(18) 恐怖とコソコソ誘導と訪問
公爵の笑みが脳裏をよぎる。三日前までアスターの態度は普通だった。つまり生前の公爵に直接暴露された線は消える。告げるとしたら手紙でだ。
手が震える。最近の俺は震え過ぎだろなんてどこか頭のどこか他人事な部分で茶化してみても収まらない。
どうしよう。アスターが知ったらどうしよう。
俺を安心させてくれたあの手で振り払われ、あの声で悍ましい化け物めと叫ばれ、恐怖と嫌悪をぶつけられたら。
まずいな想像なのに肋骨まで震えてきた。少し呼吸が苦しくて指を広げて痛いくらい二の腕をつかむ。
落ち着け俺。憶測をこねくり回したってこの状況からは脱せないだろ。確かめればいいんだ。たった一言、公爵から俺について何か聞いたかって。俺は簡単にアスターに会えるんだから。
さあ立ち上がって歩き出せ、俺!
動けなかった。怖い。怖い。気色悪い! 真実なんか今さら知りたくなかった。知らないままでいたかった。公爵さえ黙ってればめんどくさがりな俺は一生呑気にしていられたかもしれないのに。
裁判でも誰一人として俺が普通に生きているのは変だとは言わなかったんだか、ら?
息が止まった。それから深く息を吐き、ゆっくりと吸う。やがて下がっていた血が頭まで戻ってきた。
おかしくないか?
あの裁判において、俺に傀儡の呪いがかかっていたか、かかっていたなら誰によるもので、いつからいつまでなのかは、公爵の呪詛の罪を立証し、その重さを決めるための焦点だった。
俺にとっても、俺は大逆の計画に関与しておらず、共犯だった事実はなかったと認めてもらえるかの勝負どころだったので、何を話したか記憶に新しい。
俺は確かにくり返し証言した。いつ呪われたかは覚えていない。恐ろしくて忘れてしまったのだと。
なぜなら。
『なら、そこは幼い頃とぼかしておこう。恐怖のあまり、正確な年齢と儀式の記憶が曖昧になってしまったことにする』
『いいけど、どうして?』
『その方がいろいろ都合がいいんだ』
俺の弁護士ことアスターがそう言ったからだ。
おそらく公爵は、裁判で俺が的確に年齢をごまかしたから、正体を隠したい俺が悪あがきで嘘を吐いたと推理した。だからあえて裁判でその点を指摘しなかった。俺を得意の絶頂からどん底へ突き落とすために。
もし俺が公爵の沈黙と笑みを本物のベラドンナへの罪の意識と肉親の情と解釈して感謝していたら、真実を知ったとき自分の愚かさに打ちのめされてさらに絶望していただろう。
完全勝利の高揚のまま俺たちが婚約を結んだりなんかしてたら目も当てられない大惨事だ。俺は故意に王子を騙した魔女として火炙りになっても不思議でない。そこまでうまくいってたら、公爵は地獄で呵々大笑して祝杯をあげただろう。
公爵の計算違いは、無知ゆえに隠す発想もなくアスターに喋った俺だ。そして何より、勤勉なアスターの明らかな黙認。
今度は膝に力が入った。俺は確かめなきゃいけない。
鼻息荒くアスターの部屋へ駆けつけた俺は、当然のごとく部屋の前で控えてる使用人と押し問答になった。
「今しばらくは人を通すなとの殿下の仰せです、どうかお引き取りくださいませ!」
「それでも私の名にかけて今申し上げねばならないことがあるのよ。アスター! 私よ! どうしてもお聞きしたいことがあるのだけど!」
大声を出したら使用人にこいつマジかって顔をされた。
王宮に上がれるほどの令嬢はそんな真似をすまいと油断してたなら残念だったな。こちとら必死だから会ってくれるまで恥も外聞もなく騒ぐぞ。
そんな俺の覚悟が通じたか使用人が気の毒になったか、扉が内側へ動いた。
ふん。手づからお迎えか。急にアスターの反応がちょっと怖くなってきたぞ。
「アスター?」
「入って」
内心戦々恐々と呼びかけたら、静かな許可だけが隙間からよこされた。
説教のために職員室への入室を促す先生みたいな声色じゃなくて少しほっとする。
目を白黒させている使用人を横目に俺は、侍女へ少し離れて待機するよう頼んで扉を押し開いた。




