第19話 取り越し苦労
目覚めたのが
君で良かった
俺たちはリンに連れられて、組合の医務室に案内された
広い部屋で、白いシーツのベッドが並んでいる
そのうちの一つに、俺はミナを寝かせる
俺たちについてきていた猫は、ミナのベッドの横で丸まって眠りだした
イナクとナルは、その隣のベッドに腰かけた
すると、イナクは力尽きたようにベッドに倒れ込んだ
「イナク!」
ナルが心配してイナクの顔を覗き込む
「すごい汗…」
イナクは大量の汗をかいていた
明らかに様子がおかしい
そこで、俺も体が急に重くなった
手足がうまく動かない
これには覚えがあった
セバスの時と同じだ
リンは小さな壺を持ってきて、そこから角砂糖を取り出した
まず自分の口に入れる
それからイナクの方へ歩いてきて、彼の口に入れた
「ちょっと、イナクになに食べさせたの!?」
突然のことにナルがリンに食って掛かる
「薬です、すぐによくなります」
リンはそのまま俺の方にも来て、砂糖を口に入れた
すぐに体が楽になっていくのを感じた
「それは、セバスさんの?」
俺がそう尋ねると、リンは少し意外そうな顔をして言った
「そう、兵糧糖です。なぜあなたがセバスのことまで知っているのです?」
「セバスさんのお店で、その砂糖を買わせてもらってます」
少し間があった
「そうですか…これは軍用の補給品でもあります」
「他言しないほうが身のためですよ」
そう言われて、砂糖を買いに行った時のセバスを思い出した
だから過剰な反応をされたのか…俺はそう思った
「そうだ、ミナにも」
そう言った俺に、リンは小さく首を横に振る
「いいえ、ミナさんには不要です」
「彼女の魔力は、ほとんど減っていませんから」
イナクの様子が落ち着いてきた
それを確認して、ナルがリンの方へ歩み寄る
「あなた、リンだったわね。言いたいことが山ほどあるわ」
ナルの声は落ち着いているのに、怒りだけが滲んでいた
「なぜ、あんなことをしたの?」
リンは姿勢を正し、ナルに向き合って頭を下げた
「本当に、ごめんなさい」
素直に頭を下げるリンに、ナルは意外だったのか、少したじろいだ
リンは静かに説明を始めた
「ミナさんがこの建物に入った時から、彼女の魔力を感じていました」
「恐ろしいほど大きい。しかも、ある程度制御しているのが伝わってきました」
「直接お会いして、彼女は魔法の扉を、既に開けていると分かった」
「ならば、確かめる必要がありました」
ナルの表情が曇る
「あなたが言う扉っていうのは、今の私にも分かるよ」
「何かが開いたら、魔法の事を、最初から知ってたみたいになって」
「いまも、どんどん流れ込んでくる……このことでしょ?」
リンは静かにうなずいた
「そうです。魔法とは、人から教わるものではないのです」
「扉が開けば、自然と使えるようになります」
ナルは納得していない顔をする
「あなた、私の質問に答えてないよね」
「なんで、あんなことをする必要があったの?別に確かめなくて良いじゃない」
リンは少し間を置いた
次に口を開いた時、声の温度が落ちていた
「いいえ、そうはいきません」
「魔法の才がある者のなかには、扉を開くと人格が変質するものがいます」
「変質?」
「はい。別の人格と入れ替わる…との考え方もあるほど、変わってしまうのです」
「変わるって、どんなふうにかわるの?」
「極端に冷酷で残忍な人格に変質するのです」
「そしてそれは決まって、高い魔力素養を持つ者に発現します」
「扉に飲み込まれる、と呼ばれる現象です」
「特異な才を持つミナさんは、確実に、確かめておく必要があります」
リンの話を聞いて、ミナが俺に矢を放った時のことが頭をよぎる
人格が変わる…
あの時のミナを…俺はミナじゃないと感じた
俺は寝ているミナの顔を見る
祈るような気持ちで、彼女のまま、目を覚ましてくれと、ひそかに祈った
リンが続ける
「わたくしが見たところ、ナルさんは問題なさそうですね」
ナルが少しだけ身構えたのがわかった
「もし…人格が変わっていたら、あなたはどうするの?」
リンは淡々と答えた
「殺します」
俺とナルは身構えた…
ミナから、俺を守ってくれたのはナルだ
ナルも俺と同じ不安を持っている
リンは俺たちを見る
「お二人から見て、ミナさんはどうでしたか?おかしく感じたことはありませんか?」
俺は内心、少しだけほっとした
ミナが俺に矢を放ったのを、リンは見ていない
ナルがすぐに答える
「全然ない、あなたが、私たちに危害を加えたから、怒ってくれただけよ」
リンは淡々と続ける
「ですが、彼女の戦い方には驚きました、彼女は戦闘訓練を受けたことがあるのですか?」
ナルはどう答えた方がいいのか分からず、返答につまった
「そ、そんなの……」
そこにイナクが会話に入ってきた
「ある」
振り向くと、イナクが起き上がり、ベッドに腰かけていた
「イナク!もう大丈夫なの?」
ナルの問いに頷いて、イナクはリンに視線を移す
「ミナには昔、俺が戦い方を教えた。身を守れるように」
「あなたが?」
「そうだ、あんたの左頬に証拠があるだろ」
リンが自分の頬に手を近づけた
そこには大きなアザが残っていた
「その右ストレート、教えたのは俺だ、効いただろ」
リンは少し間をもってから答えた
「ええ、あれには驚かされました」
「魔法戦の最中に、素手で殴られたのは初めてです」
「う、う~ん」
その時、ミナが声をだした
視線が一斉にミナへ向く
俺は喉を鳴らした
変わっているのか…変わっていないのか
もしも、変わってしまっていたら、おそらくここで、また、戦いが起こる
かたずをのんで、見守っていると
ミナの目がゆっくりと開いた
それから、ゆっくりと上半身を起こして…
ドサ!
