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向日葵トレイン

「やっぱり、都会じゃ天の川は見れないな」

 夕方の空を見上げたとき、ため息と一緒につぶやきがこぼれた。

 けれど田舎とか、空気のいい所では夜空に無数の星が輝いているのかもしれない。

 この空のどこかでは毎年、織姫と彦星は結ばれているというのに……どうして私はダメなんだろう。

 現在午後七時。

 今日は土曜日だから午前中で終わりなのに、公園で時間をつぶしてたらこんな時間になっていた。

 どうせ、家に帰っても怒られるだけ……嫌な事ばっかり。

『死にたい』

 駅へと向かう道、重い足取りでそう思った。


 やっと梅雨のジメジメとした空気がなくなったのに、葉桜 すみれの気持ちはズンと重かった。

 東 蜜秀。

 気を抜いたら彼の笑顔が脳裏をよぎって……辛い。


 終業式が終わって、HMも終了し、これから夏休みという時だった。

「すみれ?」

 友達からそのことを聞いた時、一瞬息ができなくなった。

 そんな私を見て、友達が同情の笑みを浮かべる。

「そうだよね

 すみれ、ずっと好きだったもんね……東のこと」

 それから先、私は彼女の話が一切耳に入らなかった。

 あの後、下校の支度をしていた私は友達を待たずにふらふらと教室を出て行った。誰かにぶつかった気もするけど、覚えてない。

 家路の途中で友達に言われた事を思い出す。

『東ってね、梨花のことが好きなんだって』

 私と梨花との関係を知ってか知らずか、友達は気まずそうに教えてくれた。


 トボトボと駅のホームに続く階段を上った。

 ホームは驚くぐらい静かで、誰一人いなかった。こんな時間の電車に乗るのは初めてだと、電車運行のダイアを見た。

 驚いた。

 午後七時だというのに、この時間帯の電車は一本しかない。しかも、その一本はさっき出てしまったばかりだ。

 ついてないな………。つくづくそう思う。

 近くにあった年期の入った椅子に座ると、ギシギシと音がなった。

 ふと目に入った景色を見ると、電灯の寂しげな白い光に照らされた向日葵が、もう首を下に向けていた。

 そんな悲しげな花を見て、自分と重ねてみたりして………なんて、少女漫画じゃあるまいし。

 私は失恋したんだ。

『始まりがあれば終わりもある』っていうけど………私の場合、早く散りすぎだよ。

 生暖かい風が、向日葵と私を揺らして、泣きたくなった。

 向日葵の花弁が風に舞う………その時だった。

 風がやんで、顔を上げた私は驚いていた。

 一瞬、前の電車が遅れてやってきたのだと思った。けれど、前の電車は行ってしまってから20分近く経つから可能性は薄い。

 それはとても変わった電車だった。

 まるで、風のように音もなく現れた電車は、今まで見た事もないような。

 薄暗がりの闇にも負けない、まるで太陽に照らされた向日葵のような黄色だったのだ。


 乗ろうか乗らないか迷った。

 ダイアに乗っていない電車にのってもいいのだろうか。

 しかし、そんな悩みも終点の映っているパネルを見て消えた。私の降りる最寄り駅にも止まるし、乗ろうと決めた。

 電車の中には誰もいなくて、静かだった。

 車内は爽やかに淡い緑で統一されていて明るい雰囲気だった。

 けれど、そんなことに興味は湧かず、私はボーッと座席に体を預けていた。

 何もしていないと、嫌でも頭の中を駆け巡る。

 そんな状態に、面倒くさくて身をも任せる事にした。


 後藤 梨花とは、小6の時から同級生だった。

 一人っ子だからか、お嬢様育ちからなのか、あえて空気を読ずわがままなところがあり、その性格からあまりクラスのみんなに好かれていなかった。私も、勝手に仲のいい人達との間に入ってきて自分勝手な行動をとる梨花が苦手だった。

 それは、みんなと一緒に地元の公立中学に進学した後も変わらなかった。

 中1のクラスに、新しい制服を身にまとった彼女がいたのを見て友達と一緒にうんざりしたのを今でも鮮明に覚えている。

 そんなとき、中学になって同じクラスになったのが東 蜜秀だった。

 クラスで一人だけ隣町の小学校から来た人だったからあまり馴染めないのか、それとも生来のものなのか変わった雰囲気の持ち主だった。

 そんな彼はいつでも冷めていたけれど、人に話しかけられたときは、すぐに自然な微笑みを浮かべられる人だった。私に対しても、梨花に対しても、いつでも同じように笑みを浮かべていた。

 梨花にまであんなに感じ良くしなくてもいいのに……、と思う事も多々あった。けど、それは東が優しいからだと、いつも勝手に思い込んでいた。なのに………。

 彼がいつも私に浮かべていた笑みと、梨花に浮かべていた笑みが微妙に違うものだったんだ、と今日知った。

『なんで私より梨花なの?』そう心の中で嫉妬する私が醜くて、嫌だった。

 けれど、そんな自分は止まらない。私は梨花と私を比較していた。

 思えば、私が一番始めに東の笑った顔を見たのだ。梨花より先に。

 席だって隣だった、梨花よりも近かった。話だって沢山したし、眠りそうなときは起こしてくれた。その逆もあったし、その度に苦笑いだってした。

 友達だと思ってた。自分には心を許してくれてるって思ってた。

 なのに、なんで嫌われ者の梨花が好きなの?

