(17) モンモン煩悶と死者と何者
誤字報告ありがとうございました。
断ってしまった。
いやだって男女の行き着く先は恋愛だけかよみたいな。俺のこと恋愛的に好きじゃなかったら気づかれなかったのかみたいながっかり感というか、そこまで必死にならなかったのかなと善意を疑うというか、出所の不明な好意は怖いし俺を試し行為に走らせそうっていうか。
結局のところ、俺は裏切られた気分なんだ。俺は仲良しの友達のつもりだったのに、向こうはそうではなかったことに。
俺の苦しみはこの世界での女扱いにあるのに、まさにそのものの恋をよりにもよってアスターにぶつけられるなんて。
だから告白を受け入れられなかった。女の子扱いされないのが最高と散々褒めちぎったのに、いざアスターから告られたらメロメロになるって言行不一致の極みだろ。
だってもし頷いたとしたらだよ。
かつての私はこーんなにたくさんの悩みを抱えていました。しかし密かに私を愛してくれていたイケメン王子様が助けてくれて、求婚までしてくれたので全部吹っ飛びました! 彼のためなら中身までまともな女になれちゃいました!
恋ってすごい! 恋はよろずの特効薬! 何でも持ってて何でも解決してくれる優しい恋人を手に入れさえすれば人生勝ち組! 他のことはすべて些事! 主義主張も恋のおかげで簡単に変えられる! 万歳万歳恋愛万歳!
みたいになるじゃん。
いやアスターに諸々処理してもらったのは確かなんだけどさ、アスターが純度百の下心で動いたはずがないだろ。俺も俺なりに頑張ったのに、その原動力は恋に進化する前の未熟な友情になっちゃうわけ? バッカじゃねえの。つうか男に愛されたら女になるってどういうことだよ。そのまんま愛せよ。自分で自分をコケにするにも程があるだろう。
まあ、まあね、過去の考えに固執するのは損するだけだってわかってはいるんだ。自縄自縛ってやつ。
それはそれこれはこれと切り替えるべきなんだろう。人間なんて一刻一刻変わっていく。ピーマン嫌いな子供だって大人になったら冷やしピーマンを好んでかじったりする。掌返しも時には勇気ある賢い行動だ。
ぶっちゃけ一目置いていた男に予想外の熱を傾けられていたのは嬉しかったのは否定できないんだよな。友達にお前だったら付き合ってもいいかもって言われるのは、ひとかどの人物として認められた感がある。
なら恋じゃなくてもあんまり深く考えずにお試ししてもいいんじゃないか。卒業するまでにはアスターも熱量の差や俺の中身に冷静になって、俺を妻にするのは無理だと実感するだろう。
最悪目が覚めなくても友情婚、とかってこの世界ではどうなんだ? 俺もアスターも子供をつくれってせっつかれ、アスターは我慢ばっかでうんざりして最終的に離婚するだけでは。
険悪な関係になるのはやだな。兄に頼んで修道院へ逃がしてもらうか。こっちの常識的には俺がそうして身を引くべきだから、兄も味方してくれるはずだ。
頭ではそう思いつつ、どうしてもそれをアスターへ伝えに行けないのは、アスターがこの世で一番大事だって俺の思いは、アスターにとっては、欲しい感情とは違う、物足りなさを伴うあくまで次善のものになってしまう可能性を許容できないからだ。
俺がアスターと築いてきた友情は、恋愛へ至るための単なる助走なんかじゃない。フロラスに向けたあの情動が慕情に劣るなんて納得がいくわけがない。
悶々とすること三日。ただでさえ深刻な問題が発生しているのに、死人から手紙が来た。
公爵が生前獄中から出した手紙だ。検閲を無事通過したようで黒塗りはなかった。
『罪滅ぼしにもならぬが殿下にお前を呪った日の全てを懺悔しお前のことをお頼み申し上げることにした。父を許せよ』
はあそうですか。
文字通りに受け取るのは誤りなのはわかるんだが意味がわからない。それ喋って何になるんだ。
理解不能な手紙がもたらしたのは、平時なら二、三日で忘れるようなもやもやだ。しかし夜、目を瞑るごとにぶくぶく太っていくアスターとの関係への不安に煩わされまくっている俺は、小石ごときでも余計な悩みを抱えたくなかったので、とりあえず傀儡の呪いについて調べてみることにした。
