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第8話 セカンド・キス

 そういうわけで、無事に神楽坂家の家事代行バイトとして認められた俺は、放課後になると毎日のように神楽坂邸へ赴くこととなっていた。

 でもまあ、やることはいつも同じだ。

 家の掃除をして、外の花に水をやって、溜まった洗濯物を洗濯機・乾燥機にかけて、夕飯を作る。それが毎日のルーティンと化していた。


「三崎くん……今日こそは、あなたのことを満足させるから」


 そして、神楽坂の自室でなぜかベッドに押し倒されることも、ルーティンの一部となっていた。非常に不本意ではあるのだが。


「……神楽坂、何回言ったらわかる? そんな馬鹿げたこと、しなくていいから。俺は正当な仕事で、お前のお父さんからお給料をもらうことになってるからさ」


 なるべく肌に触れないように気を遣いつつ、さりげなく神楽坂の体を押し返す。最初は少なからずドギマギとしていた俺も、こう毎日のように押し倒されると、だんだん耐性がついてきて、あまり驚かなくなってきた。というかむしろ、呆れている。

 こいつ、常識バグりすぎ。


「でも……私たちはもうキスをした仲なのよ」

「だから、あれは事故で……」

「あなたは私の未来の旦那様なんだもの。旦那様を満足させられない妻は、捨てられても仕方ないわ……」

「いや、捨てるも何も、結婚してないし、何なら付き合ってもないからな?!」


 こいつと日々を過ごしていると、家事のスキルよりも、どちらかというとツッコミのスキルの方が上がりそうだ。

 世間知らずなお嬢様の相手は、こんなにも疲れるものだったのか……。

 箱入りだとは思っていたが、まさか「初めてキスをした人とは絶対に結婚しなければならない」なんて、ぶっ飛んだ知識を一般常識だと思い込んでいるとは……。


「でも、旦那様に捨てられる妻ほど、惨めなものはないわ」

「だから、捨てるっていうかそもそも……」

「どうしたら、三崎くんは私を意識してくれる……?」


 言いながら、自分の肩のあたりにあった俺の手をきゅっと握り、神楽坂は潤んだ瞳で俺を見つめる。


「うっ……」


 そんな目をされると、弱い。涙目でこっちを見ないでくれ。

 古今東西、男は女の涙に弱い生き物なのだ。

 そうでなくとも、ただでさえこいつは、顔だけは、顔だけは本当に良い。内面的なところでは欠点だらけだが、容姿に関してだけは非の打ちどころがないのだ。

 「姫巫女様」と呼ばれる所以にもなっている長い黒髪が、ふわふわと俺の頬を掠める。

 目の前にいるのは――誰が見ても美少女だと認めるであろう端正な顔立ちと、制服越しでもわかる、完成され尽くしたスタイルを兼ね備えた女子。

 普通の男子が今の俺を見たら、血涙を流して悔しがることだろう。

 だけど、俺はこいつの内面を知ってしまっているからか、無条件に「素敵です! 姫巫女様!」と、彼女を受け入れることはできないのだ。


「あの……さ、さっきから旦那様とか妻とかって。俺たちまだ高校生だろ」

「そうだけど、でも、将来的には……」

「将来のことはわからないけど、まずは友達からってのはダメなワケ?」


 友達、というワードを聞いた神楽坂は、予想外だったのか、目をぱちくりさせていた。

 そして、「友達、友達ねえ……」と、俺の言葉を反芻する。


「でも、友達とはキスしないでしょう」

「まあ、そうだけど……」

「やっぱり、三崎くんのことを満足させて関係を進展させるには、体で……」

「いや、だからおかしいから!!」


 抵抗する俺に対し、お構いなしに顔を近づけてくる神楽坂。

 一応相手は女の子だし、無理矢理引き剥がすわけにもいかず……せめて出来る限り顔を逸らしてみたのだが、ぴと、と神楽坂の細い指先が俺の両頬を包む。

 そうしてそのまま、強制的に神楽坂の方を向かされた。


「……あ、あんまり見るなよ」

「三崎くんも、少し、顔が赤くなってる」

「う、うるせえ……」

「あなたも、ドキドキしてくれてる?」

「そ、そりゃ……するだろ、ちょっとはさ……」


 こんな至近距離で、女子と見つめ合った経験なんかない。

 どう対処したらいいのか、見当もつかない状態だ。確かに、「ベッドに押し倒される」こと自体には慣れてきたが……こんな美少女に間近でじっと見つめられたら、照れない男がいるかっつー話だ。

 いたらたぶんそいつは、アレだ、たぶんソッチ系の趣味のヤツだ。


「ふふ。かわいい。私の未来の旦那様……」


 神楽坂はうっとりとしてそう言うと、そのまま更に顔を寄せ、俺の唇に自身の唇を重ねた。


「んっ……」

「ん、! う……」


 先日の事故チューの時と違い、あろうことか、ぬるりとした舌の感触が伝わってくる。

 こ、こいつ……!!!


「おい! やめろって……ッ」


 当然、俺にこんな深いキスの経験はない。頭の中は白くもやがかかったようにぼやけてきて、情けないことにうまく力も入らなかった。


「……ッ、一度目はさ、仕方ねえよ。俺だって悪かったし。でも、二度目はないだろ!」


 やっと離れた唇を拭いながら、俺は思わず抗議する。

 しかし、神楽坂は何食わぬ顔でこう言い放った。


「あら、一度してしまったら、二度も三度も同じでしょう」


 いや、お前の恋愛観、どう考えてもおかしいよ!

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