2話 作り出した自分
まだ大学に入学する前の話。
僕がまだ学園生だった頃。
あの頃は不良だった。
ガラの悪い連中と付き合っていて、担任の教師にはよく反抗して、遅刻したり無断欠席をしたり……。
髪の毛は金髪だったし何がよくてかタバコを吸っていた。
しかも一日に一箱を吸い尽くす勢いで。
けどタバコを吸うにも金が掛かる。
その金はバイトで稼いでいた。商店街に並ぶ八百屋で。
ガラが悪かった僕は中々バイトに採用してくれなかった。
少なくともコンビニ系はダメだった。
「髪は黒くしてくれないと困るよ」
それを否定したからだ。
僕は不良だったわけだし無理も無い。
見てくれが悪い店員がいたら客としては嫌だしな。
だけどそんなガラでもあの八百屋の店主は僕を雇ってくれた。
たまたまな成り行きだったけど。
懐かしい。
あの頃の僕は学園にはあまり力を要れず、ただただバイトをしてた。
店が休みの日以外全部出勤してたっけ。
あの頃の僕は、きっと楽しい思いをしてたんだろうな。
大学が休みの土曜日。
夏の昼間って言うのはどうも暑苦しい。
クーラーの使用はもちろん禁止されているし、扇風機は熱風機に早くも変わっていた。
「ダメだ、あぢぃ……」
こんな暑さで何かをしようとする気も起きない。
バイクの洗車はさっきやってしまったし、やることが無い。
昼寝で誤魔化そうとしたけど、無理だった。
適当にテレビを点ける。
チャンネルをあれこれ回してもこれと言った面白そうな番組はやっていない。
「暇だ……」
去年の夏は……。
こんなんじゃなかったのに。
「おーい!!」
母さんが俺を呼んでいる。
「なんだー!」
一階のリビングから二階の僕の部屋に互い声を届かせるには多少声を大きくしないといけない。
「悪いんだけど車出してくれない!? 隣町のスーパーに行きたい!!」
僕は二輪免許以外にも普通免許も持っている。
まぁ今の時代必要なものだし。
しかしながら母さんは持っていない。
何故か「そんなものはいらん!」と言い張る。
「私は助手席専門だから」と。
まぁ必要なものとか言ったけど絶対に必要なものでもないからね。
……。
買い物から帰ってきていくつのものビニール袋を家に運ぶ。
どんだけ買ってんだか……。
「ありがと助かったよ」
「ほいほい。あーあの車、もうちょいでオイル交換ね」
「そんなのはお父さんに言って。私はわからないよ」
「伝えといてくれ。金さえ置いておけばやってくるって」
「わかったわ」
少し疲れたかな。
自室に戻ってベッドに寝そべった。
ベッド自体が熱を持っている、そんな感じだ。
扇風機の〝強〟ボタンを押す。
まぁ無いよりかマシかな。
そのままボーっとしていると心地よくなってきた。
少し、眠るか。
……。
「今日もよろしく頼むぜぇ!」
「ハイッ!」
「いやーお前さんが来てくれてから仕事が楽になったぜ。本当に助かる」
「イイッスよ。俺はここで働くの楽しいと思ってるし」
「いやぁ泣けるねぇ。お前さんみたいな男は普通遊びに行って夜遅くに帰ってくるのが普通ってもんだろ」
「まぁ俺みたいな不良はやっぱそれが普通ッスかね? まぁ実際はここで働き始める前はそんな感じだったけど。まぁその分、休みの日はしっかりと遊んでますんで」
「そうかそうか。ま、おめぇがいいってんなら俺は何もいわねぇよ! しっかりと働いてくれな」
「ハイッ!」
「あるれぇ、お前は今日もバイトか!!」
「おぉ!! 高崎!! まぁたぶらぶらしてんのか?」
「まぁな。暇でしょうがねぇ。それよりもよ日曜暇か?」
「あぁバイトも休みだから暇だ。それがどうかしたのか?」
「んーちっと走りにいかね? 他の連中も連れてさ。単車買ったんだろ?」
「おう。いいぜ!!」
「んじゃ迎えに行くわ」
「団体で来られたらうるさくてかなわん。どこか集合場所決めてくれ」
「おっけ。んじゃ決まったら連絡するわ」
「あいよ」
「あらお兄さん、今日も働いてるのね」
「ハイッ! いらっしゃい! ここの店員なんで」
「いいわねー私はお兄さんみたいな人嫌いじゃないわ。なんかこう不良っぽいんだけど、人当たりがいいって言うかなんていうか」
