャラ変わってる」


 ……俺のツッコミは完全に無視された。



1.


「候補すら決まってないわけ?」

「んー、一応、そこにある13個には……」

「多い」


 部長が置いてったんだからしかたねーじゃん。命が惜しいので、もちろん口には出さない。


「とりあえず、上から見てけばいいんじゃね?」


 適当な一冊を、ジンに押しつけた。


「ちょっと読んでみてよ」


 表紙もみないまま渡したけど、まあ、いいか。露骨に不満そうな顔をしながらも、ジンは、脚本を開いた。裏表紙には、月の絵がある。


『闇に浮かぶ一点の光。黒を引き裂く一筋の閃光。貴女を喩えるにふさわしい美しさですが、……あれは、いささか遠すぎる』

「ちょ、ジン?」

『月明かりに艶めく麗しの君よ。我がもとへ下った暁には、小箱の奥にしまいこんで、丁重にお守りいたしましょう。二度と浮かぶこともないように。貴女の輝きを、他のものが知ることもないように』

「なんで朗読!? 待って、粘着質な美声つくんなって、怖い怖い怖い! それダメなやつ」

『光さえ漏れださぬ箱の底、――永劫、囚えて差し上げよう』

「却下ぁああ!」



2.


 ジンの手から脚本を取りあげて、適当につかんだ他のものにすり替える。月が描かれた危険物は、別の机に放り投げた。


「あんなの一般公開で演れるか……」


 部長、中身、確認してない。絶対してない。13冊って、オリジナルの脚本、全部だ。きっと、そのまま丸投げしてったんだ。


 っていうか、過去に演ったの、アレ!?


 ぜぇぜぇと肩で息をする俺に対して、ジンは涼しい顔。目線は、早くも二冊めの文を追っている。ダイナミックに落書きされた星マークのせいで、タイトルが読めない。


 桜色の唇が、わずかに開いた。――くる。


『星の数ほどの出会いをくりかえして、永き時を生きてきた。まさか、最期に、かように麗しき魁星をみつけるとは思わなんだ』

「え、冒頭から、最期?」

『ふっ……詮無いことを申すでない。ほんの一時、宿命が重なったことに感謝こそすれ、恨む気持ちは湧かぬよ』

「おお……」

『星に願いを。――汝に呪いを』

「なんでだよ!?」


 思わずツッコむと、ジンから冷ややかな視線を送られた。そのまま、ジンは、女性顔負けの妖艶さで、続きを読みあげていく。


『堕ちてこい、深く――。つかの間の別離に、感傷など抱かぬ』

「えー……却下で」



3.


 三冊めを手渡す。早くも、俺の心は折れかけている。まともな脚本は、ないのか。OBの思考が心配になる。


 ジンの演技力が無駄に高い――しかも声質から自在に変えてくる――せいで、……うん、なんだかなあ。才能の無駄遣い、ってこういうことか。


「はあ……」


 ため息をはいて、ジンの様子をうかがう。三冊めは、赤い表紙で文字柄なし。ちょっとグラデーションかかってて、夕陽みたいだな、と思った。


『焼ける空は赤く染まり、夕立は血のごとく降りそそぐ。――嗚呼、なんと芳しい! 芳醇なる血潮を全身に浴び、恍惚とした祖父は、俺の目から見ても異常だった』

「うわぁ……」

『ワカる? 俺のなかにも、その血が流れてる。そして、あんたのなかにも』

「あの、ジンさん?」

『こうなることは必然だったんだ。いくら貪っても足りない。さぁ差し出せ。その身のすべてを、喰ら――』

「ストォォプ!」



4.


 なんてこった。R指定ものとしか思えない脚本が、なぜ高校の演劇部にある。というか、あれ、ほんとに演ったの?


「うちの部……おかしい……」

「何代か前に、偏食家のストーリーテラーがいたらしいね」

「偏食……」


 遠い目をする俺をほうって、ジンは次の冊子をひらいた。……黒い。墨を垂らしたような、黒一色。背表紙に貼られたシールには、『世界』と『滅亡』の文字。すでに、嫌な予感しかしない。


『きみを失うことは、世界の喪失にも等しかった』

「あれ、意外と……?」

『もはや、この世に一片の意味もない。愛すること能わぬというのなら、もろとも砂塵と消し――』

「でっすよねぇえ!」

『崩れ落ちる世の果てで、きみとの再会を願わん』

「もういいです」



5.


 全年齢対象の脚本を探すべく、俺は、三分の一ほどに減った山をさばくる。比較的平和そうなの――これは?


