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隣のカフェの王子様

雨が毎日続いた。隣のカフェが潰れた。

仕立て屋の店を切り盛りしている私も身につまされる。

私の日々の楽しみだったカフェランチがもう楽しめない。

自分の店の将来を暗示するようで、すごく悲しくなった。


やがて、カフェの建物は改築されていった。

改装が終わるとその建物は、またカフェだった。

いつ開店がはじまるのだろうとドキドキしながら、仕事がまた少しだけ楽しくなった。


久々の晴の日。心弾む朝に、今日は朝早くからお客さんがきた。

物腰がとても柔らかく優雅な物腰をした若い男性だ。

彼は店内を見ると明るい声で話しかけてくれた。


「へぇ、仕立て屋さんだ」

「いらっしゃいませ」

「おはようございます。ここは洋服をつくってくれるところですよね?」


彼の蒼い瞳は好奇心旺盛に私を食い入るように見つめてくる。

まっすぐな素直な眼差し、それでいてキツくないどこか笑ったような瞳をしている。

髪の毛は明るい金色でやや短く整っていてサラサラとしていた。

職業柄洋服をみる。オーダーメイドの、しかもかなり腕のいい仕立て屋がつくったもののようだった。

商売敵としていい腕をしていることを認めざる得なかった。

でも、負けるわけにはいかない。


「はい、そうですよ? お洋服お好きなんですね。着ていらっしゃる洋服、素敵です」

「王都であしらったもので。曽祖父の代からお世話になっている仕立て屋さんの作品でもあるんです」

「いい腕をしている職人さんですね」

「はい、そう思います。でも、今回はここに頼みます」

「ありがとうございます。お品はどんなものがいいでしょうか」

「喫茶店の制服をつくってもらいたいのです。実は隣でカフェをやるつもりで」


隣ね。なるほど、彼はきっとお付き合いのつもりで発注してくれるのだな、と思った。

腕の見せどころ。王都の職人にも負けないものを絶対につくるんだ。


「隣の喫茶店の店主さんですか?」

「はい、申し遅れました。私、セドリックと申します。セドって短くよんでください」

「私はエレンって言います。よろしくセド。開店したらカフェにお邪魔しますね」

「本当ですか! うれしいなぁ」

とセドはニコニコしている。そして、とんでもないことを言い始めた。

「悪い気はしないなぁ。制服の予算なんですけど金貨100枚でいいですか? 足りなかったら言ってください。余ったらチップだとおもっていただいて大丈夫です」

「えぇえええ。多すぎますよぉ10枚あれば全然足りますから!」

「そう、ですかね?」

「そうですよ」

あれ、この人ひょっとして金銭感覚おかしい? と気付いた。

「すいません。ちょっとわかってなくて。でも低い金額言ったら、失礼かなとおもって」

「なるほどね。大丈夫です、余分にお金はいただきませんよ」

「それでは採寸お願いしていいですか?」

「はい、では早速サイズを取らせていただきますね」

そう言って私はいつもすぐに取り出せるようにしている愛用の巻き尺を取り出す。

テキパキと測るつもりだったんだけど、彼の洋服に王家の紋章が刺繍されていることに気づいた。

「あ、あれぇえ?」

「どうされましたか?」

「そのぉ、これ王家の紋章ですよね」

「はい王子ですから」

「え? セドさんは王子なんです?」

「なんてね? 冗談よしてくださいよ。普通の一般人です。王室の方とは仲良くしてます、これは、まぁ実はお下がりですね」

「なるほど、いい品なわけです」

「はい、王都では、貴族の方がよくいらっしゃるカフェを経営してました」

「でもセドさんって、なんか王子っぽいですね。物腰も柔らかいし優雅です。そうだ、これからはセド王子って呼ばせてください」

「そのぉ、そう呼ばれるのはちょっと恥ずかしいと言うか」

「あ、照れている。かわいい! セド王子!」

さっきまで、まっすぐ私の瞳を見つめていた蒼い瞳はかすかに揺らぎ、セド王子は顔をうつむきがちにそらした。

ちょっとからかってみたら、これはなかなかに、からかいがいがある青年だ。

「や、やめてくださいよぉ」

「ねぇ、セド王子?」

「もう、なんです?」

「王子は婚約者とかいらっしゃるんですよね! 貴族の方って幼いころに結婚相手決められるって聞いてます。庶民からみるとドキドキです」

「い、いるけど。あいつとは結婚する気ないし」

「えぇ? いるの?」

「うん。悪いやつじゃないけど、ちょっと妄想が激しい娘で。小説書いていて理想の王子様のね。その小説の架空の人物が婿だって言い切っている。婚約は20歳までに破棄するって宣言してて」

