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少年(少女)は足掻いている  作者: 草次城
第3章 学園

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(12) アスター、学園で戦う

レーティングを変更しました。恋愛が話のメインになっていくのでジャンルも変えました。よろしくお願いします。

 


 エデルワイス邸をアスターが去る日、最後までベラドンナは納得できない様子で、アスターがローワンに感謝の気持ちを長々と述べたあとにも、何度目かの確認をしてきた。


「ねえ考えは変わらないの? 本当に手紙を出しちゃだめ?」

「うん。ごめんね」


 本音を言えばアスターも文通をしたい。しかし、他人は信用ならない。学園の寮の配達が、手紙が学生本人に直接届けられる形式ならばいいが、もし誰でも手に取れる状態でどこかに置いてあるものを本人が自分で持っていくのだとしたら、必ず一人はそこを漁る慮外者がいる確信があった。

 勝手に代筆される恐れもあるが、それよりも、ベラドンナが書いてくれた大切な手紙を、アスターを傷つけたいだけの考えの浅い輩に盗まれて回覧されるなど、可能性すら許せない。


「もーしょうがないわね。どうせ学園に油断できない敵でもいるんでしょ。教えた通りにやって絶対に勝ちなさいよ。シオンなら大丈夫だから」

「ありがとうベラ。さようなら」

「さよならシオン。……またね」


 アスターは、馬車に乗る前に、手を振ってくれるベラドンナを目に焼きつけた。日にあたった髪の端が透けたときの赤の色味まで忘れたくなかった。


 楽園を出たあとに待つのは戦いである。

 学園の貴族連中は端的に敵だった。学園に入る手続きを担ってくれた公爵がくれた事前情報によると、彼ら貴族の次男坊以下はほぼ軍人になると決まっていて、ここに入る前から騎士に付いて訓練を受けている。彼らの親や指導者は、代々騎士として王家に仕え、国を守るために戦って、バンナンの行いと、ローレルという人を見て知っている人々だ。

 自分たちが国の発展の一翼を担った自負があるために、王家といえど無条件に心服しないところ、王が同盟相手の選択に失敗して敗戦を重ねたとあれば、彼ら全員王族に対する面従腹背の徒とみなしても大げさでないらしい。


 身の回りに注意せよとの忠告もされていたが、まさしく入学してから早々にアスターは孤立し、転ばされたり、剣の授業で拳や肘を入れられたり、予想通り持ち物がなくなっていたりと散々な目に遭った。平民の子は身分の差を意識するから遠巻きにするだけで害はないのが不幸中の幸いであった。

 母を失ってもずっと王宮に留まり続けたアスターなら、すっかり恐れをなして萎縮したに違いないが、今の自分は違う。

 アスターは失せ物があるたび学園側に細かく報告した。きっと自分がうっかりしただけだと思うが、俗な言い方をすれば金持ちが集まる場所に手癖の悪い人間がいたら大変だから、もし変化がないなら周知して警戒を呼びかけるつもりだとさも深刻そうに伝えたところ、物への被害はおさまった。

 暴力については考えがあって沈黙を保った。アスターは別の方面では抵抗してみせたのだから、それに懲りてやめるかと一応期待したのに、何のつもりなのか悪化はせずとも止まらない。

 やはり計画を実行に移すしかない。そう決めて、アスターが今日も囲まれ、四方から襲いかかってくる刃引きした剣や蹴りを必死に受けていると、ふいに細い声が聞こえた気がした。


「貴様ら、ハァ、何をしてるんだ……」


 暴力の雨がやんだので、アスターの聞き間違いではなかったらしい。

 狼狽えたように立ち尽くす人の間から、アスターは、声の主を見た。

 それはフロラス・グランディだった。

 美少女と見紛う甘い面がひどく青ざめている。金髪が額に張り付くのも冷や汗だろう。吐き気があるのか胸元を強く握りしめて、剣を杖代わりに何とか立っているという様子である。

 アスターは場違いに感心した。授業ではまず決まった分だけ走らされるのだが、頃合いをみて切り上げればいいものを、頑迷に最後まで走ろうとするから、毎回途中でひっくり返って医務室へ運ばれているのがフロラスである。

 単純に体力がない彼がとうとう完走しただけでなく、最後の打ち合いが終わる前に起き上がるとは。カタツムリより遅い歩みでも確実に進歩している。


「いや……何って、そんな……」

「ハァ、どう見ても、集団暴行だろう。ハァ、この俺が、見間違えたとでも? それとも何か、指導だとほざくか? ならば俺に同じ事をしてみせろ。できないのなら、父が怖いのなら、笑ってやるぞ、卑怯者めらが!」


