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第11話 回り始めた歯車

ソラを中心に

歯車が動き出す

ギルドの朝は、いつもより少し賑やかだった。

食堂には見慣れない顔が増えている。

その真ん中で、イナクが大鍋のふたを開けた。

湯気と一緒に、塩気のある匂いが広がる。

横にはパンが山のように積まれていた。

「まず食え。腹が減ってちゃ力が出ない」

イナクはそう言って、器にスープをよそい続ける。

ミナは皿を配りながら、名前を呼んで席を回っていた。

ナルは机に依頼書を並べ、地図の上を指でなぞっている。

「最初は製糸工場。次が東の倉庫街、最後が水車場。 この順で回れば…」

ミナが湯気の立つ器を両手で持ってきて、俺の前にそっと置いた。

「おはよー。よく眠れた?」

「うん、ぐっすり。ミナは?」

「いいなあ。私はだめ。ドキドキしちゃって…」

そう言って笑うミナの目の下には、うっすら影があった。

ミナがふとナルを見たので俺もつられて見る。

地図や依頼書を広げて真剣な表情だった。

「今日は、いよいよ皆で行くんだね」

俺が聞くと、ミナは胸を張った。

「そう、みんなでデビュー戦よ!」

するとイナクがこちらを見て「おう!」と短く返した。

俺はあらためて食堂を見回した。

ミナは点呼、ナルは段取り、イナクは食事。

三人とも同じ方向を向いて動き出している。

今日はラピス・ギルド総出で行く日なんだ。

温かいスープを口に入れると、体の奥からやる気が上がってくる。

食堂には、パンをちぎる音と短いやり取りが絶えず続いた。

食べ終わるころには、空気はひとつにまとまっていた。

ミナが立ち上がり、声を上げる。

「よし、行こう。今日は長いよ」

椅子が引かれ、足音が重なり、扉が次々に開く。

イナクが声を張った。

「交換班は俺についてこい」

ナルも声をあげた。

「記録班は私と行くよ~」


ギルドを出ると、朝の通りの空気が変わった。

俺の横にミナが並ぶ。

「今日は賑やかになるね」

「だな」

前回はミナと俺の二人だった。

今日はナルとイナクもいる。

さらに交換班三人、記録班二人。

前にも後ろにも仲間の足音が重なり、管の束がこすれる音や工具箱の金具が鳴る。

最初の依頼先、製糸工場の門では、警備員が俺たちを見るなり眉をひそめた。

大荷物を抱えた集団だ。警戒されるのも当然だった。

ミナが一歩前に出て依頼書を見せる。

短いやり取りのあと、門が開いた。

警備員の一人が俺たちの前に出て、今日の仕事場所へ案内する。

現場につくと、ナルは見取図を受け取り、すぐに広げた。

「点検班と交換班を分けて。作業区画を分けて順番にやるよ」

「まずは最初に、ソラ君がこの区画で交換箇所を見つけて、皆に交換をやって見せて」

「分かった」

俺はすぐに言われた区画へ目を向けた。すぐに幾つも赤い文字が見えた。

その中で数日の寿命のものを見つけ、イナクと交換班に俺がラムズの真似をして手順を説明しながら見せた。

ナルと記録班には、ミナが作業の流れに合わせて、どう確認して書けば良いか伝える。

特にイナクの眼は何一つ見逃さない覚悟を感じる位に真剣だった。

最初の1本の交換が終わり、確認液で泡が出ないことを確認し終えた俺はラムズのセリフを思い出し、念を押すように言った。

「手順は飛ばすなよ」

その言葉を聞いてイナクは真剣な表情で頷いた。

「次は俺にやらせてくれ。ソラ、作業を見てくれ、頼む」

俺は頷いて次の管を探すために目線を移した。

イナクの初めての交換作業は驚くほど手際が良かった。

丁寧で正確、1度見ただけとは到底思えない。

これが彼の料理が美味い理由なのかもしれない。

作業を終えたイナクは、レンチを置いて俺を見た。

「どうだ?」

「完璧だ」

イナクは俺の目を見て、それから珍しく笑った。

それを合図に、ほかの交換班も作業を始める。

ただ、最初からイナクみたいにはいかない。

締める順が前後したり、抜き弁を閉め忘れかけたりする。

俺とイナクが見守りながら、手順が違えば声を飛ばした。

「手順を覚えて守れ。そうすれば必ず上手くいく」

何度か繰り返すうちに、手つきが揃ってくる。

ナルと記録班も勝手が分かってきたようだ。

しばらくして作業の流れが安定すると、ミナが俺の隣に来た。

「次、見に行こ。見えるのは全部拾っていくよ」

俺が危険箇所を見つけ、ミナが記録し、寿命の短いものは記録班へ渡し今日の作業リストに入れる。

ナルは記録作業をしながら、見取図に印を入れて作業を誘導する。

イナクは交換班に指示を出し、監督しながら、次々と作業をこなす。

最初はばらついていた動きが、少しずつ同じリズムになっていった。

昼前には、寿命の短い管の交換がすべて終わった。

