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2話 常識のない少女

 僕は、炎天下で燃え滾る太陽がある空の下で少女を見ていた。

 さっき男達と言い争いを起こしていた少女だ。

 その少女は黒い髪をしたストレートのロングヘアーで〝女〟と言うより〝女の子〟だった。

 僕よりとても若く見える。


「大丈夫? 立てる?」


 先ほどから、うんともすんとも言わないまま僕を見ていたので視線が気になって声を掛けてしまった。


「……平気ですわ」


 そう言って少女は立ち上がろうとする。が、立ち上がらない。

 やはり腰が抜けてしまっているのだろうか?


「手、貸そうか?」

「余計なお世話ですわ!! それより、アナタはいったい何!? 誰が助けてなんて言ったのよ!!」

「……いや。だって、君、殴られそうだったし……」

「ふん!! あんなもの私には関係ないですわ!! 簡単に避けられたわよ!!」


 助けてやったにも関わらずこの態度だ。

 やはり僕は余計なことに足を突っ込んでしまったのだろう。

 後悔している……。


「じゃあ、僕は行くから……」


 いい加減関わるのはやめよう。

 一応僕もこの騒ぎの当事者になってしまった訳だし、このままここにいたら警察が来るかも知れない。

 特に悪いことをした訳でなく、むしろ良い事をしたのだが警察とは関わりたくなかった。

 中途半端に差し出していた手を引っ込めて少女の前から一歩下がる。


「……待ちなさいよ」

「え?」

「……手、貸して―――」


 少女が手を差し出してくる。


「佐田がいないの。だからアナタが私を立たせて」

「その佐田って人、君の何なの?」

護衛(ボディーガード)よ。付き人って言うのかしら。それがどこかに行っちゃったのよ。だからアナタが立たせて」


 護衛が必要な人なのだろうか?

 そう言えば男達との会話で『アナタ達、私の事を知らなくて? これでも有名人よ?』と言っていたのを思い出した。自分で自分の事を有名人と言うのはどうかと思うが、きっとどこぞの〝お嬢様〟なのだろう。

 改めて手を少女に差し出すと、僕の手を少女が握る。

 少し恥ずかしい……。

 少女の手は小さくて柔らかかった。


「ありがとう。礼を言うわ」

「それは、どっちの意味で?」

「どういう意味よ?」

「いや、さっき助けてなんて言ってないって……」

「両方よ!! 両方!!」

「……そう」


 少し扱いづらい少女だな。

 いちいち僕に突っかかってくるところが。


「それじゃ、今度こそ僕は行くよ……」


 少女は立ち上がったのにも関わらず僕の手を放さなかったが、いつまでもこうしてはいられない。僕から手を離して今度こそ立ち去ろうとする。

 が、何故か強く手を握り返されて手が離れることはなかった。


「えっと……なに?」

「……」


 少女は黙っている。

 その顔にはまだ涙が溜まっていた。涙が頬に流れることはなかったが少女は泣いている。

 まぁ、自分が蒔いた種とは言え、怖い思いをしたのは事実だ。


「どうして、あの人たちにあんな事言ったの?」

「……だって、この場所、キレイでしょ? 特別に」

「うん。キレイだね。だけどここは君の場所じゃないでしょ? 公共の面々なんだから、皆の場所だよ。順番を守って、しっかりと待ってれば、こんな事にはならなかったよ? 少なくとも僕はあの人たちが悪いんじゃなくて、君が悪いと思う」


 名前も知らぬ少女に僕は説教をする。

 そんな身分でもないのに。

 だけど、この少女はそういう事を親に教えてもらいながら育てられたのだろうか。

 少女が金で物事を解決しようとしたところから見るに多分知らないのではないだろうか? 

 だから、僕が代わりになって教えてあげようと思った。


「だから私はお金を払うって言ったじゃない!! お父様は言ってたわ!! 物事はお金で解決しろって!!」

「君のお父さんが言ってることが全部正しいこととは限らないよ。少なくとも、あの人たちはこの場を楽しんでいた。それを壊したのは君。誰かの壊したものを全部お金で解決出来るわけではないだろう? それに、君のせいでこの近くにいる人たちは皆嫌な思いをしたと思うよ」


 周りから「うんうん」と頷く声が聞こえる。

 いい加減、見世物じゃないんだが……。


「なによ……。私が悪いって言いたいの?」

「……」


 実際にそうなんだが、肯定し辛い空気になってきた。


「と言うか……手……」


 未だに握られている手は放されない。

 無理に放そうとも出来ないためこのままだ。

 とてつもなく恥ずかしい。


「アナタは、何なの?」

「え?」

「アナタは、誰? とても強い人。私を叱れる人なんていない。お父様だって私を叱れない。なのにアナタは私を叱る。アナタは誰?」

「誰って……一般人……」

「一般人はそんなに強くないわ。少なくともスーパーマンって人?」


 スーパーマンはこの世にはいない。

 あれは映画の世界の人物だ。


「僕はただの旅人だよ。この〝国〟を旅してる」

「〝旅人〟って言うのね!!」

「えぇ……!?」

「そう、〝旅人〟。なるほど、〝旅人〟ね!! 良い名前だわ!!」


 少しネジが抜けているんじゃないだろうか?

