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2話 人々のぬくもり

 トントン―――トントン。

 何か、音が鳴っている。

 なんだろう? 状況がわからない。

 トントン―――トントン。

 まただ。この音は多分、何かを叩いている音だと思う。

 確認しないと。

 だけど、体の自由が利かない。

 なんだか視界も定まっていない様な気がする。

 僕は今、どういう状況なのかわからない。

 わかっている事は一つだけ、ぼやけた視界の中で天井を見上げている。


「おーい直人。朝だよー、起きてー」


 声がした。美穂の声。

 そうか、朝なんだ。美穂が起こしにきてくれたんだな。

 返事をしなきゃ。


「直人ー? おっかしいなぁ」


 ガチャガチャ―――。

 美穂が扉を開けようとしている様だ。

 だけど鍵が掛かっているから扉は開かない。

 しっかりと返事をして、扉の鍵を外さないと……。


「ねぇお母さーん!!」

「はーい?」


 遠くの方から結子さんの声が聞こえる。


「直人の返事がないのー!! もう出て行ったのかなぁ?」

「バイクは外にあるわよー?」

「んー、スペアキーってどこー?」

「まだ眠っているんじゃないのかしらー? そのまま寝かせてあげたらー?」

「って言ってももう9時前だよ、なんか変」

「ちょっと待ってて、今鍵持って行くから」


 今も尚、美穂は扉越しに声を掛けながら扉を叩いている。

 階段を上がる足音がして、次に廊下ほ歩く足音がする。

 結子さんがこっちに向かっている。


「直人さん、入りますよ? 寝てたらごめんなさいね」


 鍵を外し、扉の開く音がする。


「ねぇ、直人……?」


 美穂、おはよう。

 って言おうと思ったのに声が出ない。

 顔が動かせない。美穂の顔が見れない。


「直人、ねぇ大丈夫!? 汗びっしょりじゃない!! 窓も閉めきって……。ねぇ返事して!?」

「―――」

「意識はあるみたいね。美穂、水に濡らしたタオルで拭いてあげて。クーラーは点けておくから」


 僕、一体どうなっているんだ?

 視界の中に美穂と結子さんの顔がある。

 随分と慌てている様だが……。


「ちょっと待ってて!!」


 ドタドタと足音を響かせながら一階に下りて行った様だ。


「直人さん、返事は出来ますか? 出来ないから手をあげてください」

「持ってきた!!」

「クーラーも点けず、布団も敷かず、窓も開けていない。直人さん、お風呂も入っていないでしょ?」

「そんな事はいいから冷やさないと!!」

「……熱中症とかちょっと違う気がするわ、少なくとも意識がある。それに熱もあるみたいだから風邪かしら?」

「だったら尚更!!」

「落ち着きなさい美穂。とりあえずお母さんはお医者さん呼んでくるから、ここは任せたわよ」


 ……。


「んー、こりゃただの風邪ですな」


 美穂の看護を黙って受けていること数分、結子さんが医者を連れてきた。

 こう言うのを町医者って言うのかな?