「この辺、次!」


 まとめて四冊。パステルカラーの冊子たちをジンに押しつけた。

 興味のなさそうな目でそれを見て、ジンは、ぺらりとページをめくる。


『ワタシのために死んでください』

「げほっ」


 斜め方向からぶっこまれた問題発言に、俺は思わず咳こむ。


『アナタの血が、肉が、断末魔コエが。この身の奥に浸みこんで。ひとつとなりて、永久に息ずく……アア! なんと甘美な』

「うわぁ」

『――嘘ですよ』

「え?」

『時を狭めはいたしません。アナタは最期の瞬間まで、ワタシのために生きて、ワタシのために死ぬ。それでいい――』

「よくねぇ!」



6.


 あわてて、ジンの手からパステルピンクの脚本を奪う。なんだよもう、表紙詐欺すぎる。……ってなると、まさか、他のも?


「次……これか」


 ジンが取りあげたのは、パステルグリーンの小冊子。


「あ、いや、待っ……ああでも、くぅ」

「なに言ってんのかわからない」

「いや、だってさ」


 言いよどむ俺を、いっそう冷ややかに見上げて、ジンは無視することに決めたらしい。表紙が開かれる。


『べつに、アンタのためじゃない』

「! これは……ツンデ――」

『勝手なこと言ってると殺すよ?』

「結局バイオレンス!?」

『――ああ、もう、うるさいな。いいか、よく聞け』


 悦に入ってきたらしいジンが、にんまりと口の端をあげる。


『私はアンタのものじゃない。アンタが私のものなんだ』

「結構ですぅう!」



7.


 なんてこった。もう、それしか言えない。なぞのストーリーテラー(しかも偏食家!)の手にかかれば、ツンデレ(推定)さえもが病的バイオレンスと化すらしい。


 俺は、もう声を出す気力さえない状態で、ジンが七冊めをひらく様子をみていた。


『…………』

「あれ?」


 ジンは、完全に演技モードに入っている。にもかかわらず、無表情、かつ無言。


「おーい、ジン?」


 どうかしたのだろうか。さすがのジンでさえも、沈黙する内容……気になる。


「これ、なしで」

「はい!?」

「却下却下。さようなら」

「だめぇええ!」


 ジンは、手にしていた冊子を、無造作に放った。床に落ちる直前で、なんとか滑りこんで掬いとる。我ながら見事なスライディング。野球部にスカウトされちゃうかも☆


「ぐがっ」


 ……調子乗りましたすんません。ジンさん、足どけてください。


「くっ……そうですよ、俺は運動音痴ですよ……」

「なにいってんの、お前」


 心底あきれた声を出しながら、ジンは、俺の背中を踏みおろしていた右足をよけた。もちろん、最後にグイっと踏み込むことも忘れない。


 あいかわらず、顔に似合わずバイオレンス。美人にだって、やって許されることと許されないことがあるんだよ!


 しかし悲しいかな、許してしまう俺が言っても説得力はない。だって、だって、……くそぅ美しいって罪だ。


「じゃなくて、これ貴重品! 他に残ってないんだから、丁重にあつかってくれ……ゴメンナサイ、ドーゾ、ゴジユウ二」


 負けた。にらみ下ろしたジンの迫力に、あっさりと白旗を掲げた俺は、手もとの脚本をせつなく抱きしめる。


 その間に、ジンは、パステルシリーズ最後の一冊を広げていた。


『なぜ? 貴方を守るのに理由がいるの?』

「ほう……」

『貴方の都合なんてしらない。私は私の望むままに生きるだけ。残念ね、貴方の拾いあげた小鳥は、爪を隠した鷹の子よ』

「あ、え?」

『離れてはあげない。差しのべた手を、悔やめばいい』

「やめ、無表情、淡々、怖……」

『おやすみ。どうか幸せに――愛する人』

「すんません蹴らないでぇえ!」



8.


 命からがらジンの魔手……じゃなかった魔脚から逃れて、部室の片隅に避難する。


 まったく、バイオレンスきわまりない幼なじみだよ。昔の優しさが恋しい――と思ったけど、そんな時代は存在しなかった。余計に虚しくなる。


 そのとき、ふと、胸に抱えたままの冊子を思いだした。色味は、お菓子のようなパステルブルー。しかし、見かけによらない劇物ぞろいなのは、もうわかっている。


「これ、なんなんだろ」


 ジンが拒否したってことは、相当なんだろうか。……気になる。


 ゴクリと生唾を飲みこんで、ジンの様子をうかがう。とっくに俺への興味をうしなったらしいジンは、残り五冊となった冊子を吟味しているようだった。


 ちょっとだけ、ちょっとだけ……。


 さすがの俺でも、ほんのワンフレーズで寝落ちなんてしない。主演が全力拒否ってことは、こいつが選ばれることはないわけだけど、気になるもんは気になる。


 えいや! と開いた真ん中のページ、そこにならぶセリフをみて、俺は、メガテンになった。


 いやいや女神も転生もしない! 目が、点に、なった。衝撃が強すぎて、とんでもない変換ミスしちまった……ふぅ。


「わぁお」


 やっとのことで、それだけを呟いて、主人公のセリフをながめる。脳内で、俺様何様ジン様が、朗読するさまを想像してみた。


『俺は、貴女の愛の奴隷。一目みた瞬間から囚われ、身動きもできない。どうか、目をそらさないで。ずっと、俺だけをみて――』

「ぶっふぉ!」


 これを、これを、ジンが読むとは……!