 この〝国〟に〝旅人〟と言う名前を持った人間はいるのだろうか?

 可能性は否定しきれないが、いたとしたらとてもかわいそうな名前だ。


「〝旅人〟はどこから来たの? 教えて。教えなさい」


 さっきまでの涙はどこへやら。

 今となっては僕の手を握りながら笑顔になっている。

 まぁ、元気になったのは良いことだが……。


「ねぇ〝旅人〟!! どこから来たの!?」

「お嬢様、そろそろ彼のことを考えては如何でしょうか?」


 突然、少女の隣にスーツを着た男性が現れた。

 ビシッと着込めた黒のスーツはとても目立つ。


「佐田!! 今までどこにいたのよ!!」

「すみません。ちょっと腹を下しまして……」

「本当に使えないわね!! アナタは今日いっぱいでクビよ!!」

「それは困りましたねぇ。そうなりますと誰が〝真夏(まなつ)〟様の護衛をするんですか?」


 真夏。それがここにいる少女の名前らしい。そして黒服(スーツ)の男性が佐田と言う護衛の人の様だ。


「そんなの決まってるわよ!! ここにいる〝旅人〟よ!!」

「それはそれは」


 佐田と呼ばれた人がニヤニヤと僕の顔を見る。

 この人、相当この少女―――真夏って言う人の扱いに慣れている様だ。

 随分と付き合いが長いのだろうか? 出なきゃこんな態度は取れないと思う。


「旅の御方、真夏様を助けて頂いてありがとうございます。もうご存知でしょうが、私は佐田と申します。真夏様の護衛です」

「護衛……って事は、この子はどこかのお偉いさんか何かですか?」

「お偉い人と言えば確かに偉い人です。と言っても真夏様はどちらかと言うと〝お嬢様〟ですね。本当に偉いのは真夏様の父君様です」

「そうなんですか」

「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか? 〝旅人〟様」

「僕の名前は〝旅人〟じゃありませんって!!」

「ははは!! 失敬失敬、冗談ですよ」


 絶対に知っててやってる。

 人をからかうのも上手なようだ。


「佐田!! 早くどこかに行きなさいよ!! アナタはクビだって言ったでしょ!?」

「お嬢様、お言葉ですが……その権限はお嬢様にではなく、父君様に御座います」

「知らないわよそんなこと!! アナタはクビ!! 良いわね!?」

「しっかし、随分と客が集まってきたな……。ここは移動したほうがいいかも知れない。旅人(きみ)、少し付き合ってもらえないかい?」

「どこか、行くんですか?」

「立ち話も何だ。近くにお嬢様がよく利用するレストランがあるんだ。何かご馳走するよ、礼も兼ねてね」

「いえ、さっき昼食を取ったばかりだし……バイクで来てるんで……」

「あぁ~~、それなら気にしなくて良い。君のバイクはアレだね? そのバイクはこちら側でレストランまで運ばせて貰うし、別に何か食べて貰おうとかそういう訳じゃないからさ、頼むよ。お嬢様も随分と君の事を気に入っている様だし」

