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少年(少女)は足掻いている  作者: 草次城
ベラドンナ編
8/19

(8) 悪行と転落とガチ後悔

 


 方向性が決まったらあとは動くだけだ。

 俺は積極的にきっかけを作りにいった。食堂でスープ持ってぶつかるふり。花瓶の水替えを買って出て手を滑らせる。足元が悪いときに目の前で転ぶ。


 ねえ神様、教えてほしいんだけど、アイリスが驚異の反射神経で手を伸ばして助けてくれようとするおかげで俺じゃなくて全部アイリスに被害がいくのって俺が悪いの?

 最後こそ二人揃って泥に塗れたけど、怪我をしていないかって先生のところに連行されたから狙いが潰れたし。

 物理的に相手を害するのは上品じゃないと淑女命令が止めてくれそうなものを、本気で俺に害意はないからすり抜けてしまっている。


 俺がすぐ謝っても、「ごめんなさい、手が滑ってしまったわ」以外に言い様がなくて、嘘じゃないのにもう嫁いびりをする姑なんだわ。


 自分でもそう思うんだから、周りはもっとだ。懲りずにアイリスに近づこうとして、あの子の友人らしき知らない女子がさりげなく俺とアイリスの間に入ったことでそれを思い知らされた。


 違うんだけど違わないから俺はすごすご退散したんだが、事態は俺の予想以上に悪かったらしい。

 ある日のことである。アスター観察から引き上げて他にいい案はないかと悩みながら、庭から女子側の建物の二階へ通じる階段を登っていたら、段差に躓いて転倒した。


 俺は膝をぶつけただけなんだけど、ちょうど下ってくるところだったアイリスが、俺の横を通って踊り場まで転げ落ちていった、らしい。

 俺視点ではアイリスに気づいてなくて、躓いてうおっ、膝打って痛っ、下からドサッ、で四つん這いのまま振り返ったら、アイリスが踊り場で男子に抱きとめられていた。


 一瞬何が起こったかわからなくて、俺が何かしちゃったのかとめちゃくちゃ焦った。でもいくら思い出してみても、何かにぶつかったり服を引っかけたりしたような感覚はなかった。

 たぶん、すれ違いざまに俺が突然こけたから、アイリスが驚いて足を踏み外しちゃったのだろう。今までの例からして、俺を助けようとして失敗したのかもしれない。


 申し訳なく思いながら立って大丈夫かと聞いたら、その男子、名前はゴルドロットだかロッドだかが、俺のことを睨んできた。


「アイリスを引っ張っただろう。あんたたちはそうやって妬むのだけは一人前だよな。アイリスが羨ましいなら同じことすればいいだけなのに。軽蔑するぜ」


 何言ってんだこいつ。


 用もない女子側まで来といて、俺に言いがかりをつけてくるあたり、アイリスの追っかけ野郎っぽいが、年下のくせに礼儀のなってない小僧だ。おまけに妄想力があるのに想像力がない。


 呆れが強くて絶句してたら、俺に売られたケンカなのにアイリスが抱っこされたまま噴火した。


「ちょっとゴルドロッド! 信じられない、なんて失礼な人なの。当の私が何も言ってないのに思い込みだけで人に濡れ衣を着せて非難するって何? 本当にありえない。謝って! ベラドンナ様に謝りなさい!」

「おいアイリスっ、顔が近い、顔が近い!」

「そんなことどうでもいいからほら早く! 謝って!」

「わかったから離れろって! ……犯人だと決めつけてすみませんでした」

「……謝罪を受け入れます」


 渋々なのが丸わかりの小僧だが、さらに眉を吊り上げたアイリスが後で叱ってくれるだろうし、こんなやつに反省を期待するのは時間の無駄だから許してやった。どうせ二度と関わることもない。


「どう見ても私が間抜けだっただけでしょうに、本当信じらんない。ベラドンナ様、私の友人がとんでもない粗忽者で申し訳ありません。お怪我はないですか? 先生を呼んで来ましょうか?」

「いえ、あなたもお元気そうで何よりですわ。それでは」


 俺はそそくさと逃げた。背後から、でも助けてくれてありがとうと青春をやってる声が聞こえ、うんざりする。


 あの小僧はアイリスを守りたい気持ちが空回りしてるとみた。まさかこの俺に階段でアイリスを故意に突き飛ばした疑いをかけるとはな。それは実質殺人犯扱いだろ。猪小僧は短絡的で困る。


 待てよ。あのアホはなんで俺がアイリスを憎んでる前提だったんだ。俺がアイリスに事故姑をしたのは三回。いずれの場でもあいつどころか男子は一人もいなかった。

 え、俺の姑行為ってそんなに広まってるの? いやでもそうか、俺は自分の目的で頭がいっぱいになってたけど、普通に考えたら目撃者は山ほどいるわけだしな。アイリスは良くも悪くも目立つから、その子に三回も嫌がらせをした俺の悪意も当然目立つだろう。