 なにそれ破壊力でかい。最高のエンターテインメント。全校の注目を集めるにきまってる。


 俺は、張りきってジンのもとへと飛んでった。


「ジン、ジン! これ最高! これに決め――」

「あ?」

「ゴメンナサイ」



9.


 神速で土下座した俺の首に、重みのあるなにかが押しつけられる。とがった平面のような感触。


 ビクビクしながら首をまわすと、ちょうど、壁際に置かれた鏡が目に入った。ホコリかぶった鏡面には、俺を足蹴にする女王様ジンと、その手に鈍く光る――。


「斧ぉおお!?」


 思わず絶叫した俺の後頭部を、女王様のおみ足がガッと押さえる。床にあごがぶち当たって、振動に脳がゆれた。


「おぉう、バイオレンス……」


 危ねえ舌噛むところだった。容赦をしらないヤツだとはしっていたが、それにしても磨きがかかっちゃいませんかジンさん。


『あなたのその足を切り落とせば、わたしの元から離れていかないの?』


 耳もとに吹きこまれる吐息。無駄に艶やかに、すこし舌ったらずな少女の声をつくって、ジンが言う。生理的にゾクゾクきた。恐怖と官能、二重の意味で。


 ……ジンさんや、俺は、きみの才能が怖いです。


『あぁら、だんまり? 使えない舌は噛みきってしまって、素直な瞳だけ残しましょう。手も足も舌も無くしたら、わたしと生きるしかないものね』

「うぅわぁ」

『ふふ、可愛がってあげるわ。最期まで』

「謹んでご遠慮いたします!」



10.


 ぜぇはぁと荒い息を、なんとか整えて、ジンの下から這い出る。


「もうやだもうやだもうやだ」


 演技力の無駄遣いも、ここまでくればトラウマものだ。まじで少女ボイスに聞こえるあたり罪深い。ビジュアル的に許されてしまうあたりもっと罪深い。


 膝を抱えて震える俺を見下ろして、やれやれ、とジンは呟いた。その肩には、鈍く輝くまさかり――って、あれ?


「それ、俺が作ったやつぅ!?」


 そうじゃん、俺じゃん、作ったの! 男女逆転金太郎したいとか意味不明なこと言いだした部長のために作って、結局お蔵入りしたやつだ。


 まさか、部室に残っていたなんて……。むやみやたらとディテールに凝った過去の自分を殴りたい。


 自己嫌悪にひたる俺にむけて、ジンは、まさかりを無造作にぶん投げた。


「うわ! だから、丁重にあつかってくれって言――ナンデモゴザイマセン」


 言いきれもしないまま前言撤回。前ですらない。今言撤回。情けなさすぎて涙でそう。


 ごめんな、無力な父を許せ……語りかけながら、いたわるように息子まさかりを撫でた。


『ごめんな、ずっと、言えなかったことがあるんだ』


 とうとつに始まるジンさま劇場に、俺はピタリと動きを止めた。こちんまりとした部室を、右往左往。机を縫うように歩くジンの片手には、薄っぺらい紙の本。


「まさか」


 まさかりを床に投げだして、俺は立ちあがり、机のうえを確認する。そこにある脚本は、のこり三冊。……減ってるぅ!?


『俺、実は、お前のこと――』

「えっ」

『ぐっちゃぐちゃに●したいと思ってたんだ』

「放送禁止用語ぉおおお!」


 あわててジンに飛びかかるも、机を盾に華麗に身をかわされ、あえなく撃沈。すね……すねが、痛……。


『忘れられないんだよ。苦痛にゆがんだあの顔。悲痛にゆれたあの声。どうしても、この目に、耳に、こびりついて離れない。なあ……この手で、お前を』

「ほんっとすいませんでした二度と生言いませんジンさま本気で勘弁してください」



11.


 ふん、と鼻をならしてジンは、手にしていた脚本を閉じた。無言で次を要求するその手に、俺は、残る三冊から適当に選んで手渡す。


 表紙? 見てるわけないだろう、献上品のごとく捧げもってたんだから。プライドなんてくそくらえ。もうなにも怖くない。これ以上、なにが飛びだしてきたって、削られるライフは残っちゃいないからな!


