第1話 すべての始まり
「割のいいバイトがあるんだが、やってみないか?」
思い返せば、親父からそう提案されたことが、すべての始まりだった。
「バイト?」
「そうだ。ホラ……今の状態だと、絢斗、お前、自由に使える金がないだろ?」
こんなこと言いたかないが、ウチは金銭的にはわりと困っているほうだ。
でも、親父は男手ひとつで俺を育てるため、毎日懸命に働いてくれてるし、俺が節約を頑張れば、暮らしていけないほどじゃない。
俺自身はアルバイトはしていないが、日々ネットでちょっとした節約術を研究し、それを料理や掃除などの家事をする際に活かすことで、家計には貢献しているつもりだった。
もともと物欲もあまりないし、悲しきかな一緒に遊ぶ友人も多くない。だからこそ、今の生活に、特に不満は持っていなかったのだが。
「いや、でも、俺、べつに欲しいものとかあるわけじゃないし、趣味も特にないし……」
「俺は、ウチが貧乏だからお前に友達や彼女が出来ねえんじゃないかと思ってなぁ……」
どうやら親父は親父なりに気にしているらしかった。
残念ながら、友人や彼女が出来ないのは親父やウチの経済事情のせいじゃないと思うのだが、言葉にすると虚しくなるのでこの先は控えておこう。
「俺は知ってのとおり高卒だけどさ。高校のとき、俺の後輩ですげえデキる奴がいてよぉ」
そして唐突に、親父の思い出語りが始まった。
「そいつは頭よかったからさ、その後大学行って。今は自分で会社をやってるらしいんだよ」
「へえ、それは凄いな」
親父は、ガテン系で体力自慢だが、頭がキレるタイプではないから、余計にその後輩とやらが羨ましいのだろう。
「で、まあ、俺んちとは違って、そいつはかなり広い家に住んでるらしいんだ。だから、ずっと家政婦さんを一人雇ってたんだけど、高齢の親の介護だとかで、最近辞めちまったそうでな」
見ず知らずの家庭の事情を聞きながら、勝手に同情する。長年世話になっていた家政婦さんが急に辞めてしまうことも困るだろうし、かといって親の介護だって相当大変だ。俺は誰かの介護はしたことがないが、家政婦の仕事を続けながらできるような労力ではないことは想像できる。
「そこでだ」
「うん」
やっと本題に入りそうな雰囲気だ。
「お前が、そこのお手伝いさんとして、しばらくバイトさせてもらうのはどうかって話だよ」
えぇ、と、思わず素っ頓狂な声が出た。
確かに話の流れとしては不自然ではなかったはずだが、今親父が話していた見ず知らずの家庭と、自分のことがまったく結びついていなかった。
「そんなこと急に言われたって」
「大丈夫だよ。広いって言っても、漫画やアニメのような、王族が住むレベルの豪邸!ってワケじゃあるまいし。ちょっと料理とか掃除とかするだけだから。お前、得意だろ?」
「まあ、それぐらいは日ごろからやってることではあるけどさあ……」
親父はその後輩とすでに話をつけている様子だが、いやいや、本人不在の状況でそんなにポンポンと進められたって、展開の早さについていけないんだが……。
「そしたら、そのバイトで得た給金は、お前が全部好きに使っていいからさ」
「うーん……まあ、親父がそこまで言うなら」
「よしきた!」
親父は、そうこなくっちゃな!と、白い歯を見せてニッと笑った。
まあ、仕事内容的にはそこまで高度なものを要求されているわけでもなさそうだし……今は特に欲しいものはないが、将来のために貯金しておいて困ることはないだろう。
俺はそういうふうに考えを改め、親父の提案に乗ることにした。
そう、それがすべての始まりだった。