また寝た
「まだねむい~」
拍子抜けしたナルが笑い出す
イナクも小さく笑った
リンのため息が、静かに落ちた
「どうやら、取り越し苦労であったようですね」
リンが続ける
「ソラさん、もうしわけないのですが、ミナさんを起こして頂けますか?お話したいこともありますし、何時間もまっているわけにはいきません」
「わかった」
俺はミナを起こそうと、彼女の肩を持ってゆすった
「ミナ、起きて、ミナ」
すると、ミナの目がパチっと開く
覗き込むようにしてる俺と目が合った
ミナが少しの間、固まって動かない
「ミナ?」
「ちょっ、、ソラ!? なになに、だめ!だめだよ!だめって言われたじゃん」
すると、俺とミナとの間にナルがにゅっと入り込んで言った
「おはよう!」
「キャアア、ナル!」
驚いてミナは、ベッドから転落する
「まったく、心配して損した!」
ナルが腰に手をおいて、少し嬉しそうに言った
俺も内心ほっとしていた
ミナは変わってなんかいない、いつものミナだ
ベッドの下から、頭を出してミナが言う
「なんで私、こんなところで寝てるんだっけ・・」
すると、ベッドの下で寝ていた猫がベッドに飛び乗ってきた
猫はそのまま、ミナの頬にすりよって喉を鳴らす
「あら、かわいい!」
ミナはパッと明るい顔になる
「ミナさん」
すると、リンがミナに声をかけてゆっくりと頭を下げた
「手荒なことをして、ごめんなさい、謝罪します」
「あなた!」
ミナが身構える、それと同時に猫もリンに身構えた
それをナルが間に入って止めた
「ミナ!まって! なんか、リンにも事情があったみたい、後で説明するから」
リンは淡々と話しだす
「あなた方の実力は良くわかりました、私からも推薦を出しておきましょう」
「わたくしとしては、ミナさん、ナルさん、イナクさん、皆さまに国への士官をおすすめいたします」
ナルが驚く
「し、士官?!」
「はい、それだけの素養が、あなた方には十分にあります」
するとミナが前に出て言った
「私にはラピス・ギルドがあるから、士官なんかしないよ」
「私も!」
「俺もだ」
ナル、イナクがそれに続く
「そうですか、残念です。今後はギルドを通して、多くの依頼が行くようになるでしょう」
「あなた方の力を必要とする依頼は数多くあります」
「ほんとに!?」
「やったー!」
ナルとミナが声を上げる
リンは小さな薄い板を手に取り、皆へ差し出した。
番号が刻まれている。登録の証明だと分かる。
「あなたがたの登録証明カードです。なくさないように」
そしてリンは、少し微笑んで穏やかな声で言った
「あのようなことがありましたが、何かあれば私を訪ねてきなさい、力になります」
それを聞いてミナは少し複雑そうな顔をしたが
「ありがと」
そう答えて出口に向かって皆で歩き出した
出口へ向かう俺たちの足取りが軽くなっていく
本当にいろいろあった…
でも、3人とも合格、しかも凄い才能があったんだ
ついでに、ミナのスキルも隠したまま、登録することができた
結果オーライ!
なにもかも、うまくいったんだ
組合の外に出る、空はすっかり晴れて青空が広がっていた
「うーーーーん」
ミナが思いっきり背伸びする、足元には先ほどの猫が寄り添っている
「ね!ね!なにか美味しいもの買って帰ろうよ!お祝いしよう!」
ナルがまくしたてるように言う
すると珍しく、イナクからリクエストが出る
「俺たち3人への祝いだ、ソラが作れ」
「異世界の料理を食べてみたい」
俺はそのキーワードに反応した
「異世界の料理!?」
あのイナクからのリクエストだ…俺は応えたいと思った
「えーー!いいね!たべてみた~い」
「ソラ君、おねが~い、作って~」
二人も、キラキラとした目で俺に期待してくる……
これは…やらないわけにはいかない!
「俺に、任せろ!!」
俺は異世界の中心で、高らかに ”やすうけあい” した