 フロラスが今にも倒れそうな人とは思えぬ気迫で吠えると、彼の登場からもう腰が引けていた連中は、視線で何事か会話してから、あくまで渋々の雰囲気で去っていった。

 フロラスは、彼らが角を曲がって見えなくなると、その場にばったりと倒れこんだ。


「ハァーー信じられない。まさか他にも何かされてるんじゃないだろうな。くそ、まさかあんな無分別な貴族が存在するとは、想像の域を超えてる。運動を蔑ろにしていたせいで不条理を見逃していたとは、くそっ、なんたる不覚……!」

「口が悪い」


 話したことがないので初めて知る事実である。あの堅物のマジュス卿が、息子の教育に手を抜くはずがないので、これは意外だった。しかし口調が何であれ見上げた正義漢である。

 アスターも剣を置いた。フロラスのために水差しをとってくるついでに、アスターは木に引っ掛けて隠しておいた手当袋も持ってきた。

 飲みなよと一言水を勧めて、アスターは打撲の具合を確認しながら軟膏を塗っていく。


「慣れているな。ここで手当する理由もあるとみた」

「うーん」


 医務室の先生は悪い人ではないが、アスターを弱いのに血の気が多いケンカ好きだと思い込んでいて、見当外れの説教をしてくる。いい加減大人になって乱暴を控えるようにと言われてからは、もう行っていない。代わりに、よく効く薬があると親が商人である子がくれたこの軟膏の世話になっている。


「背中をやってやろうか。ものすごい色になっているぞ」

「ありがとう。黄色や茶色のはもう治るから大丈夫」

「今できたのは赤いやつか? まあいい、全部塗っておくぞ。君の健闘を称えてな。よくここまでされてまだ授業に出てくるものだ。だがお前が正しい」

「君に言われると照れるね。一応言うけど、僕は君にもう十分感謝しているから、次からは大丈夫だよ」

「無理だね。俺は常識や規則というのが嫌いじゃないから、ああいう輩は見過ごせないんだ。俺まで巻き込まれると不安ならさっきの奴らの逃げっぷりを見なかったのかと返そう。いくら何でも今をときめくマジュス卿の息子に手を出す間抜けはおらん。もしマジュス卿が親馬鹿だったらおしまいなんだから」


 マジュス卿の人柄を知らない学生だけに通じる脅し文句だとアスターは思った。

 少しの間交流があったアスターでさえ、彼が跡継ぎを家で教育する通例にならわず、フロラスを学園に入れたのだって、フロラス本人に聞くまでではないが不思議に思っているくらいなのだ。実際マジュス卿が息子が不当な扱いを受けていると知ったら、規則に則った対応をするだけだろう。学生にとっては、息子可愛さに権力を恣にするのと区別がつかないかもしれないが、まったく違う。万が一マジュス卿がそんな親になったら、アスターはどの面下げてと腹を抱えて笑うつもりだ。


「よし、終わった。服を着ろ。そしてまず先生に言うぞ。ああいう輩は野犬と同じで群れると途端に気が大きくなる。戦いでもないのによってたかって一人を攻撃するなど人道に悖るということを厳しく教えてやらねば」

「それはしないでほしい」

「何? 臆したか。安心しろ。君が戦うつもりがあるなら、一人矢面に立たせるつもりはない」

「僕にそのつもりがなかったら助けてくれないの?」

「いや。それは俺の主義に反する。だがやはり本人にやる気があるのとないとでは話が変わってくる……おい、まさか今ごまかそうとしたのか? 下手くそにも程があるんだが、本気で我慢するつもりか? 悔しくないのか、君は馬鹿にされてるんだぞ、あんな奴らに!」


 さっと頬が紅潮し、薄い水色の瞳がぎらつく。鮮烈な怒りに既視感があった。ベラドンナだ。

 フロラスはベラドンナと少し似ている。だからこそ相性が悪そうだ。

 一々うるさいわね、あんたがあんたのしたいようにするみたいに、私は私のしたいようにするの!