 自分に嫌悪感を抱いた。情けなくて、馬鹿馬鹿しくて、好きな人の恋も応援してあげれなくて、もしかしたらと思っててうぬぼれてた自分が恥ずかしくて。


 心底呆れて涙が出た。ハンカチで押さえても、すすり泣きが止まらない。

 無理に止めようとするほど止まらなくなった。

 いろんなことがありすぎた。東の好きな人が私の嫌いな人で、私は失恋して、嫉妬して、情けなくて、恥ずかしくて………。


 もう、嫌だよ


 いっそ、この電車にひかれればよかった。そうしたら、この恥ずかしさも、胸の痛さも消えて、楽になるのに。


 私だって、好きな人と結ばれたいのに。


 わかってた。けど、やっと本音を自覚した。

 失恋した事の自覚はないのに、応援しようと思ったら涙が止まらない。


 車内に誰もいない事をいいことに、私はハンカチに顔を埋めて泣いた。

 気が済むまで泣いていた。

 そんな時だった。


 コツコツ

 革靴の音が聞こえた。

 顔の血の気が引くのがわかる。

 もし誰かいたのだとしたら……………だとしたら、すごく恥ずかしい。

 気持ちを落ち着かせてハンカチから恐る恐る目を出した。

 その革靴の音は、深い藍色の制服と帽子をかぶった車掌らしき人のものだった。

 その車掌さんは、私の目の前で立ち止まった。

 私は恥ずかしさから顔を真っ赤にしていていたから、はっきりはわからないけれど………私には、その人が微笑んでいるように見えた。

 やさしい、けどどこか懐かしいような不思議な声で、その人は言った。

「乗車券 拝見します」



「乗車券 拝見します」

 そういわれて、鞄のポケットを探った。しかし…………探したけれどどこにもない。確かにここに入れたはずなのに。

 焦って切符を探した。そんな時に、すこし違和感を感じた。そんな私をみていた車掌さんが、まるでわかっていたかのように、さっきとは違う笑みを浮かべたのだった。

「……券が無いと、降りてもらうしかないですね」

 その言葉の意味が、すぐに理解できなかった。

 驚いて車掌さんのほうを見た。

 その次の瞬間だった、


 電車のスピードが加速した。

 窓が明るくなった。まるで、太陽が高く昇ったように。



 最後に見たのは車掌の後ろ窓から見えた、向日葵畑だった



────────そして、視界が黄色くなった。



 わけがわからなかった。

 気がつくと、私は教室の入り口付近に経っていた。陽はまだ高い。

「おい」

 後ろから誰かに呼ばれて振り向いた。

 そこには、同級生でよく話す男子が鞄を肩に提げて立っていた。

「なんか、背中についてたぞ」そういって男子が手のひらを広げる。

 そこには、今までに見た事もないような、切符ぐらいの大きさの、鮮やかな黄色い花びらがのっていた。

「ありがとう」そういって受け取ろうとしたら、「あのさ」と先に口を開かれた。

「……あのさ」

 男子はなかなか次の言葉を言おうとしない。

「なに?」

「いや、その……明日から夏休みじゃん?」

 その通りなのでコクリと頷いた。

「だからさ」

 やがて、男子は決心したように言った。

「今度……映画観に行かね?」



『始まりがあれば終わりがある』

 私は、これを始まりとして受け取ってもいいのだろうか?


「え、嘘っ!」

 夏休みの真っ最中。

 塾に向かう途中で、葉桜の友達とバッタリあった時の会話だった。

「東って梨花の事が好きなんじゃなかったっけ?」

 俺はそれに苦笑する。

「まさか、嫌いじゃないって言っただけだよ」

 葉桜の友達は困惑していた。

「わかんないって……どうしよう、すみれになんて言ったらいいかな……」

「………もう、いいんだ」

 彼女から目を離して、俺は中心部にある噴水の向こう側を見た。

 葉桜が、同級生の男子と照れくさそうに手をつないで歩いていた。

「……本当にごめんね」

 葉桜の友達が謝るのに対して、俺はいつもの笑みを浮かべて、

「別にいいんだよ、だって……」

言ってみた。

「好きな子には幸せになってほしいじゃん」


『始まりがあれば終わりがある』

 俺は、これを終わりとして受け取るしかないんだよな。


 青い空にセミの鳴き声、そして陽に向かって顔を上げる向日葵。



────────夏が来た。


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