 うわあ、今の俺の評判がどうなってるのか考えたくない。どんな理由でアイリスを敵視してるって思われてるんだろう。客観的な視点が欠けてたの痛すぎる。迷惑かけたくないのと止められないためにミモザを避けてた影響がこんなところに出るとは。


 アイリスのこと、味方だと思ったのに。こんなの罠じゃん。でもアイリス何もしてなくて俺が完全に悪くて辛い。


 自業自得過ぎて嘆くに嘆けず、俺は大の字になってひたすら空を眺めていたい気分になった。

 まだ膝の痣が消えないうちに、アスターが唐突に東屋に来たときも、喜びよりまさかお前もアイリス絡みかよと疑いが勝った。でもなんか嬉しそうだし、話題もしばらくお互いの近況だったから、警戒しすぎかと思いかけたのに。


「それで、アイリス嬢のことなんだけど」

「まあ!」


 自分でも驚く早さと大きさで声が出た。その響きが嫌みったらしくて、誘惑命令も相乗していることを願う。恋の駆け引きに嫉妬はつきものだと言うし。


「どうしたの」


 聞かれると唇がむずっとした。ああやっぱりちょっとは、それもあったんだ。このまま話を続ければ、俺の口が正しくそういう方向で喋りだすだろう。


 アスターを傷つけないためには、怪しまれようが何でもないと答えるべきだと頭ではわかる。だけど、今の精神状態では、アスターの純粋に不思議そうな表情がどうしても我慢ならなかった。


「アスター様は、彼女のためならば私のもとへ足を運んでくださるのですね」


 狙って放った毒はアスターの顔色をはっきり変えた。その薄暗い達成感は、命令に逆らおうという俺の良心を一瞬で萎えさせるには十分だった。


「違うよ! 僕はベラに会いに来たんだ」

「ええ、ええ、そうでしょう。私がアイリス様に嫌がらせをしていると思って、彼女のために私を咎めにいらしたのよね。彼女とアスター様とでは、年の差がありますもの、席を並べて学ぶことはないはずでしょう。それなのにずいぶん仲がよろしいのね。知り合って間もない彼女のために、私とは会わないという前言を翻すのだから」

「違う、僕だって本当はそんなことを言いたくなかった!」

「それでもお互いのために辛い判断をしたのだと、今回も私のためだと。あなたがそう仰れば、私はあなたに大切にされているのだと信じこんで幸せな夢想の世界に浸り、あなたはご自分と大事な女性を守れる。なんて素晴らしい解決法かしら。私などは到底思いつきもしませんわ」

「アイリス嬢じゃない。僕が大事なのは君だけなんだよ、ベラドンナ」

「ならば結婚してください」


 アスターの反応は静かだった。言われたことを飲みこむように一拍置いてから、わずかに眉を寄せ、探るようにじっと俺を見つめる。そしてふと息をつき、青ざめた唇を歪めて微笑んだ。


「それはできない」

「アスター様……?」

「すまない。僕はただ、アイリス嬢は君の味方だと伝えたかったんだ。君が彼女に何かを伝えたがっていることは僕たちも理解している。でも僕は、本音を言うと、君を苦しめているものについて君から僕に話してほしいと思っている。全力を尽くすから」


 アスターがこんな風に、感情を押し殺すように話すのを聞くのは初めてだった。心配と急にわいた後ろめたさゆえに開いた口をついたのは、どうしたという気遣いではなく。


「私を苦しめるのは、たった一つ、報われぬ愛ですわ。どうかこの苦悩から私を掬いあげてくださいまし」


 どこまでも俺自身を哀れがり、アスターを責める言葉だった。


「だめか。僕では」


 その呟きが痛かった。それだけはないと叫べもしない。俺にできるのは、冷や汗をかきながら、これ以上アスターを追いつめないでくれと命令さんに乞うて唇を結ぶことだけだ。


「アイリス嬢と僕は友人だよ。恋人でも片思いの相手でもない。僕が信じられないなら、君が彼女に確かめるといい。僕は諦めないから……だから君も諦めないでよ。ごめんね、ベラ」


 いつかの再現のように残されたあとも、最後の謝罪がこだましていた。


 アスターに何かが起こっている。


 なのに俺は、俺のために来てくれたアスターへ、自分ばかり辛いと喚いて憂さを晴らした。困らせるためにそうしておきながら、いざ痛がられたらやり過ぎたかもと狼狽えてる。

 もしアスターがどんなに傷ついても態度を取り繕っていたら、その悲しみを見逃さなかったか、ちゃんと思いやってやれたか怪しいくせに。


 なあ、アスター。お前が謝る必要がどこにある。

 悪いのは俺だ。




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