「しかし風邪であっても油断は禁物ですから、経過はしっかりと診ていきましょう。お薬を出しておきます」

「はい、わざわざありがとうございました」

「宿泊客と言うことですから御代は後ほど。またしばらくしたら呼んでください」


 風邪、か。

 どうやらいきなり迷惑を掛けてしまったようだ。

 風邪になった原因は疲労と汗をしっかり風呂で流さなかった事による冷え。

 医者が帰ってからも美穂と結子さんが僕の看護をしてくれている。


「すいま、せ―――お手数、お掛け……しま―――」


 ようやく声が出たのだが、頭痛がしてきた。

 未だに視界も定まらない。


「いいから今はしっかりと休んでください」

「直人、ごめんね気付かなくて……」


 どうして謝られるのか、謝るのは僕の方だ。


「とりあえず体を拭かないとダメね。美穂、ちょっと外にいなさい」

「いいよ、あたしがやる」

「そんなに直人さんの裸が見たいの? 近い年頃の女の子に裸を見られるのはイヤだと思うけど。上だけじゃなく、下もやるのよ?」

「……だけど、そんな事言ってる場合じゃないじゃん」


 僕からしたら、美穂でも結子さんでも激しく恥ずかしいのですが……。


「それなら、わたしがやりましょう」

「佐田君?」

「おはようございます結子さん、美穂さん。状況は先ほどすれ違ったお医者様にお伺いしました」

「いいえ、ここは妻である私の出番よ」

「おはようございます佐田さん。……それに真夏」

「何、そのオマケ程度の見方は……。まぁいいわ、知り合いの医者を呼んであげる。多額の代金を請求するイヤらしい医者だけど、腕は確かなのを知っているわ」

「さっき診てもらったから、余計なお世話~」

「ダメよ、私の夫なんだから。腕が確かな医者を呼んだ方がいいに決まっているわ」

「お嬢様方、直人君の事を思うのはいいですがもう少し静かにした方がいいと思いますよ」

「じゃあ佐田君、任せていいかしら?」

「はい、任せてください」

「美穂、真夏ちゃん。下に行きましょう。邪魔になるから」

「「はぁい~」」


 三人が部屋から出て行った後、布団に寝ている僕と佐田さんの二人になる。

 服を脱がされ、冷たいタオルで体が拭かれていく。


「ん~良い体付きしてるねぇ」

「……?」

「ちょっと前まではもっと凄かったのかも知れないなぁ。今は衰えた体って言う感じだか、それでもこの肉付きは素晴らしい」

「どういう、意味、ですか?」

「あぁごめん他意はない。ちょっと起こすよ」


 随分手馴れた動きで僕の体を拭いていく。

 背中を拭いた後はスボンを脱ぐよう言われ、さすがに断ったが無理矢理やられた。

 誰かに裸を見せるなんて、親以外では始めてで恥ずかしすぎる。


「はい、終わりだ。着替えなんだが持ってないよねぇ? 手ぶらで来たに近いし」

「……はい」

「買いに行かせるか。適当なのでいいかい?」

「代金は、払いますから」

「気にしないでいいよ。迷惑料として受け取ってくれればね、あの時の」


 どうやらまだ根に持っていたらしい。あまり気にしないでいいんだけどな……。

 携帯電話を取り出し、早速誰かに電話をしている。

 すぐに持って来いと短く伝えて電話を切った。

 そして3分立たない間に扉がノックされ、これまた佐田さんの様に黒いスーツで身を固めた男が一人が部屋に入ってきた。

 「要求された物です」と差し出された物を佐田さんが受け取ると、一礼して部屋から出て行ってしまった。

 迅速すぎる対応に戸惑う僕。

 カップラーメンの待ち時間で荷物が届くなんて人間の出来る技じゃない。


「自分で着替えられるかい? なんならわたしがやるけど」

「大丈夫、です。何とか出来ます」

「なら、これに着替えて少し眠りたまえ。身体を休めて元気になってくれ。皆にはわたしが伝えておくよ。それじゃ」


 「おやすみ」と一言残し、部屋を出て行った。

 部屋の中に一人残された状態で天井を見つめる。

 さっきより視界が定まっているが、その分頭痛がひどい。

 きっとすぐ隣に置いてある薬を飲むといいんだろうが、何も食べていない状態で飲んでいいのだろうか?