 そう言って胸を張る少女の姿がありありと脳裏に浮かんだ。


「何を笑っている!」

「え? ああ、すまない。君を笑ったわけじゃないんだ。むしろ感服している。ただ、昔のことを思い出して」

「は? 何なんだ君は。ふざけているのか」

「そう怒らないで。聞いてくれ、彼らは僕自身の弱さを侮っているのだから、問題が起きたからといってすぐに君のような虎に泣きつけば、ますます僕が軟弱で骨のない卑怯な狐であるとの確信を強めるだけだろ」

「へーえ。どうやら少しは考えがあるらしい」

「ああ。だから、君の良心には少し目をつぶっていてほしいんだ。頼むよフロラス」

「…………お手並み拝見といこう、アスター」


 フロラスの了解を取りつけたアスターは、小突かれながら、剣の腕を磨くことに専念した。

 それにくわえて人間関係の観察も続けた。誰と誰が対立していて、誰が誰に従っているのか。年齢や親の立場とは別の、この空間の大将は誰か。そしてその下や横は誰なのか。

 そのうちアスターの計画の完遂が先か、フロラスの忍耐が切れるのが先の勝負も同時進行で始まり、とうとう常時射殺さんばかりの目つきになってきたフロラスが、いつものように背中を手当てしてくれようとして、声をあげた。


「アスター、お前、痣がほとんどない」

「本当? なら頃合いだ」


 その次の授業で、アスターは、ある学生に話しかけた。


「僕と手合わせをしてくれ」


 目を丸くしているのは、アスターより三つ年上の男だ。まだ成長期は遠いアスターでも、勝ち目を拾えそうな身長差であり、一番上の代がそう遠くないうちにいなくなったら、次の大将になるだろう相手。

 男は笑った。


「……面白い。いいぞ、やろう。おいお前たち、手を出すなよ。お前が審判をやれ。降参か剣を落とした方が負けだ」


 男から伝播する嫌な笑みが、彼らがこの勝負の結末を決めつけていることを教えてくれる。アスターはその方が好都合だった。油断してくれたらその分やりやすい。


 革鎧をつけて向かい合い、剣を構え、初めの合図を聞く。

 観察の結果、アスターは、この男には明確な弱点があることに気づいた。

 構えてからの男の踏み込みはとても速い。あっという間に目の前に迫ってくるように見えるだろう相手が、距離感の狂いに硬直している一瞬の隙をつき、力の乗った一撃で、どこから打たれるかわからずに無防備な剣をはじき飛ばす。

 先手必勝。それが彼の常套手段だ。だからこそ、二の手が甘い。


「ふんっ」

「くっ!」


 初撃は防いだ。すると予想通り、続く男の攻め方は、力任せに叩き伏せるだけのものになった。

 単調だ。おかげで未熟なアスターにも剣筋がしっかり見える。骨まで響く衝撃に耐えて、ひたすら時期を待つ。

 持久戦になればアスターの分が悪い。だが、素早く勝負を決める快感に慣れた男には、こうしてやんやの声援を受けながらも、自分より格下の相手に攻めあぐねている状況など、到底耐えられないはずだ。


「この、しつこいんだよ!」


 癇癪を起こしたように男が叫んだ。ここだ。

 互いに押し合う点から男の剣が離れたその瞬間、アスターは防御を捨てて、いっそう高く剣を振り上げた男のがら空きの腹へ思い切りぶち込んでやった。


「ごっ……」


 剣が落ちる。男がうずくまる。静寂の帳がおりる。

 アスターは、限界を訴えて震える両手でなんとか剣を握ったまま、固まる審判へ尋ねた。


「審判」

「……勝者は、勝者は……」


 躊躇い、男を気にする審判に、はっきり勝ち負けを宣言させようとアスターが務めて怖い顔をつくったとき、男がおいと苦しげに声を出した。

 見れば、男がアスターを睨んだまま、口の端を拭っていた。


「お前、対策していたな?」

「ああ。当然だろ」

「ハッ! 当然! 俺は、……俺は、他人ばかり気にして、くだらないことに熱中して、このざまか……!」


 自嘲するように笑い、腹に手を当てたまま男が立ち上がる。


「俺の負けだ。……すまなかった」

「二度とあんなことをするな。だがいい訓練になった。これからもよろしく頼む」

「……わかった。アスター」


 差し出された手をうまく動かない手でつかむと、強く握り返された。

 そのままアスターが周囲を見回すと、目が合った相手が顔を伏せたり、一歩下がったり、さっきまでと反応が違う。

 そして最後に見たフロラスは、にやりと笑いかけてきた。

 アスターも笑い返した。体は強張り、腕の骨がじんじん痺れたが、心は勝利に熱く緩んでいた。




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更新待ってました アスターの心の中にいつもベラが居ますね と言うか全ての判断の基準点がそこなのね
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