第2話 死神の共犯者 後編
少しして、ゲームデータのダウンロードが完了した。
「もう終わったみたいね、それでは目的のコンテンツに侵入しようか」
そう言うと、モニターがスマホの画面と同期した。ケーブルで繋いでもいないのに、さすがは異世界の力というべきか。
「さぁ、ターゲットが最初に出現するストーリーにまで移動して」
ヴァイスの指示に従って、ストーリー回想に入り、食材男が出現するシーンまで来た。
「よーし、私たちの出番ね」
「行くぞ」
掛け声と共に、二人はゲームの世界に入ったように、登場人物として舞台であった島に現れた。
異星の生命体に侵略された地球で、生存者は皆避難所にいる中、何故か数人組がサバイバルする不自然な設定だった。彼らは狩りをして食料を調達している、今回のターゲットもこの中の一人だ。
「シャアーーッ!」
なんと、異星からの侵略者たちがヴァイスたちの前に立ち塞がる。真っ黒な巨体を持つその怪物に、人間だとまず恐怖を感じるが、ヴァイスたちは顔色一つ変わらずにいた。
「このコゲームの敵キャラだね」
「本命と戦う前の手馴しと行こうか」
二人は武器を構えた。
「あの、特殊の武器じゃないと傷つけられない相手なんで……」
私が言い終える前に、光の速さで黒い怪物たちが倒されてしまった。どうやらゲーム設定など死神には関係ない話のようだ。
「あ、あはは……すごいですね、二人さん……」
「ちっ、つまらん相手だ。もう少し耐えてくれないか」
「クロガネ、今日はモンスター退治しに来たんじゃないから」
「分かっている、次行くぞ」
死神はまたターゲットを探しに出発した。
そして、あるテントの周りにいるターゲットとその仲間たちが見えた。
「さーて、そいつ誘い出してコロそうか」
「めんどくせーな、全員まとめてぶちコロすでは駄目か?」
「シナリオへの影響が大きすぎるから禁止」
二人の会話は殺し屋のやり取りにしか聞こえない件。実際そうだけど。
「助手じゃん、出番だよ。イノシシの鳴き声を再生してくれないかな?」
「再生ですか?ちょっと待っててください」
ネットからイノシシの動画を探し、声を再生した。すると、テント周りの人間は獲物が現れたと錯覚したようで、動き始めた。
「よし、大成功。後はチャンスを見て突撃だけね」
…………
ターゲットである食材男の後を追い、一人になる所で、ヴァイスが鎌を、クロガネが大剣を構えて対峙した。
「なんだ貴様ら!」
「アンタはこの作品では邪魔だ、消えて貰おう」
ヴァイスはさっきまでと態度が変わり、冷たい口調で言う。
「何をバカなことを!」
ただの狩人なんて絶対死神の相手にもならないだろと思ったが、何故か黒いモヤがその者の体に纏った。
「そうこなくてはな」クロガネがニヤリと笑う。
「何ですかあれ、原作にはこんな設定なかったんですよ?!」
「あれは読者、つまりこのシナリオを見たプレイヤーたちの怨念だ。怨念が強いほど、対象の人物も私たち死神には強く出られる」
「私にも何か手伝えることが……」
「スティックを動かして、アイツを画面外に逃がせないようにすればいいんじゃない?」
「分かりました、やってみます」
カメラ操作ができないゲームだったけど、何故か今はできるようになっている。
いよいよ戦闘が始まった。ヴァイスが奇襲をかけて鎌を投げ飛ばした、が、黒い煙に弾き返され、彼女の手に戻した。
「なるほど、そこそこ硬い怨念バリアだね」
男は銃を構え、ヴァイスへ射撃。危ない!って私が言いかけたけど、パチンッ!とクロガネの大剣が弾丸を止めた。
「早い!こいつら人間じゃない!」
気付くのが遅かったけどね。
今度はクロガネが前へ出て、一瞬で距離を詰めた後、大剣を振り下ろした。それが怨念バリアをも両断し、男は「うわぁーー!」の断末魔と共に塵と化した。
そしてよく見えなかったが、何か黒い塊が地面に落ち、それをヴァイスが拾い上げてマントに隠れたポケットに入れた。
…………
「なんだ、弱っちいな」
「おっかしいわね、こんな弱いはずが……」
「まぁ、無事に倒せればいいんじゃないですか?」
勝利を祝おうとした時、また一人、白い髪の少女が画面内に現れた。その子は私にもよく知っている、ライターが勝手に恋愛関係を持たされた子だ。
「あ、あぁ……!どうして……!」
どうやら彼女は戦いの現場を見て、悲しさと怒りで叫んだ。そして怨念のエフェクトまで纏い始めた。