 どちらにせよ、飲みたくても水が無いため飲めないのだが……。


「直人さん、入りますよ」


 結子さんが部屋に入ってきた。

 両手で小さな鍋を持っている。


「おかゆを作ってきました。少しでも何か食べて、お薬を飲みましょう。自分で食べられますか?」

「はい、何とか」

「じゃあ、ここに置いておきますから食べてください。食べ終わった食器はそのままでいいですから。後お水も」


 結子さんが部屋から出て行った後、ゆっくりと鍋に手を伸ばす。が、何か忘れている。

 そうだ服、服を着なければ。


「……あれ?」


 今、僕は全裸と言って過言ではない。

 そしてその状態で結子さんが部屋に入ってきた。


「……」


 鍋から立ち上がる湯気をよそ目に用意された服を着てから、おかゆを食べた。

 薬を飲み流して、横になる。

 なかった事にしよう。そうでもしないと恥ずかしくてどうしようもなかった。

 ……。




「少し、わたしはお屋敷に戻ってもよろしいでしょうか?」


 直人君の世話をした後、わたしは一人屋敷に戻った。

 しばらくはあの場にいてもしょうがないだろう。

 お嬢様の近くにいる事が出来なくなるが、ある程度の自由を与えていてもこの島なら害はない。

 誰よりもわたしがよく知っているからだ。

 それに美穂さんや結子さんがいるから特に問題はない。


「わたしの部屋の持ってきてくれるか?」

『畏まりました』


 屋敷に戻ってすぐに自室に向かう。

 途中、直人君の服を持って来させた仲間の一人に連絡を取り、ある物の要求する。

 彼が服を持ってきた時、添えられていた一切れの紙に『用意が整いました』と書いてあったからだ。


「お待たせ致しました」

「すまないな」


 仲間が去った後、渡された封筒の中身を取り出し目を通す。

 高木直人の個人情報だ。

 昨日、不正に調べた個人情報とは別の、正規ルートで調べ上げたデータ内容。

 あまり内容こそは変わらないが、ある程度の生い立ちが記されている。


「ふむ」


 学園に通っている頃は色々な事をしていたのは事実らしい。

 非行めいた行動がやたら目立つ少年だった様だ。

 それ以前はある意味、普通と言ったところか。

 成績は良くも無ければ悪くも無く、色々な習い事に精を出す活発的な少年とある。


「まぁ学園に入れば、色々な友達が出来るからなぁ」


 詳しく学園時代を追っていくとしよう。

 入学直後、人受けの良い彼にはたくさんの友達がいたようだ。

 それからしばらく平穏な生活をしながらも、何気ない事で仲良くなった〝不良達〟によって心が変わっていた、と受ければいいだろう。

 非行なりにも自身が楽しいと思う環境であれば、人間としてあながち間違った生き方ではない。

 その〝不良達〟は確かに学園の風紀を乱してはいたが、基本的には誰にも害を与える事はない一種の仲良しグループ的存在。


「なるほどね」


 ある日の事、そんな〝不良達〟の中で流行っていたのがバイク。

 免許を取れる歳になった男なら誰だって一度は乗ってみたいと思うだろう。

 校則では禁止されながら、しっかりと免許を取得して乗っていた所は褒めよう。

 いずれ仲間内で大なり小なりバイクの台数が増えてくると、それが〝暴走族〟まがいになりつつあったとある。

 憧れだったのだろうな。

 どういう理由で暴走族に憧れるかはわからないが、彼らにとっては未知の領域だったのに違いは無い。


「隣町グループとのケンカ、か」


 彼等の行動は次第にエスカレート。

 地元を離れ、夜遅くに隣町にまで暴走行為を繰り返すようになった。

 そして出会ったしまった隣町の暴走族。

 相手側は名の知れた〝本格的暴走族〟に対しこちら側は多種多様の車両で組んだ〝なんちゃって暴走族〟。

 隣町グループは人数も経験も全てが上回っている状態にも関わらず騒動を起こす。


「20対7って……。死に行く様な物じゃないか」


 ケンカ慣れはしていたものの、戦いは数と言うように一方的にやられる最中、仲間の一人が致死に近い傷を負う。

 それからは流れに従うかのように次々と皆が致死状態になった。

 ケンカから殺しに変わった訳だ。

 そこで彼、高木直人だ。

 犯歴に正当防衛による殺人未遂とあった。

 彼は仲間がやられて行くのを見て、一種の覚醒状態にでも陥ったのだろう。

 仲間を護るため、自分を護るために。

 警察が駆けつけた頃には、相手側グループは全滅。全員が瀕死の状態だった。


「化け物としか思えん」


 そこで生い立ちの流れは終わってしまっている。

 後は大体想像に任せると言った所か。

