「君を愛することはない」と言われたので、そっくりそのまま言い返した件
まるで童話のような出会いだった。小鳥を追いかけて迷い込んだ森林で、帰り道を示してくれた、美しく優しい少年……。幼い私は運命的な出会いをした彼との結婚を、ずっと夢見てきた。
けれど、彼にとってその出会いは、ありふれた出会いだったのだ。
「俺が君を愛することはない」
「ほぁ?」
あの日恋をした心優しき彼との結婚に浮かれていた私は、間抜けな声を出してしまう。それもそのはず、結婚前夜なのだ。
目鼻立ちの整った端正な顔立ちに、宝石のような薄紫の瞳、陽の光に溶けてしまいそうな金髪は、まさしく童話の王子様のよう。
そんな大好きな彼と私は、最後の独身生活ということで、寝室で酒を酌み交わし語らっていた最中だった。
「ル、ルカ様……どうしてそのようなことを仰るのですか……?」
「やめてくれ、エリスティア。君に愛称で呼ぶことを許可した覚えはない」
「えぇ……? ですが、明日には夫婦になるのに……」
幼い頃に恋をした優しい笑顔は見る影もなく、私を睨みつけている。婚約期間中も、酒を酌み交わしているときも、なぜだか仏頂面をしていたけれど、ここまで敵意を向けられるのは初めてのことだ。
「そもそも、君が俺との結婚を望んでいると聞いた時点で、君の企みには気付いていた」
「た、企みですか?」
彼との新婚生活うふふ……なんて考えていた、私の妄想のことだろうか。
「バーント侯爵から公爵家に縁談を持ちかけることで、繋がりを得ようとしたんだろう?」
「繋がり? 何のですか?」
「君の父君、バーント侯爵は父が力を入れている鉄道開発に興味があったらしいじゃないか。俺との縁談を利用して、主要開発者である父に取り入ろうとしたんじゃないか?」
私の父は確かにルカ様の言うように、カリオット公爵閣下が力を入れる、鉄道開発事業に興味を持っていた。そして私と彼の縁談を機に、公爵閣下と親睦を深め、事業に加わることとなったらしい。
しかし、それはあくまでも父と公爵閣下のことだ。私はただ、恋する人と結ばれたかったから、父に縁談を持ちかけるよう頼み込んだだけ。
「ルカ様……いえ、ルカリオン様。私はそのような企みであなたとの結婚を望んだわけではありません」
「君の言葉は信用できないな。たった一度会っただけの男に惚れたという嘘を、わざとらしく社交界中に言いふらすような女だ」
「嘘なんかじゃなく、その……友人との恋の話に熱が入ってしまい、思わず声量が上がって、気付いたら社交界中に広がってしまっていただけで……」
恥ずかしくて下を向くと、ルカ様は言い訳のように感じたらしく、フンッと鼻を鳴らした。
「君のような女は少なくない。運命の出会いだとか一目惚れだとか言って近付いて、裏を返せば見栄や欲のために俺を利用しようとしていた、という女は今までに何人も出会ってきた。だが、このように姑息な手で結婚までたどり着いた女は君だけだ」
褒められているのか貶されているのか、判断できず首を傾げる。ルカ様は心の底から不快そうに舌打ちすると、酒を飲み干したグラスを置いて立ち上がった。
「とにかく、俺は君を愛さない。君に次期公爵夫人としての立場を弁えない行動があったら、離縁も辞さないつもりだ」
「り、離縁なんて、そんなっ……!」
「分かったら、権力や立場を振りかざしたりせず、大人しくするんだな」
「お待ちください、ルカリオン様……!」
バタン、と強く扉が閉められ、私は寝室で一人きりになった。彼の女性への偏見は相当なもののようで、この結婚は彼にとって憂鬱なものだったのだと嫌でも理解できる。ただ結婚を楽しみにしていた私にとって、その現実はひどく胸を締め付けた。
それでも私は、幼少の頃から募らせた恋心を簡単に諦めることができず、結婚後も彼に振り向いてもらえるよう手を尽くした。
どんなに冷たくあしらわれようと常に笑顔で接し、何度も愛を伝え、彼が体調を崩したときは寝ずの看病をした。いつか公爵夫人になるときのために勉強にも励み、彼に認められようと必死だった。
けれど、彼の態度は大きく変わらなかった。
ただでさえ合わなかった目は、あからさまに逸らされるようになり、話してくれるようになったかと思えば、男の使用人と接しただけでまた無視される。変わったように見えた瞬間、元の態度に戻される日々に、私の心は折れかけていた。
そんなあるとき、私は新たな出会いを果たしたのだ。
「レディ、落ち込んだ顔は似合いませんよ」
「……ネイヤード様?」
屋敷の庭園で寂しく花々を見つめる私に声をかけてくれたのは、ザイリー子爵家の令息、ネイヤード様。彼もまた、ルカ様と競うほどの美男子だ。
爽やかでいつも穏やかな笑みを浮かべる好青年な彼は、無愛想なルカ様より少しだけ人気度が高いらしい。彼とは幼少の頃、何度か話をしたことがある。
「どうしてネイヤード様が我が家に?」
「カリオット公爵閣下の事業に興味があって、父と話を聞きに来たんです」
「まぁ……みなさん、やはり考えることは同じですのね……」
「とても未来ある事業だと思いますので」
隣に立ったネイヤード様は、私の側仕えである使用人に日傘を渡すよう頼んだ。
「レディ、ガゼボまでエスコートをしても?」
「……ええ、もちろん」