あわせて、まだ余裕のある管も、位置と残り期間を記録して、計画交換の一覧まで作れた。

ミナと俺で依頼主へ報告に行くと、相手は書類と現場を見比べて何度も頷いた。

「ここまで……ラムズから聞いていた以上だな」

報酬は金貨2枚の約束だったが、ここでも金貨1枚の上乗せがあった。

受け取った報酬袋の重みが、手のひらにずしりと乗る。

「また依頼させてもらうよ」

ラムズが言っていた「ツバをつける」というやつだろうか…と俺は思った。

製糸工場を出るころには、一団の空気が明るくなっていた。

「うまくいった」みんな、そんな顔をしていた。

次も、その次も、明日も明後日も、きっと上手くいく。

そんな希望が、荷物の重さを感じさせない。

工場を出ると、ナルがすぐ次の依頼書を開く。

「この流れなら、本当に今日、残り二件いけちゃうかも」

ミナが頷く。

「いこう!まだまだ沢山依頼が来てるんだから」

二件目、三件目は、最初よりずっと速かった。

最初の現場で叩き込んだ手順を繰り返す。

俺が拾って、ミナが記録し、ナルが流れを整え、イナクが交換班を締める。

作業の合間、俺はふと目を上げた。

みんなの顔が、生き生きとしていた。

汗をかいて、息も荒い。でも、目がキラキラしてみえる。

ミナもナルもイナクも、昨日まで、旧市街で同じように働いていた。

交換班と記録班の人たちも、きっと同じだろう。

一生懸命やっている、そんな姿を見てきた。

彼らの生き方が、急に変わったわけじゃない。

それなのに、今は別人みたいに、俺には見えている。

同じ汗なのに、報酬が違うだけで、人まで違って見える。

気づけば、俺は小さくつぶやいていた。

「なんで、こんなに違うんだ」

三件目の仕事がひと段落した頃、ふとミナの姿が見えなくなっていた。

「ミナは?」

「両替。今日の給金を支払えるように」

夕方には三件目の依頼を終え、今日は合計金貨九枚の報酬を貰った。

やり遂げた充実感が皆にあふれていた。


俺たちがギルドに戻ると、ミナはもう食堂の机の前に立っていた。

報酬は人数分、小さな袋に分けられ、きっちり並んでいる。

「じゃあ、今日の分、渡していくね」

ミナは名簿を見ながら、一人ずつ名前を呼んだ。

「ご苦労さま。助かったよ」

短くねぎらって、袋を手渡していく。

交換班も記録班も、受け取ると少し離れた場所で袋の口を開いた。

中を見た瞬間、みんな同じ顔になる。

目を見開き、言葉を失って、それから一気に声が弾けた。

「……え、こんなに?」

「今日一日で、これだけ貰えるのか」

「助かる……これで食わしてやれる」

「やっと…やっとだ…」

その輪の中では、夫婦らしき二人が、袋を握ったまま肩を寄せて泣いていた。

笑い声と、背中を叩き合う音があちこちで重なる。

食堂の空気は、希望で満ちていた。

ひとしきり落ち着いたころ、班員たちの視線が自然とひとりに集まる。

前に出てきたのは、さっき報酬袋を握ったまま、妻と肩を寄せて泣いていた男だった。

頬はこけ、首筋の骨まで浮いている。けれど目だけは、まっすぐ光っていた。

班員たちを代表するように、男は俺の前に立つ。

「ソラさん。今日の仕事、あんたが口を利いてくれたって聞いた」

男は一度息を継ぎ、言葉を選ぶように続けた。

「うちの子、ずっと具合が悪くて。教会の治療院で”血が薄い”って言われたんだ」

「肉とか、豆とか、滋養のあるもん食わせて、薬湯を続けりゃ良くなるって……でも、金がなくて、何もしてやれなかった」

隣で女房が小さくうなずいた。

男は報酬袋を胸の前で握りしめた。

「今日、夫婦で貰った金があれば、たくさん食わせてやれる。薬も買える」

「明日からも、俺たちを働かせてほしい。手順を守って、必ず役に立つ」

その言葉には覚悟が感じられた。

「それと…ソラさんには返しきれない恩ができた。あんたのためなら、俺は命だって張る」

「ここに居る連中は、たぶん俺と同じ気持ちだ」

そう言って、男は右手を差し出して握手を求めてきた。

俺はそれを握り返した。

彼の手はごつごつして固い。

水仕事で刻まれたひび割れ、めくれた皮。

指紋は擦り減って、ほとんどなかった。

ただ…その手は驚くほど力強く感じた。

俺は、彼の手を強く握り返した。

男が下がると、ミナは班員たちを見渡して、明るく言った。

「明日もお願いね。今日みたいに、みんなで頑張ろう」

ナルはうんうんと、何度も頷いている。

イナクは返ってきた工具を一本ずつ確かめ、短く言った。

「手順は今日と同じだ。忘れるな」

はっきり伝えてきたのは、さっきの痩せた男だけだ。

でも、この場の全員が同じ気持ちなのが、伝わってきた。


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