「……はぁ」

「そのため息は了解の返事で良いのかな? では話は早い。今すぐ車を寄せるからお嬢様と待っててくれ」


 結局、僕は否定することが出来ず佐田さんに丸め込まれてしまった。

 佐田さんは「見世物は終わりだ!」と言いながら集まった人たちを追い払い、車に向かっていった。


「……」

「ねぇ〝旅人〟?」

「だから……」

「アナタ、一般人って言ってたわよね? と言うことはお金持ってないの?」


 この場合のお金と言うのは、僕自身が持っているお金のことではないだろう。きっと家柄上のお金だ。

 僕の家は貧乏ではないと思う。だけど裕福でもない。普通だ。


「普通だよ」

「そう。貧乏なのね。けど大丈夫よ。お父様に言ってたくさんのお金をあげるわ」


 きっと悪気があってこういう事を言ってるわけではないと思う。こういう風に育てられたから、金の話ばかりするのだろう。

 ……と思いたい。


「すまない、待たせた」


 佐田さんが近くに車を寄せてきた。

 その車は、僕がふもとで休憩をしている時に坂道に向かっていたあの車だった。


「どう? すごいでしょ? 〝ロールズ・ライム〟よ!! 中々お目にかかれる車じゃないわよ!!」

「〝ロールス・ロイス〟な」


 こんなところで超高級が見れるとは思っても見なかった上、今僕は、この車に乗ろうとしている。

 この先、どうなる事やら……。

 ……。



 それからしばらく、超高級車の後部座席でゆられること一時間。どうやら佐田さんの言うレストランに到着したようだ。

 車から降り、その建物を見ると明らかに僕みたいな人間が立ち寄れるような雰囲気ではない様なイメージをした超高級レストランだった。

 顔が引き攣っていると思う。

 それぐらい、僕は建物を目の前にして固まってしまった。


「ささ、入った入った」


 佐田さんに促されてこのレストランに入る。

 小さな声で「帰りたい」と呟いた。

 店員に案内されて席に着く。

 どうもそわそわして落ち着かない。

 それぐらい僕は浮いている存在だった。


「落ち着かないかい?」

「えぇ……」

「すまない。案内出来るところがここしかなかったんだ。許してくれ」

「いえ、いいです……」

「それよりも、君はよく一撃であの男の気を失わせたね。何か習い事でもやってたのかい?」

「一撃でって……もしかして観てたんですか?」

「実を言うと、あの人ごみの中からずっと見てたよ。お嬢様が男達に喧嘩を吹っかける所、初めからだね」

「どうして助けなかったんですか? 僕より佐田さんが助けたほうが余計な事にならず良いじゃないですか」

「やっぱり近くにいたのね佐田!! アナタ仕事ぐらいしっかりしなさいよ!!」

「以前にも同じ様な事があってね。その時はお嬢様がお金で解決したんだけど、今回は事情が違った。だから危険ギリギリまで見計らって出て行こうと思ったんだけど、君が出てきた。まぁ経験ってヤツかな? お嬢様も今回のことで学んでくれるといいんだが……」

「だからって……僕があの時どうしようも出来なかったら意味ないじゃないですか」

「わたしも正直驚いたよ。こういう展開もあるんだな、と。本当に感謝している。この通り」


 佐田さんが僕に深々と頭を下げる。


「ちょ、いいですから顔をあげてください!! 本当にいいですから!!」

「そうかい? まぁ本当に頭を下げるべき人間はお嬢様なんだが……。わたしで勘弁してくれ」

「何よ、その言い方?」

「佐田さんは随分と真夏さんと砕けた相手をするんですね? 本来……って言ってもこれは僕のイメージなんですが付き人ってもっと口を閉ざしてて、常に隣にいるイメージがあるんですが」

「真夏でいいわよ」

「付き合いが長いからねぇ。こう見えてもわたしはお嬢様が2歳の頃から付き人をやってるんだ。もちろん君のイメージ通りの人のほうが多分いいんだろうけど、お嬢様はそれを嫌うからね」

「そうなんですか」

「で、何か習い事でもやってたのかい?」

「習い事って言っても昔ですよ。道場系は色々とやってた経歴が。学園生になる頃には辞めてましたし」

「そうか……。君は強いんだね」

「そんな事は、ないです……」

「君は、疎山(まばらやま)には何しに? 観光かい?」

「そんな感じです。色々と観光めぐりをしようと思ってまして」

「なんで私を無視するわけ?」

「なるほど観光めぐりか。それはいいね。だから〝旅人〟?」

「だから〝旅人〟はやめてください……」

「ではなんと呼べばいいのかな? 君は自分の名前を言いたがらないが……」


 しまった。誘導されていた。

 ついつい佐田さんのペースに飲まれて会話をしていた。

 このまま話し込んでいたら、包み隠さず全てを吐き出されそうな感じだ。


「誘導尋問だと思ってる?」

「え?」

「すまない、わたしの悪いクセだ。前職がそんな感じの仕事をしてたもんでね」


 ―――どんな仕事をしてたんだ?


「まぁ話したくないなら話さなくて良い。色々と事情もあるだろうし」

「特別、事情があるわけでは無いんですけどね……」


 僕の名前を教えると言う事は少なくとも他人に僕を覚えてもらうと言う事。

 それが嫌だった。

 だから僕は自分の事は極力話したがらない。

 相手に僕を覚えて貰わなければ、それだけその場限りの付き合いとなるからだ。

 そう言えば昨日出会ったおじさん達を思い出す。

 僕の家の住所と名前を教えたっけ。

 ご好意で写真を送ると言われたら断れなかったが、少し考えすぎた。

 もう次に会う事はないと思うからだ。

 それなら今ここにいる佐田さんや真夏ちゃんに名前を教えてもいいだろうが、前回の出会いとは少し状況が違う。

 仮にも人助けをしてしまった事により印象は大きくついてしまう。

 それによって今後の付き合いが発生してしまったら厄介だから僕は名前を言いたくなかった。

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