 彼の身体を思い出す。

 背中に深い刺し傷の痕があった。

 彼もまた、殺される寸前だったのだろうな。


「しかしわからない。何故彼は、変わってしまったんだ?」


 この書類はあくまで過去を写し出す代物、昔の彼と言う事だ。

 だとすれは今の彼はどうだ? 思いっきり別人ではないか。

 肝心な所が抜けてしまっている。


「わたしだ。すぐに来てくれるか?」


 ……。



「ん……あれ?」

「あ、起きたわね」

「大丈夫? 気分はどう?」

「寝てたの僕?」

「ええ、随分うなされていたけど嫌な夢でもみたいのかしら?」

「夢……?」


 そう言われれば何か、過去を思い出す夢を見ていた気がする。

 だけどそれがどんな内容なのか覚えていない。


「ちょっとお母さん呼んでくるね」

「佐田はまだ帰ってこないのね、何やってんのかしら……」


 枕の隣に置いてあった腕時計を手に取り時間を確認する。

 もう夕方に差し掛かっている時間だった。

 窓からの日差しは最後の力を振り絞るかの如く、オレンジ色になっている。


「気分はどう?」

「うん、随分楽になった気がするよ」

「そう。汗が凄いわね、ビショビショじゃない」

「直人さん、おはようございます」

「結子さん」

「顔色がよくなってますね、今はしっかりと受け答えも出来る様になっていますし。食欲はありますか?」

「少し、お腹空いてる感じです」

「消化のいい物を作りますので、それを食べてお薬飲んで、すぐに休んでください」

「はい、すみません。お手数お掛けして……」

「いいんですよ、気になさらないでください。では結子はこれで」

「お、起きたみたいだねぇ大丈夫かい?」


 結子さんが部屋を後にした後、入れ替わる様に佐田さんが部屋に入ってきた。


「佐田、随分遅かったじゃない」

「色々とわたしも仕事が詰まっていまして」

「まぁいいわ。特別必要でもなかったし」

「直人、お風呂入ったほうがいいんじゃない? 服とか洗濯しておいたし、着替えた方がいいかも」


 美穂に案内されて風呂に向かった。

 今は頭痛も無く、しっかりと自身の力で歩くことが出来る。


「ここだよ。着替えとかは洗濯したヤツを後で持ってくるから。タオルとかも用意しておくね」


 二階の客室廊下から一階に降り、奥に向かった部屋が風呂になっていた。

 身体を適当に洗い流した後、湯船に浸かりながら今後どうするかを考えた。

 明日の朝、ここを出て行こう。僕がいると迷惑になる。

 ここは民宿であって病院ではないからだ。

 体調もある程度回復したみたいだし、この島を出た後に病院に向かう流れでいいだろう。


「着替えとタオル置いておくねー」

「ありがとう」


 どうして、見ず知らずの人間に対してここまで尽くしてくれるのだろうか。

 都会ならまずこんな事はありえない。

 何もかもが人任せなのだ。

 言い方を変えれば、自分一人で生きていく世界。

 僕はそんな世界で生きてきた、だから今の環境を信じられないでいる。

 幸せな世界だと思う。

 だけど、人に迷惑を掛けながら生きるのは間違いだ。

 もう一度自分の考えている事を具体化する。

 この島を出て、一人に戻ろう。

 旅を続けるも良し、諦めて家に帰るも良し。

 風呂からあがった後は結子さんが用意してくれた食事を取り部屋に戻った。

 真夏と佐田さんは既に姿は無かったが伝言として美穂から伝えられた事がある。

 『明日は屋敷にご招待する』との事。

 ……。



 翌日、美穂が部屋の扉をノックする前に起きていた。

 時刻は8時を過ぎた辺り。朝食をどうするかと言うことだった。

 もうすっかり体調は回復していたので頂くことにした。


「本当にご迷惑をお掛けしました。もう大丈夫です」

「大事に至らなくてよかったわ」

「もうなんともないの?」

「うん。ごめんね色々と」

「直人だって人間なんだからしょうがないでしょ。旅してて疲れたんでしょ、きっと」

「うん、多分」

「これからどうしますか? まだ直人さんは旅を続けられるのですか?」

「はい。今日この島を出ようと思います」

「えぇ!? まだ病み上がりなのに!?」

「確かに病み上がりだけどいつまでも迷惑を掛けられないよ。本当にヤバイと思ったら病院に行くつもりだし」

「別に迷惑じゃないよ!! もっとゆっくりして行きなよ!!」

「直人さんがそう言うなら止めはしませんが……」

「本当に御世話になりました。代金のお支払いですが、2泊3日分でよろしいですか?」

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