実は解呪されたらすっかり終わったつもりになって調べるのを忘れていた。呪われてるときに不勉強で後悔したはずが、人の性根はそう簡単には変わらないらしい。
まあのんびりやろう。素で暇なうえ、アスターと遊ぶ予定がぱたっとなくなったので時間はある。誘われたとしてどの面下げて会うんだって話だけどね。
やめよう。本気で落ち込む。
麗らかな昼下がり、鬱々としながら、俺は侍女を連れて図書室へ向かった。王宮のものとなれば、図書館と呼ぶのがふさわしい。
管理人に調べ物に最適な本を探してもらってる間に唐突に閃いちゃったが、謀反人の娘に対してこの厚遇は、アスターの嫁候補と目されてるからでは。だからやめるんだってば。
思考を振り払って閲覧席につき、本に集中する。
傀儡の呪いについて。儀式に関しては大体既知の内容だな。この呪いを一躍有名にした事件についても書いてある。
要点を拾い読みする。何人もの幼い子供が悪者の手先となった悲劇的な事件。正しい手順で解呪されたにもかかわらず、呼吸するだけの生きた人形と化し、正気に返らない被害者がでた。その子たちの共通点は、呪われたときの年齢が六歳以下であったこと。
彼らの未熟な魂は邪悪な呪いによって壊れてしまったというのが当時の結論であり、現在もそう信じられている、と。
なるほど。
俺はそれはそれは優雅に立ち上がった。管理人へ丁寧に礼を述べ、気分的には滑るように見事に歩き、部屋へ戻り、侍女に下がってもらう。そしてどすんと椅子に腰を下ろした。
すべての過程で俺の体は俺の意のままに動いた。試しに右手を掲げてみる。細く節のないすらっとした女の指だ。それを一本一本折ってみる。握った拳を、テーブルに振り下ろす。
貧相な音が耳に届き、鈍い痛みが脳に伝わる。どんなに神経を研ぎ澄ませても他に摩訶不思議な感覚があったりしない。この肉体は嘘偽りなく俺のものだと思う。
目覚めて以降、俺は一瞬たりともベラドンナの存在を感じた覚えがなかった。
本来のベラドンナはここにいない。俺はベラドンナ七歳の誕生日の手前に転生した。その時点で俺は呪われていた。俺はベラドンナの記憶を共有していない。
導き出される答えは一つ。
本物のベラドンナは公爵に呪われた時点で死んでしまったのだ。
だとすると生じる疑問が一つ。
じゃあ俺ってベラドンナにとっての何?
転生って同じ魂が生まれ変わるんだろ。俺がベラドンナに転生したなら俺たちは魂が同じって解釈になるよな。だったらベラドンナの魂が壊れたら俺も死なないとおかしいじゃん。でも俺ここにいるじゃん。
ベラドンナと俺ってどんな関係なの? 魂って前世がどんどん重なってく多層構造だったりする? なんかもう芋虫と寄生蜂みたいな最悪の想像しかできなくて、俺、ベラドンナの抜け殻を乗っ取った怪物でしかないんじゃねえかと思うんだが。
俺はこの世界で自然発生した悪霊なのか? あるいはアメーバみたいな不定形の怪異、土気色になったベラドンナの鼻の穴からうぞうぞと潜り込んで骨肉を啜り、残った皮に自らを詰め込んで動いている気色悪い何かか? 俺が胸元を傷つけて流したあの赤い血は、人間の証ってわけじゃなかったのか?
日本という国で男として生きた前世があるとわけもなく信じていた。だからこの世での居心地が悪いのだと。それがただの思い込みで、実は常識以前に根本から人と異なる存在だから馴染めなかったのですなんて急に明かされて納得できるかよ。
納得できないけど、でも俺は、俺って一体。
神経が痺れている。全身の感覚がおぼつかないが、唯一鮮明な心臓のあたりへ冷たい風が吹きつける。
よかったなあカス公爵め。お前の仕込んだ悪意はてきめんに効いてるよ。
可哀想なアスター。あんなに一生懸命好きだと告白した相手の中身が、男どころか人間じゃない訳のわからん化け物だなんて。
断ったのはかえってよかったんだろう。だって俺が頷いたあとにアスターがそれを知ったら衝撃を。
あれ?
公爵ってアスターにすべて教えるって書いてなかったっけ?




