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少年(少女)は足掻いている  作者: 草次城
ベラドンナ編

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(11) 窮鼠と成就とホント邪魔

 


 いつ公爵が計画を実行に移すかわからないなら、解呪は早いに越したことはない。


 この日は屋敷に泊まった。だが次の朝、帰るべく馬車を出してもらおうとしたら、公爵に、お前はアスターと結婚するのだからこれ以上学園にいる必要はない、荷物も引き揚げさせると言われ、何とか説得して冬の舞踏会だけは参加することになった。


 誘惑しろと命令されてる今の俺なら、恋愛方面から攻めるのが妥当だと考え、アスターと踊りたいと切々と訴えたのだが、参加の許しのついでに淑女命令を解かれ、その日だけは何が起こっても許すと言われた。

 意味がわかってしまって嫌だった。娘に面と向かってそんなこと許すな。


 だが行動の制限が一つ消えたのは嬉しい誤算だ。手紙も出せず屋敷に軟禁されてる間、ない知恵を絞り、舞踏会当日。


 屋敷で身支度して出発する前に、俺はライアの目を盗んで裁縫道具の鋏を持ち出しといた。


 もしアスターかアイリスに口頭で呪いを察してもらえなかった場合、これを使ってドレスを破れば釘を見せられるかもしれないから。


 コルセットは、触った感じ、鉄の芯とかは入ってない。糊か何かで固めた布っぽくて、刃が通らなかったとしても、怪我を恐れず本気で突けば貫通しそうだった。でもそんなの普通に怖いし、刃先が釘に引っかかりそうで、できればやりたくない。やれる気もしない。だから鋏はあくまで最後の手段のお守りだ。


 アイリスは別れるときに何かを察していたみたいだし、きっと出番はない、はず。


 ドキドキしながら大広間へ踏み入る。蝋燭の火なんか、最初は、橙色だし薄暗いしで、白くはっきりした電灯の光が恋しかったものだが、今夜ばかりはこんなに明るくする必要はないだろと恨めしく思ってしまう。後ろ暗いところがある人間には明かりを嫌うと聞いてはいたけど本当だな。


 せっかく盛り上がってる時間帯を狙って滑りこんだにもかかわらず、恋敵を攻撃し弟と口喧嘩をして学園から姿を消した話題性十分な俺の復活とあってか、自然さを装って無数の視線が送られる。それが監視カメラのように感じるのも原因は同じだ。


 正直怯むが、ここで俺がおどおどしてみろ。あいつらきっと、うわぁベラドンナ様、アイリス様のことで親にめっちゃ叱られたんだろうな、カワイソーとか噂するぞ。それは許せん。

 なので見たいなら見よと虚勢を張った。大丈夫、学園最後の日とあって俺の格好は気合十分。そんな態度が通用するくらい、どの角度からでも美少女だ。


 威嚇ついでに睥睨するように周囲を見る。

 アスター、いない。ミモザ、悪いけど無視。おっアイリス発見。そばに追っかけ一味が控えている。視線で合図を送ったが最後アイリスの腰巾着どもに勘付かれそう。


 そこで給仕の人に、ケンカして顔を合わせづらいけど謝りたいからと適当な口実をつけてアイリスへの伝言をお願いした。

 俺は会場を無闇に歩き回り、はいもう一味が俺を見失いましたとの希望的観測のもと、会場から出た。


 大広間と直結する中央ホールは、様々な場所へ通じる結節点だ。ここから伸びるいくつもの廊下のどれか一つの半ばへ潜めば、追手がかかっても発見までそれなりの時間が稼げるだろう。


 俺はアイリスに伝えた廊下へ進んだ。扉を隔てた時点で小さくなってた音楽と喧騒はすぐに絶え、俺が立てる衣擦れや足音がやけに大きく耳を打った。


 しっかし寒い。人がいなくて音が響くから誰か来てもすぐわかる場所といえ、こんなとこを指定したのは軽率だったかもしれない。でもあんまり遠くに行って、さあ話そうというときに邪魔されたら目もあてられないから我慢我慢。

 ここまでしたんだから誰も来るなよと念じながら、マントの中で二の腕を抱きしめ、燭台のついた柱に寄り添って待った。


 やがて待ち人がやってくる。


「ベラドンナ様」

「お久しぶりねアイリス様」


 さすがアイリスは一人で来てくれた。そして抱えていたマントを羽織ろうとしたので、背中側がドレスに引っかからないよう手伝ってあげながら話しかける。


「あの日は約束したのにごめんなさいね。少し家の方で用事があったものだから。前置きはいいから、あなたのお話の続きを聞かせて。はい、もういいわよ」

「ありがとうございます。……あのとき私に魔法について質問をしてきたのは、私があなたと同じだと思ったからですか」

「そうよ」


 声が上ずった。そんな俺に向き直るアイリス。


 俺より背の低い少女だ。癖のない髪を複雑に編み上げ、銀色と真珠で飾っている。眉は細く目が大きく、鼻と口は小さい。そして輪郭に丸みがあるので、年より幼い印象を受ける。