「なるほど、残りの怨念はコイツにあるようだ。どうする?」
「ダメです!あの子には罪がありません、消さないでください!」
そう、ユーザーのヘイトは殆ど食材男とライターへ向いていて、この子は半分被害者だと思われている。
元々責任感が強く、チームメンバーや相方をよく思う子だったのに、記憶喪失を言い訳に数日の間に恋愛感情を仕込まれた。
「わかってるよ、ターゲットじゃないことくらい」
だがその間に少女は攻撃してこず、エフェクトも徐々に消え去った。
「あれ?私、何をやっているんだ」
なんと、少女は何こともなかったのように来た道へ折り返えた。
「ふん、結局戦えないのか」
「あの男を消したおかげで、記憶からなくなったみたいね」
「記憶から……なくなる?」
「そ、私たちが消した物は、作中に限らず作者や読者の記憶からも消えるの。もちろん死神や共犯者であるアンタの記憶からは消えないけどね」
「共犯者って呼び方、やめて貰えませんか?」
記憶にすら残らないのか……まさに存在そのものが消えたよね、嬉しい気持ちと共に悲しさも感じた。作中の登場人物とは言え、人を殺める助けをしたことには変わらない。
任務が終わったせいか、同期が切れ、モニターは真っ暗な背景に戻った。
「つまらんかったぞ、ヴァイス」
「まぁ……助手ちゃんのチュートリアルとしては丁度よかったじゃない?」
不満そうなクロガネに、ヴァイスが苦笑いながら言う。
「ほとんど見ているだけなんですけどね」
「コンテンツの本体を見つけてくれれば、あとは私たちの仕事だから。楽でいいでしょ?」
こんな変わった協力を断った方が楽なんだけどね。
「お前ら、まだ事後の確認が終わってないぞ」
「そうだった、『ヘルバーンズ』のシナリオがどうなったのか一緒に観ようか」
それは私もすごく気になっている。
「オレは遠慮するぞ、あとで結果だけ教えろ」
「はいはい、私と助手ちゃんが確認するから、クロガネは先に帰っていいよ」
「じゃあな」と言いながら、クロガネが画面の右側から消えた。
「あの、ネットで情報を集めてきましたが、炎上の発言が全部消えましたよ」
「そっか、よかった。じゃあ私たちも始めよう」
「もう確認する必要がないじゃないですか?」
「確認なんて建前、本当は自分で観たいのよ」
「そうでしたか、私も観たいのでご一緒にしましょう」
そして私は、ヴァイスと二人でストーリー鑑賞を始めた。
「そういえばヴァイスさん、『ヘルバーンズ』をどのくらい知っていますか?」
「前はストーリー全部追ってたけど、最近はメインストーリーだけかな。ちなみにスコアタは皆勤だよ」
「私も同じです!」
流石は趣味が一番近い者同士と言ったところかな。
「だから今回の依頼が来た瞬間、私が秒で受け取ったわ。急いで解決しようとしたら、どうしても人間界の助っ人が必要なのよ」
「だから私を……ですね」
少し話したら、二人は静かにスマホを見つめていた。
…………
1時間後、ようやく最新ストーリーの再生が終わった。
「う、うぅ……久々に涙が出ました」
「今回もいいシナリオだったね~ま、私たちのおかげなんだけど」
爆弾を仕掛けたが大体シナリオライターのおかげだろ、と突っ込みたかったが、空気を読んで言うのやめた。
ラストシーンだけでなく、余計な恋愛関係が無くなり、代わりに記憶喪失だった少女が戦友との日々を思い出すシーンもとても感動した。
「進展に関わる人物が消えたせいで、ストーリーがごちゃごちゃになるかと思いましたよ」
「死神はそんな荒い仕事をしないのよ。と言っても、世界が自動的に改変を修復しただけなんだけどね」
「改変を修復……?どういう意味ですか」
「世界線が変更した、と言ったら分かる?これ以上の詳しい説明は私でも無理よ」
まるで理解不能な真理を覗いた気分。
「じゃあ今日はこれで、仕事終了かな。次もこの調子で頼むわよ」
「次もあるんですね……」
「当然でしょ、アンタはもう共犯者なんだから」
「うっ……こんなお手伝い、受けるんじゃなかったかも」
ヴァイスは笑って別れの挨拶をしたら、モニターが正常に戻った。
ゲームの続きをしたいけど、今日のことで頭いっぱいになっててそのところじゃなかったから、早めに就寝した。
明日起きたら、ただの夢にならないかな……
ネタはまだ2つ残りますが、気が向いたらまた続きを書きたいと思います。