第5話 突然のプロポーズ
「あッ、す、すまん!!」
ハッと我に返り、俺は慌てて身を起こす。
う、嘘だよな……俺、今、神楽坂と……キス、したのか?
「……な、な、な、~~~~~っ!!」
気まずくて視線を逸らしてしまったが、神楽坂は未だ床に倒れたまま、声にならない悲鳴を上げている。そりゃあそうだ。まったくもって正常な反応だ。どうしよう。どうフォローすればいい。
俺は懸命に頭を働かせたが、こんな時の最適解なんて出てきやしなかった。
こうなったら、真摯に謝罪するほかない。
「ご、ごめん。本当に。あの、信じてもらえないかもしれないけど、わざととかではないから! 絶対に! 誓って違うから!」
俺は頭を下げて、必死に弁明した。
男への偏見にまみれたこいつのことだから、こんなありえないハプニング、絶対によくない方向に解釈するに決まってる。というか、今回に関してはそういうふうに思われても仕方がないけど……なるべく最悪の展開は避けたいと、とにかく俺は平謝りになった。
「……あ、……わ、私たち……したの? き、ききき……きす?」
ああ、だめだ、神楽坂はパニックで、魚のように口をパクパクさせることしかできない。
「……う、えっと……でも、今のは事故っていうか。ハプニング? アクシデント? そういうやつだから、ちゃんとしたキ……ではないっていうか。カウントはうん、されないと思う! ノーカン! ノーカンで!」
女の子にとって、ファーストキスというやつは重要だ。誰と、どんなシチュエーションで、どんなふうに初めてを済ませるか……そういったことに、年頃の女子はきっとかなり重きを置いている。
いや、神楽坂にとってこれがファーストキスなのかどうかは知らないが、箱入りっぷりから見て、たぶん、そうだろう。だとしたら、これをファーストキスとしてカウントしたくないはずだ。
俺は必死にノーカンノーカンと連呼し、どうにか神楽坂を宥めようと努めた。
「……そう。しちゃったのね、三崎くんと、キス」
しかし、予想に反して、神楽坂は急に落ち着きを取り戻す。
(……あれ?)
おかしい。
今までの神楽坂なら、きっと「破廉恥! 不潔! こんなの死刑だわ!」とかなんとか、甲高い声で叫びながら、語彙の限りを尽くして俺を罵倒してくるに違いないと思ったのに。
「……三崎くん」
「は、はい」
名前を呼ばれ、俺は肩を跳ねさせる。
何を言われるのだろう。おそらく、もう二度と自分に顔を見せるなとか、そういった類だろう。とにもかくにも、このバイトは初日にしてクビ確定だ。
ああどうしよう、親父になんて説明しよう。後輩さんにも、もし真実が知れたとしたら、娘になんてことをしてくれたんだと、軽蔑されるに違いない――。
しかし、神楽坂の口から飛び出した言葉は、俺の想像の範疇をはるかに越えていた。
「私と……結婚してください」