「まぁ実際不良ッスけどね。普通八百屋に金髪の男が立ってたら変でしょ?」
「私は良いと思うわぁ。お兄さん目立つもの。それに商売上手みたいなオーラ出てるし、パッと見引いちゃうけど、慣れれば誰も気にしないわ」
「ははっありがとうございます!! お安くしますよぉー」
……。
ふと目が覚めた。
どうやら寝ていたらしい。
何か、嫌な夢を見ていた。そんな気がする。
―――昔の僕か。
懐かしさと同時に切なさが残る。
こんなにハッキリと夢の内容を覚えているのも珍しい。
「おーい!! 夕飯だぞー!!」
「お、今行くー!!」
昔の僕だ。
今の僕ではない。
夢で見た内容を忘れることにした。
……。
夕食を終えてシャワーを浴びた後、また自室に篭る。
今日も何もない一日だった。
特別に記憶に残ることはしていない。
きっと僕が日記をつけていたならこう書くだろう。
〝今日は何も無いすばらしい日だった〟と。
―――つける意味もないな。
寝よう。
昼寝をしていたにも関わらず眠気が強い。
まぁ何もすることが無いなら、起きていても寝ていても一緒だ。
翌日の日曜日、目を覚ますと既に昼の3時が回っていた。
随分と長い間眠っていたにも関わらず眠気は強く、数時間テレビをぼんやりと観続け、母さんのお声と共に始まる夕飯を食べ、シャワーを浴び終わった後はそのまま眠ってしまった。
……。
月曜日。
大学ではまだ講義がある。
僕が通っている大学では前期、後期の二期制を採用していて夏休みを挟んで分かれている。
そして試験は後期の一発勝負で、当然ながら試験の出来が悪いと単位はもらえない。
だがそれぞれの講義を担当している教授も様々で、前期にこっそりと試験を行い後期の試験とあわせて評価する教授も多い。
とりあえず、僕が受けるべき講義のほとんどは当たり前と言うべきか試験はない。
ゼミではレポートがあったような気がするがどうでもいい。
目覚ましが鳴る前に起きていて僕は目覚ましのスイッチをオフにする。
起きているにも関わらずと時計が鳴ってしまってはうるさいだけだ。
時計を掴み取りスイッチをオフにすると、他の場所で何かが鳴っている。
携帯電話だ。
僕のケータイを鳴らす人なんていないのに、こんな朝早くから鳴ると何だが妙な気分だ。
着信音の短さからメールと判断、きっと登録しているサイトからの宣伝メールとかそんなものだろう。
しかしメールを開くと内容は宣伝メールではなかった。
差出人は同じゼミの人。以前、僕にレポートの内容を教えてくれた人だ。
疑問に思ったのだが、何故僕のアドレスを知っているのだろうか? 教えた記憶はないのだが……。
―――――――――――
おはようございまーす☆
起きてますかー? 天気のいい朝ですよー。
今日は月曜日です。大学があります。
前期ももうすぐ終わりだねー!!
いやぁー夏休みが待ちどうしいよ!!
君は夏休み何か予定でもあるのかな?
もしよかったらゼミの皆で海でもいかない?
あ、教授一緒でね。
ちなみに今日はゼミがありますので顔を出してくれるとうれしいです。
―――――――――――
朝から元気のいい事で……。
そんな事を思いながら顔を洗い、朝食を食べた。
通学途中、ガソリンスタンドによって燃料を補給。
車と違って燃費はいいけどタンク容量は確実に少ないためこまめの給油が望まれる。
「リッター26ぐらいかな?」
ガソリンスタンドを後にし大学に向かう。
今日もいい天気だ。
そして暑い。
ジリジリと肌が焼かれている、そんな感じだ。
既に腕の部分は黒く焼けてしまっているし、ヘルメットには紫外線をカットするスモークシールドも装着していないため、目の保護でつけているサングラス周りを除いて顔も少しばかり焼けていた。
鏡で見たとき少しカッコ悪かった。
……。
大学に着いて、掲示板を確認。
特に休講はない。連絡事項を見ると夏季休講に関する連絡事項や学割の申請、その他、麻薬など犯罪は絶対にするな、と言った感じのものが多かった。
結局、酒やタバコを楽しめる歳の人がいる世界でも子供扱いなのだ。
何か事前に忠告しておかないと気がすまない、そんな感じを受けた。
大講義室に向かう。
この部屋だけで何人の学生が授業を受けられるのだろうか?