 ……なんで俺、よりにもよって、ジンを頼っちゃったかなあ。数分前の自分が恨めしい。


『あの子に触れた手の先から、燃えるような熱がひろがった。指先に巣食う焔火は、身の内を駆けめぐり、心臓を焦がし、脳を焼いた』

「あれ?」


 覚悟していたより、ずっとマシな展開に、きょとんと目を丸くする。――いやいや、騙されるな。ここからだろう、ストーリーテラーと名優のコラボレーションが真髄をみせるのは。


『なにも考えられなくなった。ほんのすこしの接点を、増やすことも減らすこともできずに、ただただ燃え盛る熱を持てあました』

「まとも、だ……」

『無邪気にほほ笑むあの子を前に、不埒な焔がいつまでも揺れつづける。私は苦悩した。このようなことが許されてよいのか。私は迷い、そして決意した』

「うん?」

『齢九つを数えたばかりの愛しき姪御を、この腕から逃れえぬよう、慈しみ育てていこうと――』

「やめろぉおお!」



12.


 嘘だろう、近親相姦のロリコンだと? レベルが高すぎる。どこの光源氏だ。ジンから奪いとった脚本を、手の届かない場所に放って、俺はようやく息を吐いた。


「ジン、もういいよ。まともなのなんてどうせ無――」

『あなたのまなざしは、いつも冷ややかに鋭く、ふとした瞬間に壊れてしまいそうな諸さもまた兼ね備えていた』

「聞いてねえ」


 残る二冊は、両方とも、すでにジンの手のなかにあった。この遊びがすっかりお気に召してしまったらしい、うちの看板女優(♂)は、上機嫌でつづきを読みあげていく。


『美しいものを見るたび、それが崩れ落ちる瞬間を夢みる私は、きっとどこかおかしいのでしょう。あなたのその澄ました横顔に、絶望がにじむさまを見てみたい』

「はは……安定すぎるわ、ストーリーテラー……」

『透きとおったプライドをへし折って、立ちあがることもできなくなった、あなたを抱きしめるの。すこしずつ、すこしずつ、あなたの守りを削いでいって、――いつか』

「もういやだ」



13.


 机に身を伏せて、必死で耳をふさぐ。残るは、あと一個。神が与えたもうた試練はこれで終わるのだ……!


 中二病? わかってるよ、現実逃避でもしねぇとやってらんないんだよ。


 乾いた笑いを漏らしていると、ガシッと頭を掴まれた。犯人はいわずもがな、ジンだ。


 ミルクティ色のボブカット。輝かんばかりのキューティクル。蜂蜜色のとろけそうな眼を細め、傾国の美女も裸足で逃げだす、天使の美貌が眼と鼻の先で笑っている。


「この俺をつきあわせといて、その態度はないんじゃない?」

「ゴメンナサイ」


 片言で謝罪して、力の入らない上半身を起こす。満足げにうなずいたジンは、最後の一冊をもったいぶるようにひらいた。


『時を止めて、得られるものがあるとしたら、それは貴方との永遠の逢瀬に他ならない――』


 途中から、俺の意識は、睡魔のなかに呑まれていった。ジンが読み上げてる手もとの脚本を、必死で横から拾い読みした結果だ。


 これで、ストーリーテラーの呪いから、逃れられる――……。



ed.


 目覚めると、ジンの姿は消えていた。部室を簡単に片づけて、廊下に出る。そこにも、ジンはいない。帰ったのかな。


 ふと思いだして、あいつが覗いていた窓に寄ってみたけど、とくに物珍しいものはなかった。代わり映えしない中庭と、それから、向かいの校舎の教室くらいだ。ここから見えるのは。


 あいつの気をひくような『なにか』があるとは思えない。あるとすれば、なにか、じゃなくて――。


 ポケットにつっこんでいた携帯が震える。表示された名前に、俺は、ワンコールで飛びついた。


「あ、もしもし? 蓮見部長? 脚本の話なんですけど――え!? オリジナルやめたんですか? ひっど! 早く教えてくださいよ、そのせいで俺、酷いめに……ああ、はい。そうですよね。先週サボった俺が悪いんですよね。……え? 綾女には連絡した? 妹さんから? いや、あいつそんなこと、ひとことも……。あんのドS姫……才能の無駄遣いにもほどがあるだろ……」


 麗しく腹黒な幼なじみを呪い、俺は、ぐったりと肩を落とした。……もう、帰りたい。


-fin-

関連作品:「<a href="http://ncode.syosetu.com/n3963bp/">泣き虫王子♀と我が儘姫♂</a>」

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