囲碁仙人
囲碁仙人
ずっと昔のこと、中国のとある辺境の地のことである。一人の男が、仙人を求めて険しい山道を歩いていた。なんでもこの山には、南華老仙と呼ばれる仙人がいるらしい。数百年も昔からこの山に潜み、大きな力を求める人間の前に姿を現し、どういうわけか、囲碁の対局を持ちかけるという。そしてその対局に勝つことが出来れば、妖術を伝授してくれるらしい。
男がしばらく歩いていると、不意に「もし」と背後から声をかけられた。男が驚き振り向くと、そこにはあぐらをかいて座る、真っ白なひげを生やした仙人がいた。仙人の前には碁盤が置かれており、男は何も言わずに碁盤を挟んで、仙人と向かい合い座った。仙人は「ほっほっ」と小さく笑い、こう言った。
「言わずとも分かるぞ。お前さん、ワシを探してきたのだろう」
「なれば、私の目的もお分かりですね」
「『圧政に苦しむ農民を救いたい』か。その心に偽りなし。大した男よ」
男はうなづき、老人の目を真っすぐに見ながら、こう言葉を続けた。
「政治腐敗の根本を断つ。その術を伝授していただきたい」
「それなら、ワシに碁で勝ってみよ」
「対局の前に、一つお聞きしてよろしいか?」
「なんだね」
「なぜあなたは、碁の対局を持ちかけるのでしょう?碁であることに、どんな意味が?」
仙人は再び「ほっほっ」と小さく笑うと、碁盤に黒石と白石を、一つずつ置き、こう言った。
「碁とは、この世の理、本質を現しておるからじゃ」
「理とは」
「全ては黒と白。決して混ざり合うことなく、そしてどちらも消えぬ。故に争いは絶えず、太平は訪れぬ」
「私の志は、無駄であると?」
「そうだ、と言ったなら、どうするつもりか」
男は手元に生えていた、タンポポの花を千切ると、それを碁盤に置き、こう言った。
「ならば私は、この世に新たな『色』を紡ぎましょう」
「ほう」
「黒と白とは異なる、新たな色を。新たな理を。その術を、どうか私に」
仙人は大声で笑った。その声は山全体に響き渡り、獣は恐怖し一斉に山から逃げ去っていく。しかし男は微動だにせず、仙人の目を見つめていた。
「善きかな!参った、お前さんの勝ちじゃ!よろしい、我が妖術、お前さんに伝授してやろうぞ」
「その術を用いれば、民を救えますか」
「それはお前さん次第じゃ。しかし覚えておけ。お前さんが道を誤ったならば、必ず報いを受けるだろうよ」
こうして男は、仙人から妖術を伝授され、山から去って行った。その背を見送りながら、仙人はそっと呟いた。
「タンポポの花。鮮やかな『黄』の色よ。あの男は、世に新たな色を生み出すきっかけとなるか」
「見えるぞ、青、緑、赤。大きな三つの色が、生まれるようじゃな」
「……しかし、人の子よ。あらゆる色が混ざれば、それは結局、黒となる。そしてまた、新たな色に染まりうる白が生まれる」
「全ては黒と白。決して混ざり合うことなく、そしてどちらも消えぬ。故に争いは絶えず、太平は訪れぬ」
おわり