考えたことはないが確実に一つひとつの席を埋めていけば相当な人数になると思う。
あまり人が密集していない席を探す。
この大講義室の中にいる人々は本当に講義を受けたくて席に座っているのだろうか。
様々なところから飛んでくる笑い声が僕を悩ませる。
僕だって講義を受けるために来ているのかと問われればそうではないが、僕とは違って〝遊びできている〟と言うほうが正しいのではないだろうか、と思ってしまう。
講義が始まる時間になって教授が姿を現す。
非常勤の教授なのか、正式にこの大学の教授なのかはわからないが歳は結構いっていると思う。
「えー、それでは前回の復習から始めたいと思います」
マイクを片手に講義を始める教授。
辺りからは未だに話し声がとまらない。
それらを気にすることも無く話を進める教授を見て、なんだかどうでもよくなってしまった。
本当に勉強がしたいなら、もっとレベルの高い大学に入学するべき。
誰からでもなく、そう言われたような気がした。
……。
90分の受講を終えて、ぞろぞろと学生が席を立つ。
つまらない講義だった。
これが必修科目でなければ確実に出る必要の無い講義だと思う。
まだ今日は他に講義が残っている。
これで帰るわけにはいかなかった。
時間は少し早いが学食に向かう。
適当に腹ごしらえでもしておこう、そう思って構内を歩いていると誰かが僕の肩に手を置いてきた。
「やほー」
今日の朝、メールを送ってきた人だった。
「どこいくの?」
「学食にでも、と思ってね」
「僕もちょうど行こうと行こうと思ってたんだ。一緒にいかない?」
「え……」
「? 何か都合でも悪い?」
「いや、別にそんな事はないけど……」
正直予想外だった。
こんな僕と一緒に昼食をとって何があるというのだろうか?
少なくとも楽しい会話は出来ると思わない。
「俺さー、バイクの免許取ろうと思うんだよねー。だけどさぁ俺に合うバイクってよくわからないし、できれば色々と教えてもらいたいなーと思ってさ」
「そ、そうなんだ……」
「ほら、一応中古車カタログとかも買ってきたし、これで色々と教えてよ」
「……」
学食でしばらく質問攻めにあった。
あのバイクの名前は? メーカーは? いくらした? 燃費っていい? 最高スピードはどれぐらい? 改造ってしてる? 当然車より早いよね?
などと僕が答える暇は無かった。
……。
一通り質問を終えて満足したのか口数が減ったように思える。
そんな彼を見て僕は、鬱陶しいと感じてしまった。
一人にしてくれ。
そんな気分。
「あ、そろそろ講義の時間だ。行かなきゃ!! 色々とありがと、それじゃ!!」
まるで台風のような人だ。
全く仲の良い関係ではないんだけどな……。
そうこう考えているうちに人々がごった返してきた。
僕一人がここに座っているのも惨めなので学食を後にし時間を確認する。
よくよく考えたら僕にも講義の時間が迫っていた。
急ぐわけでもなく次の講義に向かった。
……。
今日の講義も無事に終わってひと段落。
ゼミは当然出ない。
人と仲良くするのは好きではないんだ。
大学って言うのは、大きな部屋で講義を受ける。そんなイメージが強かった。
しかし実際はゼミだったり外国語などは小さい講義室で受講するパターンが多く、どうしても顔見知りが出来てしまう。
それが嫌だった。
なにかポケットが騒がしい。
ケータイがバイブしているようだ。
ディスプレイを確認するとメール受信と出ていた。
差出人は、彼だった。
―――――――――――
ゼミの時間デース☆
いまどこにいるのかな?
今日も欠席は君だけ。全員が揃わないとちょっと寂しいな。
もしかしてもう家にいるとか?
返事待ってマース☆
―――――――――――
当然返事をするわけも無く、駐輪場にいる僕はバイクに跨りエンジンを吹かす。
日が傾き始めている空を気にしながらバイクを走らせていく。
……。
出会いがあれば、当然別れもある。
それが嫌なんだ。
仲良くなった人達とは一生仲良くやっていきたいと思う。
だけどやっぱりそれは無理。
だから僕は人との関係を作らないようにしようと思った。
どんな形でやってくるかわからない別れ。
〝さよならは突然に〟と言う言葉がよくわかった様な気がした。
あの頃から僕は変わった。
そして、今の僕は一人ぼっちだ。
それでいい。
自己満足だっていいさ。