 薄闇の中では黒に近い、その青紫の瞳を見た瞬間、俺は、アイリスがこれが何の話か理解していることを悟った。


 歓喜が背を駆け抜ける。当たり前だ。ずっとそのために動いていたんだ。だからこの、見過ごせないほど確かに交ざった不快感は間違いじゃなければおかしい。なぜ気づいたのがあいつじゃないんだなんて心の叫びもどうでもいいとねじ伏せる。


「魔法の針で作られた操り人形を見たことはありますか」

「あるわ。毎朝、鏡の中で」

「……その人形を作ったのは誰か、わかりますか」


 アイリスの声音は固かった。事態を重く受け止めてなきゃ出せない緊張感に、腹の底で苛立ちは蠢くものの、さすがに口角が上がった。本当にわかってるんだ。


「誰にも言ってはいけないわ。ソレルにも秘密。殿下だけには伝えてほしいけど」


 抑揚をつけてひそひそ告げる俺は、とびきりのネタバレやスキャンダルを教えるときの嫌らしい下衆の顔をしてるに違いない。嫌いな人の重大な悪事を暴露するのってなんでこんなにわくわくするんだろう。


「あのね。私のお父様は、お人形遊びがお好きなのよ」


 アイリスが瞠目した。

 命令さんを騙すまでもなく、完全に告発のつもりで発言してるのに制限がかからなかった。つまり俺は、父に呪われたと言うなと命令されていない。


 呪われた記憶も命令に従っている自覚もない俺は、それに気づいて口にできるわけがないってか。

 完璧に洗脳したと確信してる相手に本当は正常な意識があるなんて普通は予想だにしないとはいえ、ぬかったな公爵。俺の勝ちだ。


「あなたの、魔法の針は……?」

「それはね」

「こんなところで内緒話か」


 比喩じゃなく肩が跳ねた。ぱっとアイリスの後方を見るとフロラスが扉を背に立っている。

 黒く長いマントによって首から下が影に溶け、高い位置に波打つ金の髪と白い顔が浮いている。悲鳴を上げかけたくらい不気味な光景だった。

 妖怪に片足突っ込んだ男は、これまで俺が気安く話しかけていた相手とは別人のような冷たい雰囲気を纏って近づいてくる。石を叩く革靴の音が警鐘のようだった。


「ずいぶん楽しそうだったな。彼女は怯えているようだが」


 そりゃあぞっとする話をしたからな。なんでこいつ来ちゃうかな。アスターと一緒でないなら純粋に迷惑なんだが。俺は今日釘を抜いてもらわなきゃだから退散するわけにもいかないのに。


「怖い話をしていたんです。ベラドンナ様の語りが上手だから、ちょっと本気で怖くなっちゃって」

「そうなのよ。今が佳境だったの。だからどうぞお気になさらず、どこへなりともお行きになって」

「冷たいな。そこまでの怪談ならぜひ拝聴したいんだが」

「あの、本っ当に、冗談ではなく迷惑なんです。どっか行ってくれませんか」


 他ならぬアイリスの強い拒絶だ。これはさすがに消えるだろ。

 そんな俺の期待に反して、立ち止まったフロラスはどこまでも退屈そうにアイリスを横目で見た。


「君もそちら側の人間だったな。でも断るよ。殿下にベラドンナ嬢から目を離すなと頼まれているんでね」


 俺の監視をアスターが?


 一瞬思考が停止し、いやそれは悲観的だろうと再起動。しかし衝撃が抜けなくて、心臓の動きがぎこちない。

 一旦立て直したいのに、フロラスの標的が俺に移る。


「誤解するなよ。殿下は君に何か深い事情があるのだと盲目なまでに信じておられる。何度申し上げてもそればかりは耳を貸してくださらない。しまいには殿下のご様子に感化される人間まで出てしまった」


 気づけば俺は後ずさっていた。それでいてフロラスから視線を外すことができない。そいつが、俺があけた距離を容易く詰め、ゆっくり背を曲げて俺を覗き込んできても尚。


 目がでかい上に虹彩が薄い水色だから瞳孔がやけに小さく見える。でもその瞳が恐ろしいのは、外見上の問題じゃない。


 ああ、こいつ、薔薇の匂いがする。


「美しいのは認めるが……わからないな。なぜ殿下はそうも君を気にかけるんだ? 貴族としては常識がなく、女性としては品がない君を。仮に殿下への愛だけが真実だというなら、自分から離れるくらいしたらどうだ。殿下が何かを失わずして君と結ばれる道などありはしないのだから。それともまさか、犠牲に見合う価値が己にあるとでも、本気で思っているのか? なあ、オータム家の子、コルチカム公爵の娘、ベラドンナ・オータム嬢?」




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