第4話 ファースト・キス
そうしてなんとか、リビングで話の続きをすることに成功した俺は、洒落たダイニングテーブルで神楽坂と向かい合っていた。
「……それで? 本当にウチで家事手伝いをするつもりなの?」
「まあ、そうだ」
「あなたなんかが、福本さんの代わりになれると思えないのだけれど」
福本さん、というのは、恐らく最近辞めてしまった前の家政婦さんのことだろう。
「まあ、前の人がどうだったかは知らないけどさ。一般的な家事くらいは俺にだって出来るし」
「ふうん……」
神楽坂は、不満げに口を尖らせる。そりゃあ、前の家政婦さんが辞めてしまったからといって、いきなり同い年の男が後釜としてやって来たら、そんな反応になるのも仕方がないが。
アルバイトとはいえ、一応、お給料をもらって働くことになるわけだから、俺としては、あまり私情は持ち込みたくはなかった。
「まあ、また今度詳しいことはお父さんと話してみるけど、放課後に軽く掃除したり、夕飯作ったりして、あとは帰るだけだから」
「……むう」
神楽坂のほうは、依然として納得はしていないようだが、お父さんが決めたことに口出しはできないと思っているのか、先程よりはすこし落ち着いた様子で話しを聞いてくれている。
「まあ、そんなとこかな。どうしようか、今日は挨拶だけだから、特に指示をされたわけじゃないけど、せっかく来たし掃除でもして行こうか?」
「……お構いなく」
「遠慮するなよ。それとも何、もしかして神楽坂、結構片付けとか苦手だったりする? 汚い部屋を見られるのが恥ずかしい、とか」
「はあっ?! そんなわけないでしょう! 失礼なことを言わないで!」
いや、今日に限っては、失礼なことを言っているのはどちらかというとお前のほうだけど。
心の中で反論しつつ、俺は席を立つ。
「……っ、やっぱり嫌! いくらお父さんの判断だとしても、あなたなんかが福本さんの代わりなんて認めない!」
するとその瞬間、堪忍袋の緒が切れたように、神楽坂が握り締めた拳をテーブルに叩きつけた。
「……ずいぶんその、福本さんって人に懐いてたみたいだな」
「それは、……ウチはお父さんだけじゃなくて、お母さんも仕事で忙しくて、あまり家に帰って来れないから……」
「忙しい両親に代わって、色々世話を焼いてくれていた、ってことか」
コクリと、神楽坂が小さく頷く。
普段の彼女はクールで高飛車なので、無条件に他人に懐くようなタイプだとは到底思えない。その神楽坂がここまで信頼を寄せるなんて、その福本さんって人は、相当な手練れだな。家事能力の高さはもちろん、包容力マックスの、スーパー家政婦さんだったとみた。
「……福本さんは、長く勤めてくれていて。両親とも仲良くやっていたから……」
「あ、じゃあもしかして、ここに飾ってある写真って、ご両親とその福本さん?」
ふと視線をずらすと、ダイニングボードの上に飾ってある写真立てに目がいく。
仲睦まじい家族写真が微笑ましく、思わず手を伸ばそうとすると――
「あっ、勝手に触らないでよ!」
ガタッ、と音を立てて神楽坂が立ち上がり、怒った様子で俺の手を掴もうとしてきた。そう、その瞬間。
「あ、」
そのままバランスを崩した俺は、神楽坂を組み敷くような体勢で床に倒れ込む。
――刹那、くちびるに柔らかい感触。
「……っ?!」
人生で初めて触れた女子のくちびるは、とてもふわふわしていて、そのまま溶けてなくなってしまいそうに思えた。