紳士的な彼に微笑みを返すと、彼はあたたかく目を細める。
「一途な想いを実らせた女性、と巷では有名ですが、どうやら悩みがあるようですね」
「……私の噂がもう広がっているんですか?」
「心配なさらなくとも、悪い噂ではありませんよ。恋に夢見る令嬢たちの憧れとして、話題に上がるようです」
「そう、ですか……」
実際はそんなにいいものじゃない。憧れられるような、順風満帆な日々を送ってはいないのだから。
「もしよろしければ、悩みをお聞かせくださいませんか?」
「……家庭のことですもの。そう簡単にはお話できませんわ」
「それもそうですね。では、貴女が悩みを忘れられるような話をします」
「え?」
てっきり掘り下げてくるかと思ったのに、ネイヤード様はあっさりと話を切り替えた。
「とあるところにネイヤードという少年がいました。少年は純粋で美しい少女に恋をしましたが、少女にはすでに想い人がいます。めげずに何度もアプローチをする少年でしたが、少女は全く靡きません。少女のことを諦める決意をした少年でしたが、少女は歳をとるにつれてますます美しくなりました。結局、少女が大人になり結婚しても諦められなかった少年は、いけないことだと分かっていながら、彼女に会いに行くのでした……」
ネイヤード様は、困ったように眉を下げて私を見つめる。
「そのお話……ネイヤード様のことですよね……? その少女って……」
「口にしなくて構いません。初恋を拗らせた不憫な男の話ですから」
彼の自虐であろう言葉に、胸が痛む。初恋を拗らせた不憫な者とは、私のことでもあったから……。
アプローチをされた記憶もなく、なんと言っていいか分からず黙っていると、ガゼボにたどり着いた。丁寧に日傘をたたんだネイヤード様は、目を伏せる私に優しく語りかける。
「すみません、貴女を困らせるつもりはありませんでした。ただ、一途に恋をしてきた貴女が悲しげにしている姿が耐えられず……」
「……いいえ、お気遣いありがとうございます。ネイヤード様の心配りは伝わりましたわ」
「それならよかったです」
この日から、彼は公爵家を訪ねる度、私に会いに来てくれるようになった。ネイヤード様と過ごす少しの時間は、ルカ様への恋心で浮き沈みの激しい日々を、穏やかなものに変えてくれる。薄らと感じる彼の好意は、心を手に入れたいという自分本意なものではなく、私の幸福を願ったものだった。だからだろうか、私は次第に自分の恋心に折り合いを付けることができたのだ。
思えば、ルカ様の気持ちも考えず、欲のまま一人で突っ走ってしまった私が悪いのだ。女性に対しての偏見が強いルカ様に、その偏見を拭うほどの何かをしたことはあっただろうか?
婚約期間、私は自分の恋心を優先するばかりで結婚を押し進め、ルカ様との交流を怠ってきたような気がする。だから彼は、私に何か企みがあるのだと感じたのだろう。
そう考えたら、自分の全ての行いが醜く思えた。結婚する前に、もっとルカ様の気持ちを考えるべきだった。数多の女性から、純粋なばかりでない好意を向けられる彼の心境は、きっと私には計り知れない。
いつしか、私は罪悪感からルカ様と距離を置くようになった。申し訳なさと恥ずかしさが相まって、合わす顔がなくなってしまったのだ。
そんな私の態度の変化にいち早く気が付いたルカ様は、とある日の深夜、ずっと私一人で使用していた夫婦の寝室を訪ねてきた。
唐突な出来事に、目を逸らしたまま中へ招くと、苛立ちの込められたルカ様の声が私に問いかける。
「なぜ急に態度を変えた。不満があるなら言えばいいだろう」
「いえ……不満なんて……」
俯く私を、ルカ様の鋭い瞳は逃がさない。
「不満がないなら、なぜ笑わない? 君はどんなときでも笑顔だっただろう」
「…………」
自分の行いを振り返って、今さら罪悪感が芽生えたから、だなんて到底言えない。結婚までしておいて何を言っているんだ、と思われるのが目に見えている。しかし、どんなに遅くとも、きちんと謝罪はすべきだと感じた。
「ごめんなさい、ルカリオン様……」
「何がだ」
「……今までのこと、全てです」
「いったい何を言っている?」
距離を詰めてくるルカ様からあえて離れた私は、せめてもの贖罪として、彼がずっと望んでいたであろう言葉を告げた。
「もう、あなたを愛さないと誓います。今まで迷惑をかけてすみませんでした」
「――は?」
「今後、私があなたを愛することはありません。ですから、どうか私のことはお気になさらず、ルカリオン様はご自由にお過ごしください。離縁も、ルカリオン様が望むならすぐに受け入れます」
本当は、こんなことを告げたくはない。けれど自分勝手な恋心ではなく、彼の気持ちを尊重したい。
そう考えての言葉だったが、ルカ様はなぜか呆然としている。
そして、そのまま彼は気絶した。力なく地面へ倒れ込むルカ様に、私は慌てて駆け寄る。
「ルカ様!?」
名を呼びかけると、彼は譫言のように「自業自得、ということ、か……?」と呟いた。
言葉の意味も分からないし、どうしたものかと混乱した私は、彼が目覚めるまでその場でアワアワと名を呼び続けるしかできなかった。
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