表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

婚約破棄されたので従っただけですが、すでに詰んでいるのはあちら側です〜気づくのが遅すぎます〜

作者: とまと
掲載日:2026/05/11



「エレノア・グレイ。——お前との婚約は、ここで破棄する」


 その宣告は、満ちていたざわめきを一瞬で切り裂き、夜会の中心に静寂を落とした。


 無数の視線が、値踏みするようにこちらへと注がれる。


 グレイ家は確かに名門ではあるが、その実態を正確に理解している者は、王城内でもごくわずかだった。


 ゆえに——この場にいる大半の者にとって、私は“都合のいい婚約者”に過ぎない。


 私はゆっくりと顔を上げ、王太子殿下をまっすぐ見据える。


「……理由を、お伺いしてもよろしいでしょうか」


 静かに問いかけると、殿下は当然だと言わんばかりに顎を上げた。


「私は彼女を愛している。ゆえに、お前との婚約は不要だ」


 その隣で微笑む令嬢。


 あまりにも分かりやすい構図に、胸が痛むことはなかった。


 浮かんだのは、ただ一つ。


 ——予定通り。


「……承知いたしました」


 ゆっくりと頭を下げると、周囲からどよめきが広がる。


 泣き崩れることも、取り乱すこともない私の反応に、期待していた“見世物”が裏切られたのだろう。


「……ずいぶんと素直だな」


 わずかな苛立ちを滲ませた声に、私はほんの少しだけ微笑んだ。


「ええ。すべて、予定通りですので」


「……何?」


 殿下の眉がわずかに寄る。


「——殿下が、それを選ぶことも含めて」


 その一言に、空気がわずかに揺らいだ。


 だが私は、それ以上何も言わない。


 ただ優雅に一礼し、静かにその場を後にした。




 扉を抜けた瞬間、張り詰めていた空気がほどける。


「——三日」


 小さく、誰にも聞こえない声で呟く。


「あと三日で、すべてが終わる」


 夜空を見上げながら、私は静かに息を吐いた。


 もう、準備はすべて整っている。



 それから三日後。


 ——表に出始めた“歪み”は、すでに止められない段階に達していた。


 王城は、目に見えて狂い始める。


 契約は次々に打ち切られ、資金の流れは滞り、長年築かれてきた信用は音を立てて崩れていく。


「……どういうことだ!」


 王太子の怒声が、謁見の間に響き渡る。


 だが、誰も答えられない。


 いや——答えは、すでに目の前にあった。


「……グレイ家との取引が、すべて停止しています」


「なに……?」


 報告を受けた瞬間、王太子の顔色が変わる。


「馬鹿な……あれはただの一貴族に過ぎないはずだ」


「いえ……グレイ家は、王国の流通と資金の大半を担っておりました」


 空気が凍りつく。


 その場にいた誰もが、理解していなかったのだ。


 ——彼女が、何をしていたのかを。




「……エレノアを呼べ」


 絞り出すような声。


「すぐに連れ戻せ!」


 命令は即座に下された。


 だが。



「お断りいたします」


 その返答は、あまりにも簡単だった。



 数日後、王太子は自ら私のもとを訪れていた。


「戻れ」


 その声には、すでに余裕はない。


「お前が必要だ……あれは間違いだった」


 必死に取り繕うその姿を見つめながら、私は静かに首を横に振る。


「いいえ。間違ってなどいません」


 微笑む。


「すべて、予定通りですから」


「……なに?」


 理解が追いつかない表情。


「婚約破棄されることも、その後の崩壊も」


 一歩、距離を取る。


「すべて、こちらの想定内です」


 沈黙。


 やがて、彼の中で点と点が繋がる。


「……最初から、か」


「ええ」


 迷いなく頷く。


「最初から、すべて終わっていたのは——そちら側です」






 彼は、すべてを手にしていた。


 ——理解しないまま、手放した。


 そして今になって、ようやく知る。


 それが、何であったのかを。




 けれど。


 気づいた時には、もう遅い。




 私はもう、振り返らない。


 ——振り返る必要など、最初からなかったのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