「ふーん」

なんだ、ちょっと残念だ。かわいい男の子だなって思ったけど、相手がいるんだ。

確かめた私はバカだ。自分でもわかるぐらい声が沈んでいた。

でも、ちょっと良いなって思ってしまったんだ、初対面のただのお客さんなのに。

「え、ええと。王子って呼ばれるのはいいけど。そいつがそのぉ小説の理想の王子の話ばかりするもんだから、ちょっと引っかかって。うーん、そうしたら」

「そうしたら? まさか婚約解消するわけにもいかないでしょ?」

「よし決めた。エレン、あいつとは婚約解消するから僕と結婚して欲しい」

「あ?」

「ええと、プロポーズしているつもりなんだけどなぁ」

「んん? 本気? へぇ……私を口説いちゃっていいの?」

さっきまで自分がからかっていたことを棚にあげて聞く私。からかわれているよなぁ、絶対に。

重い気持ちは戻りそうもなかった。

「ああぁあああ、ええとすいません。君があまりに王子っていうから。お返しだよ」

「ごめんなさい。王子やめましょうか」

「いや、いいよセド王子で。その代わり条件がひとつある」

「なにかしら?」

「きみがセド王子って呼ぶたびに、おれは君に求愛する」

おかしな人。でも冗談でもここまで言われると悪い気はしなかった。

「ふふふふふ、なによ、それ?」

「おあいこだろ」

「まぁ、良いけど。許してあげる。かわいいから。セド王子って子供みたい」

「かわいいっていうなら、君のほうが何倍も、かわいいと思うのです」

「あら、なにそれ?」

「求愛しているのです」

「あーなるほどねぇ。いいよ、じゃ、その条件でいい」

「王子つけなければ、やめてあげる」

「つけるよ。ふふふ、セド王子は口だけで何もしてこないでしょ?」

そう明言すると。王子はまた目をそらした。

「あ、なに目をそらしてるの? セド王子!」

「いいじゃん、エレンが可愛すぎるんだよ」

「がんばるねぇ、セド王子」

とその時だ、セドは私の胸にまるで優雅に踊るかのように飛び込んで、わたしの唇を奪った。

「あぁぁああ、あのぉ」

「驚いた?」

「ちょっとぉ、返してよ私のファーストキス」

「なぁ」

「なによ、セド王子」

「もう一回キスしたら、キスを返したことになるのかなぁ」

「ちょっとぉ」

「採寸続けて欲しい」

「あ、ごめん。王子って呼ぶのやめるね? 怒っている?」

「怒ってないよ、ただ嬉しいだけだよ」

「え?」

「王都にいたときは、こういう何気ない会話はなかったら」

「どうして?」

「あ、いいんだ。こっちのことだから。セド王子ってよんでくれて大丈夫」

「いまからでも、やめるよ」

「やめなくていい。でも僕も求愛はやめない」

「うん、いいよ。採寸するね」

平静を装いながらも心臓がトクントクンと脈を早く打つのを感じる。テキパキと採寸ができなくなってしまった。セド王子の体を触れるたび、どうしたって意識してしまう。

彼の側にたつと自分が動揺しているのが知られてしまうような気がして、喋らずにはいられなかった。

「王子って引き締まった体しているね。スタイルが良くて羨ましい」

男の人の体って筋肉質だな。王子の腰は細く見えたが採寸してみるとそんなことはなかった。

肩幅が広い。だから、そう感じるんだなぁ。

ドキドキした。またキスをしてくれないだろうか? 

採寸はテキパキできなかった。でも、あっという間に終わってしまった、気がした。気まずい。

「悪いことしたと思っている。もう一回キスしてくれても……いいんだよ。なんてね?」

あまりの重い空気にそう切り出す。

「なぁ、お返しに僕も君を採寸していいかな?」

「え? そのぉ。そんなんで許してくれるの?」

そう言葉を返した瞬間、王子は私の胸に触れて

「ちょっと採寸させてもらうね。なかなかスタイルいいよな。胸囲はそこそこありそうだ」

と場の空気を読まない発言をした。それで王子の手は止まらず、なんと私の胸を優しく揉んだ。

「しかも弾力性があって柔らかい。いい形しているし、きっとキレイなんだろうな。見てみたい」

「バカ! 変な想像しないでよ、セド王子。サイズだけ測ってよ」

「もっと求愛していいって言ったから、な?」

「……ふーん。そうきますか」

「遠慮しないでいくからな」

「なによ、セド王子」

「言ったな」

うっ、また何かされるかも? 慌てて身を引く私。

「ちょっちょっと、近づくな」

「警戒するなって、アイコだろ」

「エッチ」

「本気で恋をささやくとき、男はどうしてもそうなる」

「雰囲気ない。それに、ロマンチックじゃない」

「わかった、次からロマンス要素入れてみるよ。花束でも用意してくる」

「もう、喋らないでくれればもうちょっといい雰囲気なのに!」

そんなやりとりをしているうちに、私の機嫌はいつまにか戻っていた。変なの。

なんか気が抜けてしまったのかもしれない。


「開店はいつ頃なんですか?」

「まだまだ先だよ? 建物ができただけで3ヶ月以上はかかると思う」

「そうですか、なら十分間に合うと思います。キチンと作りたいから2ヶ月ほしいなぁって」

「楽しみにしているよ」

「時々進捗を報告しますね」

「うん、ありがとう。それじゃエレン、またな」


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