一輪の出会い
恋は花と同じだと思っていた。ちゃんと成長の過程がある。
種に水をやり、光を浴びせ、栄養を与える。そうしてようやく、一輪の花が咲き、恋が始まる。
だから俺は、まずは種を探すところから始まるんだと信じていた。
――その考えを壊したのは、ある日のことだった。
目の前に、咲いている一輪の花があった。
鮮やかに、眩しいほどに。
気づけば俺は、その花に一目惚れしていた。
◇
その花に出会ったのは、高一のときだった。
花の名前は、神谷 世良――でも、当時はまだ名前さえ知らなかった。
選択科目の美術の授業が一緒になっただけで、クラスは違ったし、話すこともなかった。
そもそも俺は、人にあまり興味がなかったのだ。
世良がいることを知ったのも、3月――美術の最後の授業のときだった。
最後の授業は作品の鑑賞だった。
それぞれの作品を机に並べ、互いに感想を書き合う。
席を立ち、教室を歩き回る生徒たちは、みんな楽しそうに笑い合っていた。
けれど俺は、足早に見て回りみんなより少し早く終わって自分の席についた。
机に肘をつきながら、みんなが感想を書き終えるのを待っていたときだ。
最後に俺の作品の前に立ったのが、神谷 世良だった。
ペンを走らせたあと、ふいに顔を上げ、こちらに向かって微笑んだ。
「これ、すごいね」
ほんの一言だった。
けれど、その声に、不思議と心が掴まれた。
この人のことを知りたい、そう思った。
――それを恋だとは、まだ気づいていなかった。
◇
四月、新学期、クラス替え。
教室に張り出された名簿に目を走らせる。
そこには神谷 世良の名前があった。
胸の奥が、わずかに跳ねた。
それを他の人に悟られないよう、ドアの前で深呼吸をしてから教室に入った。
教室に入り、自分の席に座る。
ふと、前の方――斜め前あたりを見渡すと、世良が座っていた。
俺は、斜め前の世良をじっと見つめていた。
「何見てんだよ」
声が聞こえて、ハッと我に返る。
中学のときからの友達の佐藤だった。
佐藤は俺が素を出せる数少ない存在だ。
「神谷のこと見てるの? 仲良かったっけ」
「いや……話したことない。選択授業で一緒になっただけ」
佐藤は不思議そうに俺を見た。
けれど、佐藤は何事もなかったかのように、話し始めた。
佐藤のくだらない話を、受け流すように聞いていると、
「去年、神谷と同じクラスだったし、俺結構仲良いぜ。何か聞きたいことあるんだったら、聞いてこようか」
佐藤が思い出したかのように、いきなり口を開いた。
俺は思わず慌ててしまう。
「別になんもないって。神谷とは話したこともないんだから」
つい声が少し大きくなってしまった。
それに、世良が気づいたみたいだった。
「俺がどうかした?」
世良が俺の隣に来た。
「こいつがさっき、神谷のこと見てたからさ」
佐藤の口の軽さに心底苛立ちながらも、世良への緊張がそれをかき消す。
「いや、去年美術一緒だったから」
俺は言い訳するみたいに、早口で言った。
世良はじっと俺を見つめ、柔らかい笑顔を向けてくれる。
「成田くんだよね。あの絵、俺好きだよ」
“好き”という言葉の向かう先は絵のはずなのに、自分に言われたみたいで心臓が早くなる。
「成田、なんか照れてるね」
気の利かない佐藤の口を抑えつつ、世良と会話する機会をくれたことに、少し感謝していた。
気づけば、俺の恋は静かに、でも確かに動き始めていた。